幸せの在処 : 007

あなたを愛してる
女である自分には存在しない、ラクツの”それ”。男としての象徴たるその存在が、とてつもなく熱いラクツのそれが、確かに自分の中にゆっくりと入って来る感覚があった。全身でそれの存在を感じ取ると同時にファイツはあられもない声を上げる。いくら恋人に可愛いと言われようと、未だにそんな声を出してしまうことを恥ずかしいとファイツは思っていた。どうしようもなく恥ずかしいから、だから声を出さないようにしなければと頭では思うのだけれど、ファイツがそれを実行することはなかった。恥ずかしくて堪らないのは確かなのだが、それ以上に自分の唇から漏れ出る声を実際に抑える余裕がもうファイツにはなかったのだ。
自分の大切なところを他の人間に明確な意思を持って触れられるのは今日の行為が初めてだったし、ましてやそこにそれを入れられたことなんて1回だってなかった。もちろん、それが嫌なわけではない。やっぱりものすごく恥ずかしいとは思うのだけれど、嫌悪感は少しも感じなかった。大好きなラクツといよいよ結ばれることになるのだ、緊張感や嬉しさこそあれど嫌悪感なんて抱くはずもない。
ただ、自分の大切なところから感じる違和感はどうしても拭えなかった。それにファイツは、今までに感じたことのない程の痛みも感じていた。「よく解さないと確実に強い痛みを感じる」とラクツは言ったが、確かに彼の発言通りだとファイツは思った。あんなところに指を入れられておまけに激しく掻き回されるという、思い返しても顔から火が出る程に恥ずかしいことをラクツによってされたのだけれど、あれは今から思えば自分の為を想ってしてくれたのだろう。無知な自分の発言通りに指を入れられないまま彼のそれを受け入れていたならば、今感じているものとは比べ物にならない程の痛みを感じていたに違いない。あんなに激しく掻き回された上でなお今までに感じたことがないくらいの痛みを感じるのだから、もし仮にそうなっていたとしたら痛みのあまり自分は気絶していたかもしれない。
そうなればラクツの性格上行為を途中で止めてしまうこともあり得るわけで、そうならなくて良かったとファイツは思った。ラクツは「今すぐ挿入したい」と身体に触れながら何度か口にしていたが、そう言われても自分にはよく分からなかった。多分それは男の人特有の感情で、ラクツは自分を想うが故にずっと我慢してくれていたのだろう。それを思うと、ファイツの心は自然と嬉しいという感情で満たされた。彼にそれ程想われていることが嬉しい、彼に愛されることが嬉しい、それに何より彼と1つになれることが嬉しい……。

「……っ、んん……っ!」

ものすごく恥ずかしいけれど、ものすごく違和感も感じるけれど、ものすごく痛みも感じるけれど。だけどそれ以上にラクツと結ばれることを嬉しいと思っているファイツは、はあはあと息を吐きながら襲い来る痛みの波に耐えていた。彼が自分を気遣ってずっと我慢をしてくれたのと同様に、ファイツだって彼の為を想って何かをしたかった。しかしそう思っても、いったい何をすればいいのかが自分にはまるで分からなくて。だから、ファイツはせめて余計なことを言わないようにしなくちゃと何度も自分に言い聞かせた。例えば「痛い」とか「苦しい」だとか、それを聞いたラクツが行為を止めるかもしれない言葉を決して言わないように。そう思って唇を必死に噛み締めて、そのついでに瞳も思い切りぎゅうっと瞑った。

「ファイツ……っ」

目を瞑ったことで完全に真っ暗になった視界の中で、自分の名前を呼ぶ彼の声が鼓膜を震わせたことに気が付いて。だからファイツはゆっくりと目を開けて、自分の恋人の顔を仰ぎ見た。切なさと苦しさが入り混じった表情をしたラクツと自分の視線が、暗い中でしっかりと交差する。

