もっと、教えて。 : 006

仕置
”抱きたい”と告げた直後、ソファーに腰かけていたファイツの顔色は明らかに変わった。そう、これ以上ないくらいの緋色に染まったのだ。だからラクツは、”きっと自分の言いたいことは伝わったのだろう”と考えた。もちろん緊張しているけれど、同時に生まれたのは安堵の感情だった。何せ、ファイツは純粋にも程がある娘なのだ。そもそもその手の知識があるかどうか疑わしい。上手く伝わらない可能性もあると密かに危惧していたラクツにとって、ファイツが顔を赤らめたことは少なからず朗報ではあった。何にしても、これで第一関門は突破したわけだ。

「……ラクツくん」

押し黙っていたファイツが、桜色の唇を開く。その顔は依然として真っ赤に染まっている。心なしか震えているように見える唇に自分のそれを押し当てて、そして出来ることなら舌を差し込みたい。ともすれば願望を行動に移しそうな自分を必死に制止しながら、ラクツは彼女が声を出すのを固唾を飲んで待った。

「…………」

半開きになった唇は、しかし中々動くことはなくて。それでもラクツは、何も言わずにただひたすら待った。何せ自分だって緊張しているのだ、恥ずかしがりやの彼女が緊張しないはずがないではないか。葛藤があって当然だ。

「…………」
「…………」

ファイツと見つめ合ってどれ程の時間が過ぎたことだろう。体感では1時間以上にも感じられた、多分現実では1分にも満たないであろう沈黙は、ファイツが小首を傾げたことで終わりを告げた。その瞬間にラクツの口からは言葉にならない言葉が零れ落ちた。意思に関係なく零れ落ちたその音は、この場の雰囲気にまるで似つかわしくない、酷く間の抜けた声だった。

「……ご、ごめんねラクツくんっ!ずっと考えてたんだけど、よく意味が分からなくて……っ」

ごめんなさいと手を合わせて謝るファイツは、やはり可愛かった。可愛いのだけれど、同時に脱力感を覚えたこともまた事実だ。ここまで引っ張っておいて、これ程赤面しておいて、”よく意味が分からない”というのは流石にないだろう。ラクツは思わず、心の中でそう叫んだ。出来ることなら頭を抱えたいくらいだった。

「ラクツくんは”抱きたい”って言ったけど、それってどういう意味なの?だって、さっきも抱き締めてもらったのに……」

相も変わらず小首を傾げているファイツをどれ程見つめてみても、その瞳に陰りは一点も確認出来なかった。つまりこの娘はこちらを翻弄しているわけではなくて、本当に理解していないのだろう。自分が発した”抱きたい”を、文字通り抱き締めることだと認識したらしいファイツを、どうしたものかと思案しながら見つめる。彼女らしいといえばそうなのだが、何もここでその無垢さを発揮しなくてもいいだろうに。

「……ファイツ、ボクはそういう意味で”抱きたい”と言ったんじゃない。男として、キミが欲しいという意味で告げたんだ」

あまりにも無垢な娘に苦笑しつつも、しかし真摯な声色で告げる。肝心なところで無垢さと鈍さを発揮したこの娘に脱力感を覚えないといえばそれは嘘になる。しかし、そんな彼女を愛していることもまた事実なのだ。脱力しつつもどうにか思案した結果、結局は別の言葉で伝えようということで落ち着いた。実力行使で、例えばこの場で押し倒しでもすればまず間違いなく伝わるとも思うが、それはこちらとしても不本意だった。いや、本音を言えば今すぐに押し倒したいのだが。

「それって……。……それ、って……」

ファイツはそこで言葉を切ると黙り込んだ。それでも頭を悩ませている様子だったが、ようやく思い当たったのだろう。これ以上にない程に赤かったファイツの顔が、更に赤く染まっていく。これで伝わらなかったら決定的な単語を口にする他ないと考えていたラクツは、ファイツの反応に今度こそ安堵した。

「ラクツくん……」
「ああ」
「それって、あの……。え……。えっちなこと、だよね……?」
「……ああ」
「…………っ」

瞳を潤ませたファイツは、恥ずかしいのか俯きがちになって唇を動かした。その動きを正確に読み取ったラクツは、「別に急じゃないぞ」と告げた。途端にまるで弾かれたように顔を上げた娘をまっすぐに見返しながら、苦笑する。どうやらファイツはこんな自分のことを紳士的な男か何かだと考えているようだが、それはまったくの買い被りだ。

「先程も告げたが、ボクは常々”ファイツを抱きたい”と考えていた。四六時中ではないが、それこそほぼ毎日考えていた。……特に、ここ最近は」
「そ……。そう、なの……?」
「ああ。現に今、この瞬間もそうしたいと考えている」

