もっと、教えて。 : 007

喜悦
ソファーの上で、ファイツはただただ声を上げていた。止めようとしても止められなかった。大好きな人であるラクツに首筋を舐められる度に、鼻にかかったような声がひっきりなしに出てしまうのだ。

「……やんっ!」

大好きな人が、首筋を何度も何度も舌でなぞるから。だからファイツは、最早何度目になるか分からない声を漏らした。羞恥心で、瞳には涙が溜まる。どきどきどきと、心臓の音がうるさかった。

(気持ちいいよぉ……。やっぱりあたしって、いやらしい子だったんだ……)

顔を赤らめさせたファイツは、心の中で大きく膨らんだとある思いを心の中で呟いた。温かいお風呂の中で、いやらしく身悶えたことは記憶に新しい。出来れば認めたくなんてなかった。だけど、ここまで来たら認めざるを得なかった。きっと、自分はものすごくいやらしい子なのだ。恥ずかしさから思わず顔を背けたファイツの目に、濃い茶色が映り込んだ。それがソファーの色であることを、痺れる頭の片隅で感じ取る。

「…………」

脳内に色鮮やかな思い出が蘇る。ゆったりとした広さであるこの場所にまつわる思い出達だ。このソファーで、彼とテレビ番組を何度見たことだろう。このソファーで、彼と取り留めのない話を何度したことだろう。このソファーで、彼に何度抱き締められたことだろう。ラクツと一緒に多くの時間を過ごした思い出が詰まっているここは、ファイツのお気に入りの場所だった。こうして振り返ってみても、いい思い出しか浮かんで来ない程に。そのお気に入りの場所で、こんなにもいやらしい声を上げている。突き付けられたその事実は、ファイツの全身を熱くさせるには充分だった。

「ひあ……っ!」

そんなことを考えていたファイツは、またしても声を上げた。右の耳朶を軽く噛まれたのだ。不意に与えられた新たなる刺激に、意思とは関係なしに身体が動く。ざらついた柔らかい舌をゆっくりと押し当てられるのも気持ちよかったのだけれど、硬い歯で甘噛みされるというのも堪らなく気持ちよかった。

「……ファイツ。今、別のことを考えていただろう。……ボクではない、何か別のことを」

1人悶えていたところに、大好きな人の声が真上から降り注ぐ。いつもより格段に低い声だ。今の刺激とその声で一気に現実に引き戻されたファイツは、実にゆっくりと顔の向きを元に戻した。目が合った瞬間に露骨な溜息をつかれて、気まずさと罪悪感から身体が固まる。やっぱり予想は当たっていた。自分に覆い被さっているラクツの眉間には、それはもう深い深い皺が刻まれていたのだ。彼の機嫌が悪いことは明らかだ。

「まったく……。つくづく悪い娘だな、キミは」
「ああっ!?」

前触れもなく感じたぬるついた感触に、身体が大きく跳ねる。ざらついた舌で右耳を丹念に舐められたのだ。背筋にはぞくぞくと寒気が走る。

「あ、ああん……っ!や、止め……っ」
「止めない」
「ひゃあっ!」

吐息混じりの低い声で囁かれて、お仕置きだとばかりに何度も舌で耳の穴をつつかれて。ファイツは堪らずにぽろぽろと涙を流した。それは恐怖感から来る涙でもなかった。もちろん嫌悪感から来る涙でもなかった。言うまでもなく、それは気持ちよさから来る涙だった。

(気持ちいい、気持ちいい……っ!)

声に出さずにそう叫ぶ、執拗とも言えるラクツの行為はなおも続いていた。戸惑いと驚愕から「止めて」と言ってしまったけれど、今となっては止めないでくれて良かったとファイツは思っていた。最初こそ感じた戸惑いは、実に呆気なく気持ちよさで塗り替えられていたのだから。”耳の穴を舐められることが、こんなに気持ちいいなんて知らなかった”。またしても心の中でファイツはそう叫んだ。驚きはとうに消えた。嫌悪感は微塵も感じなかった。だって自分の耳を舐めているその人は、ファイツが世界で一番大好きな人なのだ。嫌なわけがない。

「はあん……っ」

悪い子だと言われた、確かに考え事をしていて上の空だった。しかも、ごめんねと謝ってすらもいなかった。そんな自分を咎めるかのように今度は左耳の穴を同じように舌で何度もつつかれて、ファイツはまたしてもいやらしい声を上げた。分かっている、これは自分へのお仕置きなのだ。だけど分からない、どうしてこんなにも気持ちがいいのだろう?それに、あくまでもお仕置きなのにこんなに気持ちよくて、本当にいいのだろうか。瞳から止めどなく涙を零しながら彼が与えてくれる気持ちよさを味わっていたファイツは、間の抜けた声を上げた。絶え間なく続いていた気持ちよさが、不意にかき消えたのだ。かき消えたのは身体にのしかかる重さもだった。どうしてだろうと首を傾げたファイツの疑問はすぐに解けた。今の今まで覆い被さっていたはずの大好きな人が、すぐ傍に立っているのが見えたからだ。

「ラクツくん……?」

名前を呼んでも、彼は何も言わなかった。立ち尽くしたまま無言でこちらを見下ろす彼の眉間には、やっぱり皺が出来ていた。しかし先程のような不機嫌さは欠片も感じられなかった。そう、それはまるで、困っているような……。