「目を、閉じないでくれ……。……それから……っ」

そこで言葉を切ったラクツの声は、どうしてか酷く掠れていた。それから眉根を寄せて、彼は何かを堪えるようにはあっと大きく息を吐き出した。

「……それから、もう少し身体の力を抜いてくれると、助かる……っ」
「ラ、ラクツくん……?」

今のラクツはどう見ても苦しそうだったが、どうしてそれ程苦しそうにしているのかがファイツには分からなかった。もしかして、男の人も自分と同様に痛みや苦しさを感じるものなのだろうか。それがものすごく気になる、何より彼が大丈夫なのかが気になる。好奇心と彼を心配する気持ちがほんのわずかな時間ぶつかったが、結局勝ったのは後者の方だった。いつだって落ち着いているラクツが切羽詰まったように息を乱していることなんて、滅多にないことなのだ。

「……ファイツ、頼む……っ」
「は、はい……っ」

大丈夫と訊こうと思って口を開いたファイツは、けれど彼に催促されて慌ててはいと返事をした。今はそれを訊くよりまず先に、彼の言う通りにしなければと思い直したのだ。心臓が張り裂けそうなくらいに緊張していたのと単純に痛みに耐えていた結果なのだろう、ファイツは身体にかなりの力を入れていたことに今更気が付いた。先程彼によって”おかしくさせられた”直後はまるで力が入らなかったのに、気付けば全身が強張ってしまっていた。違和感も痛みも疑問も多々あるけれど、それでも彼が望むならその求めに応じたい。意思を振り絞って何度も繰り返し深呼吸をして、そして彼の顔をしっかりと見つめて。ファイツが身体の力を何とか意識的に抜いた、その直後のことだった。

「あああんっ!」

予告などなかった、本当に突然だった。熱い何かが身体の奥深くに突き刺さるようなものすごい衝撃に襲われたファイツは、堪らず背中を大きく反らせて声を上げた。自分の声がラクツのそれをかき消したことなど気付かずに、額に汗を浮かべて荒い呼吸を繰り返す。先程まで感じていた痛みとはまるで比べ物にならないくらいの激しい痛みに、視界には自然と涙が滲んだ。本当に痛かった、身体がばらばらになりそうな程の痛みだ。もうわけが分からなかった、自分の身に何が起こったのかがさっぱり理解出来なかった。頭を混乱させながら爪が食い込むくらいに思い切り手を握り締めたファイツは、そこではっと我に返った。気付けばまた自分は、身体に力を入れているではないか。よくは分からないけれど、これでは彼が困ってしまうかもしれない。焦ったファイツは先程のように何とか力を抜こうとしたのだけれど、あまりの痛みと圧迫感が気になってどうしても上手くいかなかった。どうしようとファイツは思った、早く身体の力を抜かなければラクツを困らせることになる。それは嫌だと思うのにどうしても力が抜けなくて、焦りからファイツは思わず涙を零しそうになった。

「……え?」

不意に頭を優しく撫でられる感覚を抱いたファイツは、小さく声を漏らした。そして何が起こったのかを確かめるべく、慌てて涙で濡れた瞳を片手で擦った。途端に鮮明になった視界には、自分と同じく額に汗を浮かべた大好きな人の顔が間近に映し出されている。

「よく頑張ったな、ファイツ。……痛かっただろう」

眉根を寄せた恋人に優しい声でそう言われて、ファイツは再び「え?」と呟いた。やっぱりわけが分からなくて、困ったファイツはラクツの顔を見上げてみる。すると彼は優しく笑って、まるで慈しむかのようにこちらの頭を優しい手付きで撫でた。

「ちゃんと、全部入ったぞ」
「あ……」

彼の言葉で、ファイツはようやく自分に何が起こったのかを悟った。とうとう自分は、ラクツと結ばれたのだ。流石に暗いとはいえ恥ずかしかったから彼の「見てみるか」という言葉には頷けなかったけれど、だけど実際は嬉しくて堪らなかった。瞳から涙を零しながら、ファイツは「うん」と小さく頷いた。