今すぐにこの娘を押し倒したいという欲望を全力で押さえつつも、ラクツははっきりと意思を主張した。この際だ、ついでに苦言を呈しておいてもいいだろう。下を見るように促すと、顔を赤らめているファイツは素直に従った。そうなのだ。素直な彼女は、男の前で太ももを晒すという、酷く無防備な恰好をしたままなのだ。

「この際はっきり言わせてもらおうか。ファイツ。キミのその恰好は、あまりにも無防備過ぎる。”襲ってください”と言っているようなものだぞ」
「え……っ。……お、襲うって……」
「性的な意味で手を出される、という意味だ」

惜しげもなく晒された太ももに視線を向ける。程良く引き締まったファイツの太ももは、染み1つない見事なまでの色白だ。斜め上からまじまじと見られたことで、ようやく彼女も自分がどういう恰好をしているかを理解したのだろう。丁寧に畳まれていたズボンで太ももを隠したファイツの顔は、耳まで真っ赤だった。

「あ……っ」
「その上、まるで見せつけるかのように服の裾を持ち上げるなんて、いったいどういう神経をしているんだ?……言っておくが、今更隠してももう遅いぞ」

今はどうにか隠れている部分に、ラクツは熱い視線を送った。見えたのはほんのわずかな時間だったが、あまりにも魅惑的な絵は鮮明に脳裏に焼き付いていた。レースで縁取られた、桃色の下着をしっかりと思い浮かべる。

「正直……。触れたくて触れたくて、気が狂いそうだった」
「あ、あの……。あの……っ!」
「……それと。夜間にあのような寝間着で出歩くのも感心しないな」

涙目になったファイツが何かを訴えていることはもちろん気付いていたが、ラクツは構わずに説教を続けた。かわいそうだと思わないでもないが、そもそもこの娘があんな恰好をしたのがいけないのだ。

「で、でも……。1秒でも早くラクツくんに会いたかったんだもん……っ!」
「その気持ちは嬉しいが、ボクとしてはとても容認出来ない行動だ。あんな薄着で……。それも下着が見事に透けていた状態で出歩くなんて、自殺行為に等しいぞ」
「え、嘘!?」
「嘘なものか。桃色の、レースの下着だろう」
「…………」
「いいかげん、自分が軽率な行動をしたことを認めてくれ。もし男に出くわしたらどう対処するつもりだったんだ?」
「でも……あたしだよ?他の可愛い女の子なら分かるけど、あたしだよ……?あたしを、その……。お、襲いたいって思う男の人なんて、いないんじゃ……」

納得がいっていないのか、ファイツはぐぐっと眉根を寄せた。基本的に素直なこの娘は、時にかなりの頑固さを発揮するのだ。そんなファイツに負けず劣らず眉間に皺を刻んだラクツは、その華奢な両肩に手を伸ばした。そしてそのまま、肩に添えた両手に力を込める。

「あ……っ」

ラクツは実に呆気なく仰向けになった娘を見下ろした。海を思わせるかのような彼女の蒼い瞳は、戸惑いと驚愕で揺れている。了承を得ずに押し倒したことについての罪悪感はあったが、それもすぐに別の感情でかき消えた。

「……自分を襲いたいと思う男などいない、か。まさに今、キミに対して欲を抱いている男がここに存在しているんだがな」
「…………」
「ボクは、”キミを抱きたい”とはっきりと告げたはずだが。何度言ったら本気で取り合ってくれるんだ?」
「ラ、ラク……っ」
「聞き分けの悪い娘には、仕置きだ」
「あ、やあ……っ!」

微かな苛立ちと共に、舐めたくて仕方がなかった首筋に舌を這わせる。ざらついた舌を押し付けるかのようにあえてゆっくりと舐め上げると、ファイツはすぐに艶のある声を漏らし始めた。聞きたかった声を間近で耳にしたことで、この娘がいやらしく身体をくねらせたことで、瞬く間に全身が熱くなる。荒く息を吐いている娘を、ラクツは黙って見下ろした。

「そのような嬌声を漏らして、身体も捩らせて……。今のファイツを見て、劣情を抱かない男がいないと本気で思っているのか?ボクだって例外じゃない。……ボクだって、男なんだぞ……っ」
「ま、待って……っ」
「待たない」

そう言い放つと、ラクツはまた首筋に顔を埋めた。石鹸の匂いと、彼女から発せられる甘い匂いが鼻腔を執拗にくすぐった。

「あ……っ!」
「悪いが、今夜は帰さない。ボクがどれ程キミを愛しているかを、その身に教えてやる」

宣言するようにそう言い切ると、ファイツは瞳を大きく見開いた。彼女が硬直したのをいいことに、ラクツは再び行為を再開させた。首筋を舐め上げられる度に逐一反応する娘は、やはり酷く艶やかな色香を放っていた。