「あ……っ」

唐突に頬に感じた温度で、ファイツは無意識に声を漏らした。どうしてか止まらない涙を、腰を屈めたラクツが指でそっと拭ってくれているのだ。その手付きは酷く優しくて、ファイツは今の今まで流していた種類とは別の涙を零した。大好きで堪らない人に、自分はこんなにも大切にされているのだ。そう思うと、どうしようもなく嬉しかった。

「……ラクツくん」

奮える唇をどうにか動かして、ファイツはもう一度名前を呼んだ。しかしそれでも、彼は何も言ってはくれなかった。困ったように、そして何かを迷っているかのように、じっとこちらを見下ろしているだけだ。何だかバツの悪そうな顔をしているようにも見えるラクツに向けて、ファイツはにっこりと微笑んだ。もしも彼がこんな自分を気遣って行為を止めてしまったとしたら、それはまったくの誤解だ。決して嫌悪感や恐怖感から涙を零したわけではないのだから。

「止めないで、欲しいの……。もっと、して……?ラクツくんに舐めてもらうの、もう気持ちよくって……」
「ファイツ……」
「その、だから……。え、えっちなこと……、いっぱいあたしにして欲しいの……っ」

はっきりと告げるのは恥ずかしいけれど、心臓はどきどきしているけれど。だけどファイツは、高鳴る心臓に負けじと声を出した。ラクツは優しい、本当に本当に優しい。こんな自分をいつだって気遣ってくれる彼が、彼自身の意見を優先することはあまりない。だからラクツに有無を言わせず押し倒された時、ファイツは驚きつつも”嬉しい”と思ったのだ。それに、「帰さない」と言ってくれた時も嬉しかった。ダケちゃんには悪いけれど、帰りたくないのは自分だって一緒だ。

「あたしだって帰りたくない……。だ、だ、抱いて欲しいの……っ!」
「……っ」

ぎゅうっと目を瞑って、はっきりと言い放つ。恥ずかしいことを言っているのは百も承知だったが、何もされないよりはずっとマシだ。考えてみれば、自分にとって一番嫌なこととは彼と別れることなのだ。それに比べれば、えっちなことをされるぐらい何でもないとファイツは思った。何と言ってもこれ以上にないくらい大好きな人なのだし、むしろ終わった後はこれ以上にないくらいの多幸感に包まれているかもしれない。そこまで考えたところで、ファイツの胸はどきんと高鳴った。首筋や耳の穴を舐めてもらうだけでもこんなにも気持ちいいのだ。もしも他のところ、例えば胸を触ってもらったとしたら、果たしてどれだけ気持ちよくなれるのだろう?

「…………」

お風呂場で味わった気持ちよさをまた感じたい。素直にそう思ったファイツは、おそるおそる目を開けてみた。瞬きもせずにこちらを見下ろすラクツは、石のように硬直している。意を決したファイツは身体を起こすと、押し黙ったままの彼へと手を伸ばした。呆然としているラクツの手を取って、そのまま左胸に押し当てる。悪夢に出て来た女の人よりかは随分と小さい胸だが、果たして気に入ってくれるだろうか……。

「ふあ……っ!」

感じた不安は、すぐに泡と消えた。不安の代わりに込み上げて来るのは気持ちよさだった。ボタンで留められたシャツの隙間から強引に差し入れられた彼の手が、下着越しに胸を撫でたのだ。一撫でされただけだというのに、それだけでファイツの身体はびくんと跳ねた。

「……あっ!」

しっかりと留められていたボタンは、いつの間にやら外されていた。下着をまじまじと見られているという事実に、顔が更に赤くなる。レースがついた、可愛らしいデザインがお気に入りのピンクの下着だ。

「可愛い下着だな」

大好きな人からの褒め言葉で頬が緩む。ラクツと今日こんなことをするとは思っていなかったけれど、可愛い下着を着けて来て良かった。のんきに喜べたのも、再開させるまでのほんのわずかな間だけだった。形を確かめるかのように両胸を指で優しく撫でられて、吐息が漏れる。まだ下着越しだというのにこれだ。直接触られたら、本当にどうなってしまうのだろう?

「あ、ああんっ!」

下着の上から優しく撫でてくれていたはずのラクツにある一点を指で何度もつつかれて、ファイツは堪らずに身を捩った。暑いからと巻いたタオルがその拍子に落ちたが、ファイツは気にも留めなかった。ヘアスタイルが乱れたことより、気持ちよさに溺れることの方がずっと重要だ。

「あん!そこ、気持ちいいよぉ……!」
「可愛い……」
「あああんっ!」

下着越しに敏感な先端を指で摘ままれて、ファイツは思わずのけ反った。下着の生地で擦られる度に、びりびりとした刺激が襲う。率直に言って、ものすごく気持ちよかった。この気持ちよさを、ずっとずっと味わっていたい……。

「あん、もっと……っ。もっと触って……っ!」
「ファイツ、ファイツ……っ!」
「あああんっ!」

はあはあと息を荒く吐いた彼に胸を触られる度に、ファイツは喜びの声を上げた。気持ちいいのも嬉しかったが、何よりもあのラクツが自分の身体に夢中になってくれていることが嬉しかった。瞳をとろんとさせながら気持ちよさに溺れていたファイツは、大好きな人のからの「直接触っていいか」の声に、期待を込めて頷いた。こくこくと、何度も何度も頷いた。