「予告もなしにすまなかった。あそこまで力を込められていると流石に埒が明かなかったし、何より早くファイツの中に入りたくて仕方なかったんだ。……じきに痛みは治まるはずだから、もう少し我慢してくれ」

どこまでも優しい声でそう告げたラクツは、やっぱり優しい手付きで今度はこちらの涙を指で拭った。彼のその動作で何やら誤解を受けているらしいことを察したファイツは、慌てて「違うの」と言った。怪訝そうに「何が違うんだ」と訊き返した彼に向かって、大丈夫だからと言って微笑んでみせる。自分は今、痛くて泣いているわけではないのだから。

「あのね、ラクツくん。確かにちょっとは痛かったけど、あたしは大丈夫だから心配しないでね。あたしは嬉しくて泣いてるだけだから。だって、ラクツくんと1つになれたんだもん……」
「……ファイツ……」
「恥ずかしいけど、でも……ラクツくんと結ばれて嬉しい……」
「ボクも同じ気持ちだ。ファイツと1つになれて、すごく嬉しい」

優しく微笑んだラクツに向かって、ファイツもまた笑みを深めた。彼と1つになった衝撃の余韻がまだ残っていたのだけれど、それでもその痛みが少しずつ弱まっていくのを感じ取る。確かにラクツの言う通り、これはじきに治まっていくものなのだろう。

「……うん。少し、楽になって来たかも……」
「そうか。だが、痛みが完全に治まるまではこのままでいよう」
「ありがとう……。……あ。……あのね、ラクツくん……」
「ん……。どうした?」
「えっと……。痛みが治まるまで、手を繋いでてもいい……?」
「……ああ」

差し出されたその手に自分のそれをそっと重ねて、ファイツは柔らかく目を細めた。もちろん彼の全てが好きなのだけれど、その中でも特にラクツの手が好きだった。自分とはまるで違う大きさの彼の温かい手に触れていると、不思議と安心出来るのだ。彼と手を繋いでいれば早く痛みが治まるかもしれないと思ったからそう申し出たのだが、どうやらその考えは間違っていなかったらしい。あれ程の痛みだったはずが、気付けばそこまで気にならなくなっていた。その代わりに彼のそれが自分の中に入っているのだということを強く思い起こされる結果になり、ファイツの顔は自然と赤くなった。
もちろん嬉しいのだけれど、だけどやっぱり恥ずかしい。散々恥ずかしいことをされておいて今更だけれど、ファイツはどうにも気恥ずかしくて堪らなくなった。その気恥ずかしさを紛らわせたくなったファイツは大好きなラクツの顔を見ようとして、そして実際に彼の表情を見て固まった。つい先程までは実に優しい笑みを湛えていたはずのラクツは、けれど今はまた辛そうな表情をしているのだ。眉根を寄せて荒い息を吐き出している彼は、どう控えめに解釈しても苦しそうだった。

「ラクツくん、大丈夫!?」
「ああ……。ボクは、大丈夫……だから……っ」
「でも、すごく辛そうだよ……っ。どこか痛いの、ラクツくん!?」
「……別に、痛いわけじゃない……。痛いのはキミの方だろう……?」
「そ、そんな辛そうな顔で何言ってるのっ!?どうしよう、いったいどうすれば……っ」
「だから……。”痛くはない”と言っているだろう……。むしろ、その逆だ……っ」
「……逆、って……?」

どうやら、彼は本当に痛みを感じていないようだった。それは理解出来たのだけれど、やっぱりラクツの言葉の意味がよく分からなかったファイツは小首を傾げてそう尋ねた。「その逆」とは、いったいどういう意味なのだろうか。

「ファイツの中が、あまりに気持ちいいんだ……。想像した通り……。いや、想像したよりずっと気持ちいい……。自分から言っておいて何だが、今すぐに動いてしまいたいくらいだ……っ」

ラクツは荒い息を吐きながら、縋るような視線をこちらに向けて来る。彼の「動いてしまいたい」との言葉も気にはなったが、それ以上にファイツは彼の表情に気を取られた。実に切なげな表情をしている彼の瞳にどこか妖しい輝きを見たような気がして、心臓がどきんと大きく跳ねる。ラクツくんってこんなに色っぽい人だったっけと、感じたままに呟いた。

「色っぽい、か。……そう言われてもあまり嬉しくはないな」
「……えっ!……もしかして、声に出ちゃってた?」
「ああ、しっかりと声に出ていた。だがその発言には同意しかねるな。ボクをそう評されても微妙な気分にしかならないし、何よりキミの方がずっと色気があるに決まっている」

そこでラクツは言葉を切って、今度は何だか熱が込められたような視線を向けて来た。依然として荒い呼吸を繰り返している彼の視線が、自分の顔ではなく身体に向けられていることに気付いて、ファイツの顔中には見る見るうちに熱が集まった。彼も今は同じ条件とはいえ、やっぱり裸を見られるのは恥ずかしい。無性に彼の気を逸らしたくなったファイツは、半ば慌てたように口を開いた。何の話をしようかと一瞬迷って、だけど唇から飛び出して来たのは彼を気遣う言葉だった。

「ラクツくん、苦しそうだけど大丈夫?本当に、痛くはないの?」
「痛くはないな。正直、別の意味で苦しいとは思っているが。……ああ、そんなに心配そうな表情をしなくても大丈夫だ。それより、キミは自分の心配をすべきだとボクは思うんだが……。急かしているわけではないが、まだ痛みは感じるか?」
「あ……。……そういえば、もう全然痛くない……」

嘘ではない、本当のことだった。彼のそれを受け入れた時は涙が滲む程痛かったはずなのに、今ではその痛みは感じなくなっていた。彼に言われるまで、そのこと自体をファイツは綺麗さっぱり忘れていたくらいなのだ。だけど、ラクツは念を押すかの如く本当かと尋ねて来た。その態度に戸惑いながらファイツが頷くと、彼は眉根を寄せたままどこか探るような視線を向けて来る。どうやら自分の言葉は、本心からのものだと思われていないらしい。

「えっと、本当に大丈夫だよ?」
「……ボクを気遣って、そう言ったわけではないんだな」
「うん、もう痛くないから……」
「そうか……。じゃあ、そろそろ動いていいか?」
「……うん……。……あ!」

ラクツの問いかけに頷いたファイツは、その数秒後に小さく言葉を漏らした。そういえば先程もラクツは「動く」と言っていたように思うのだが、そもそも彼の言葉の意味がいまいち理解出来なかった。ラクツと結ばれて、つまりは彼のそれを自分の中に受け入れて。そして彼のあれを、自分の大切なところに注がれる。それで彼との行為が終わるのだとファイツは思っていたのだが、そういうわけでもないのだろうか。
保健体育の授業で”そういうこと”について教わっていたファイツは、だけど実際には断片的な知識しか持ち合わせていなかった。興味がなかったわけではないが、何よりそういうことを恥ずかしいと思ってしまうファイツはそちら方面の知識を積極的に得ようとして来なかったのだ。ここに来てファイツははたと困ってしまった、果たしてこの後はいったい何をするのだろう?黙り込んでしまった自分の名前を訝しげに呼んだラクツに、ファイツは訴えるような視線を向けた。

「あたしはこの後、いったいどうすればいいの……?」
「……ファイツ?」
「あたし……。……その、こういうことって、いまいちよく分からなくて……」
「そうだな。ファイツにそちら方面の知識があまりないことは、ボクも重々理解している」
「う……。だ、だからねっ……。さっきは断っちゃったけど、どうすればいいのかを、やっぱりあたしに教えて欲しいなって思ったの……。ラクツくんと1つになって終わりなんじゃなくて、何だかまだ続きがあるみたいだから……」
「…………」

彼の突き刺さるような視線と、この場に落ちる沈黙が何だか痛かった。少しの間黙っていたラクツに喉を鳴らすように笑われて、ファイツは何だかものすごく自分が情けないと思った。こんなことになるなら恥ずかしくても勉強しておくんだったと、今更ながら後悔した。これでは彼に笑われて当たり前だ。

「うう……。ごめんね、よく知らなくて……。呆れたでしょう?」
「そういう意味で笑ったんじゃない。ただキミがあまりに可愛いことを言うから、つい……な。……それでファイツ、キミは行為に対してどこまで知っているんだ?出来れば教えて欲しいんだが」
「えっと……」

自分が持っている知識を、ぼそぼそとした小さな声で彼に告げる。自分の告白を聞き終えたラクツは軽く頷いて、柔らかく目を細めた。

「……ボクに言わせるとところどころ抜け落ちている部分もあるが、まあ間違ってはいないな。……ああ、言い忘れていたが避妊具はちゃんと着けている。だからそこについては心配しなくていい」
「あ……!そっか……。そうしないと、ラクツくんとあたしの赤ちゃんが出来ちゃうかもしれないもんね……?」
「……そうだな。この後のことについてだが、キミは特に何もしなくていい。分からないならボクがリードするから。強いて言うなら、思ったことを素直に言ってくれればボクとしてもありがたい」
「うん、分かった……。……それで、この後はどうするの?えっと、動くって言ってたけど……」
「言葉通りの意味だ。この状態のまま、動く。ファイツは先程”終わり”と言ったが、むしろこれからが本番だぞ」
「も、もしかして……。痛かったりする……?」

繋いでいた手を放されたこともあるが、何より彼の発言で不安に駆られたファイツがおずおずと尋ねると、ラクツは静かに首を振った。だけどファイツはホッとするより先に落ち着かなくなった。こちらを見つめる彼の瞳に、先程より強い光が灯ったように思えてならなかったのだ。

「痛くはしない。ただお互い気持ちよくなるだけだ、”優しくする”と言っただろう?激しくしないように最大限の努力をするつもりではいる。何しろ初めてだからな、ファイツにあまり無理はさせたくない」
「…………」

ファイツは彼の言葉を聞いて、ごくんと唾を飲み込んだ。”気遣ってありがとう”と言うべきなのだろうが、そんなことより彼の”互いに気持ちよくなるだけ”という言葉が耳に残って仕方がなかったのだ。どきどきどきと、胸が激しく高鳴る。

「お互いに気持ちよくなるって……。あの、ラクツくんも気持ちいいの……?」
「ああ。今この瞬間も心地良さを感じている。本当に、思った以上の気持ちよさだ……」

はあっとまた溜息をついたラクツの姿に、ファイツはまた心臓をどきりとさせた。本当に色っぽい、女である自分より何だかずっと色っぽい。今度は胸のうちだけでちゃんとそう呟きながら、ファイツはぼんやりとラクツを見上げていた。

「……最初はゆっくり動くから安心してくれ。痛くはしない、ちゃんと気持ちよくさせてやるからな」
「……う、うん……」

ファイツは顔を赤らめさせながら、彼の言葉にまた素直に頷いた。やっぱり恥ずかしいのは変わらないのだけれど、それ以上に彼に愛されるのは嬉しいと思った。そして彼に気持ちよくしてもらえるのだと思うだけで、壊れそうなくらいに自分の心臓は高鳴ってしまう。抱いたのはこれから自分の身に起こることへの期待感で、彼に乞われたままにファイツは口を開いた。ものすごく恥ずかしいのだけれど、それでも思ったことを素直に言おうと決めたのだ。

「ラクツくん……。いっぱい、気持ちよくして……?」
「…………っ。……まったく、お前は……っ」

呆れたような、はたまた何かを堪えるような。そんな複雑そうな溜息を彼に盛大につかれてファイツは戸惑った、もしかして自分は何かまずいことを言ってしまったのだろうか。そんな不安から小首を傾げて「ダメ?」と尋ねてみたのだが、どうしてか額に手を当てて俯いたラクツはすぐには答をくれなかった。

「……あの……。ダ、ダメ……かな……?」

不安は更に募っていくから、おずおずとそう問いかけてみた。その数秒後に耳に聞こえたのは承諾の言葉で、ホッと胸を撫で下ろしたファイツは笑みを浮かべる。彼に拒絶されなくて良かったと、そればかりを考えていたファイツは、自分が彼を思い切り煽ってしまった事実には気付かなかった。ラクツが内心では滅茶苦茶にしてやりたいという欲望と優しくしてやりたいという理性の狭間でものすごく葛藤していることにも気付かなかったし、結局は優しくしようと固く誓いながらも少し意地悪をしてやろうと彼が決心したことにも気付かなかった。色々と鈍感極まるファイツはゆっくりと顔を上げたラクツに名を呼ばれて、彼の顔を見つめる。いよいよこれから彼の言う”本番”が始まるのだと思うと、自然と胸の鼓動が速くなった。

「まずはキミの身体に触れて、思い切り感じさせてやる。それでもいいか?」
「うん……。えっと、お願いします……っ」
「……ああ。2人で一緒に気持ちよくなろうか、ファイツ」
「ああんっ!」

自分の名前の最後の1文字を言い終わると同時に、ラクツが宣言通りにゆっくりと腰を動かした。その瞬間にファイツは嬌声を上げて身体をのけ反らせる。男性経験がないファイツは知る由もなかったが、自分の身体は男のそれによる確かな刺激を求めていたのだ。今か今かと待ち望んでいた刺激がようやく与えられ、ファイツの大切なところは悦びでうねった。

「……くっ……。本当によく締め付けて来る、な……っ」
「ひゃあっ!」

自身を締め付けられたことによりラクツは快楽から吐息を漏らしたのだが、ファイツは更に加えられた刺激に翻弄されて彼の反応を気にするどころではなかった。彼の指が、自分の左胸の先端にそっと触れたのだ。時間を空けた後に再び与えられる刺激に、身体は否応なく反応する。そうでなくてもファイツは胸が特に弱い上、度重なる愛撫によって胸の先端は固く尖っていたのだ。ただでさえ触れられるだけでも気持ちがいいのに、固くなったそれを押し潰すように捏ねられてはもう堪らなかった。

「ふあああんっ!」

顔を快楽の色に染め上げたファイツは、ラクツの指の動きに合わせて頭を振った。髪の毛が汗で顔に貼り付いたことなどまるで気にならなかった。とにかく気持ちよくて気持ちよくて、そのことだけしか考えられなかった。そしてそれはラクツもまた同じだった、何しろ自分の膣は中に入っている彼のそれを容赦なく締め付けているのだから。同様に顔を快楽で歪めたラクツに今度は右胸の先端を優しく引っかかれて、ファイツはまたもやあられもない声を上げた。

「ひゃあんっ!」

間を置かずに左胸も同じように引っかかれて、ファイツの背中には寒気にも似た快楽がぞくぞくと走った。シーツを皺になる程に掴みながら、そしていやらしい声を上げながら、与えられる刺激にただひたすら悶える。

「痛くないか?ファイツ」
「だ、大丈夫……。すっごく気持ちいいよお……っ」
「……そうか。キミが望んだ通りに、たくさん感じさせてやるからな」
「ああっ!」
「本当に触り心地がいい胸だな、いつまでも触れていたいくらいだ……」

今度は胸を形が変わるくらいに荒々しく揉みしだかれることになり、ファイツは種類の違う刺激によってただひたすら声を上げるばかりだった。しばらくの間はラクツに翻弄されていたファイツだったが、もどかしい感覚に何故だか襲われることになった。時間が経つにつれてその感覚に思考を埋め尽くされたファイツは、彼に乞われたままに素直に今思っていることを口に出した。

「ラクツ、くん……っ。……えっと、あのね……っ。その……ああん!」
「ファイツは本当に胸が感じやすいんだな。先端に少し触れただけで、容赦なく締め付けて来るぞ……っ」
「はあん……っ。……あの、あのね……っ!」
「ん……?どうした、もっと強くして欲しいのか?」
「ひゃあああんっ!あ、いい……!気持ちいいよおっ……!」
「それは良かったな。……ボクも、堪らなく気持ちいい……っ」

またもやかりかりと、今度は交互に胸の先端を引っかかれる。もう堪らなく気持ちがいいのに、だけどファイツの心はどこかが満たされなかった。例えるなら心に小さな穴が空いて隙間風が吹くような、そんな感じだ。気持ちよくて堪らないと同時に、だけどもどかしくて仕方がないとファイツは思った。胸ではもう足りない、もっともっと強い刺激が欲しい……。

「ラ、ラクツ……くん……っ。そのっ……。そこじゃなくて、あの……」
「……何だ?」
「べ、別のところを触って欲しいの……っ!」

そう懇願すると、ラクツはどういうわけか微笑んで「胸はもういいのか」と尋ねた。何とも気持ちよかったのは事実だったが、それ以上に強い刺激が欲しいのだ。彼が微笑んだ理由には気付かないまま、ファイツは首を縦に振った。

「う、うん……っ。他のところがいいの……っ」
「……分かった。じゃあ次は、ここに触れるぞ」
「あ……っ。やあああんっ!」

ラクツに触れられているところの名称をファイツは知らなかったのだけれど、そこに触れられるととんでもなく気持ちいいことだけは理解出来ていた。どうしてか固くなってしまっているその部分をラクツの指で上下に優しく擦られて、ファイツは髪を振り乱しながら声を上げた。

「……触れる前に比べると、明確に固くなっているな……。それ程感じてくれているということだな、ボクとしても嬉しいぞ。本当に、随分と摘まみやすくなったものだ……」
「ふああっ!」

その部分を摘ままれたファイツは、またもや背中を反らせて反応を示した。気持ちよくて堪らない、どうしてこんなに気持ちいいのだろう?不思議で堪らなくなったのだが、その理由を落ち着いて考える間もなく、襲い来る快楽の波にまたもやファイツはか細い悲鳴を上げた。ラクツによって、その部分を優しく引っかかれたのだ。

「ひゃああんっ!」
「まったく、ファイツはつくづく可愛い反応をしてくれるな……。ファイツが堪らなく感じている声を聞くだけで、ボクも堪らなく興奮するんだぞ?」
「やあ……っ!それ、気持ちいい……っ!引っかかれるの、気持ちいいのお……っ!」
「……ああ、やはり引っかかれる方がいいんだな?先程も随分と気持ちよさそうにしていたが、今もまたボク自身を締め付けたぞ……。……ボクも負けてはいられないな、ファイツをもっと感じさせたい……っ」
「ひゃあんっ!」

また摘ままれたり、そうかと思えばまた引っかかれたり。ラクツに触れられるその度に、ファイツはいやらしい悲鳴を上げた。自分でもものすごくいやらしいと思うのだけれど、もう止められなかった。

「……気持ちいいか、ファイツ」
「う、うん……っ。恥ずかしいけど、でも気持ちいいよお……っ」

ラクツの問いかけに何度も首を縦に振って答えたファイツだったが、しばらくするとまたもどかしい感覚に襲われることとなった。堪らなく気持ちがいいはずなのに、それでもまだ刺激が足りないのだ。彼を受け入れているところの奥が、どういうわけか疼いて仕方がないとファイツは思った。そしてそう思った数秒後には、ここを思い切り気持ちよくして欲しいとも思った。確かに思い返すだけで恥ずかしくなるのだけれど、それでも彼にこの場所を触れられた時には堪らなく気持ちがいいと感じたのもまた事実なのだ。

「ラクツくん、ラクツくん……っ!」

その場所に刺激が欲しくて、とうとう切羽詰まったファイツは彼の名前を息も絶え絶えに口にする。もどかしくて堪らない、もう今すぐにでも強い刺激が欲しいとファイツは思った。”ラクツくんに動いてもらえれば、きっとあたしはもっともっと気持ちよくなれる”。そんな根拠もない確信をファイツは抱いた。だけど、自分からそう言うのは何だかものすごく恥ずかしい。思ったことを素直に口にしようと決めたのは自分なのだが、これだけは恥ずかし過ぎて言えなかった。彼に察して欲しい、そう思って縋るような視線でラクツを仰ぎ見るが、彼はというと微笑んだままこちらを見下ろすだけだった。

「ラクツ、くん……っ!」
「……何だ、ファイツ」
「…………っ」

相も変わらず微笑んでいる彼の瞳の奥にまたあの妖しい光が見えたような気がして、ファイツは思わず言葉を飲み込んだ。何故だか、彼の名前が呼べなかった。そのまま黙ってしまった自分に、彼は何も言わなかった。ラクツくんに動いて欲しいと心の中で叫んだファイツは両手をもじもじと忙しなく触れ合わせながら彼をじっと見上げてもみたが、ラクツはやっぱり微笑んだまま見下ろすだけで何も言わなかった。

「ふああっ……!」

自分の沈黙をどう解釈したのか、ラクツは少しの間止めていた手を再び動かした。痛くしないと言ってくれた通りに優しい手付きで固くなったそこを撫で擦るだけだったけれど、それでもものすごく気持ちがよかった。だけど、それなのにまだ刺激が足りないとファイツは思った。それにこのどうにももどかしい感覚はやっぱり消えてくれなくて、ファイツは2回目の縋るような視線を向けた。

「…………」
「…………」
「……っ」

もどかしさと気持ちよさからはあはあと荒く呼吸をしながら、そして今もなお微笑んでいる彼を見ながら、ファイツはようやくあることを静かに悟った。自分が何をして欲しいのかを、彼は多分理解しているのだろう。こちらの意図を理解した上で、あえてそれを実行に移さないだけなのだろう。自分の方から言わなければ、彼の方から動く気はないに違いない。そのことにやっと気付いたファイツは、そんな彼を少しだけ恨みがましく思った。いつもはものすごく優しいのに、今日の彼はどういうわけか酷く意地悪だ。

「ラクツくんの、意地悪……っ!」

そう告げても、ラクツは微笑んだまま優しくそこを擦り上げるだけだった。腰と爪先をぴくぴくと動かしながら、ファイツは唇から吐息を漏らす。こちらを見下ろす彼の熱を孕んだような視線と、何よりこちらを焦らすような彼の手の動きにとうとう耐え切れなくなって、ファイツは身を捩らせた。もう限界だった、刺激が欲しくて堪らなかった。彼に思い切り気持ちよくして欲しかった。恥ずかしくて仕方がなかったけれど、それでもラクツをしっかりと見つめたままで。羞恥心と快楽で震える唇を無理やりにこじ開けて、ファイツは「ラクツくんのそれが欲しいの」と絞り出すようにして告げた。

「ああああんっ!」

その言葉を言い終えた瞬間に、ラクツは無言で腰を動かした。同時に彼のそれが自分の大切なところを強く擦り上げて、その衝撃とあまりの気持ちよさからファイツは涙を零してか細く悲鳴を上げた。まるで強い電撃を浴びたような気持ちよさだった。待ち望んでいた刺激が待ち望んでいた場所にようやく与えられて、全身にじっとりと汗を滲ませながらファイツは恍惚とした表情を浮かべる。自分がそんな表情をしていることにも、そしてそれを目の当たりにしたラクツが更に欲情したことにも、先程までは柔らかく微笑んでいたはずの彼がとうに笑みを消していることにも気付かないまま、ファイツは与えられた快楽にひたすら酔いしれていた。

「ああんっ、何……これえ……っ!すごいよお……っ!」

指で掻き回された時だってとてつもなく気持ちいいと思ったものだが、今感じるそれは指とは比べ物にならない程だった。指より圧倒的に質量があって圧倒的に熱いそれが、自分の大切なところをこれ以上にないくらいに刺激している。とてつもなくいやらしいのだけれど、それ以上に気持ちがいいのだ。

「やあ……っ!ラクツくん、そこっ……!!」

ある一点に彼の熱いそれが掠めるように触れて、思わず彼の名を呼ぶ。その部分をもっと刺激して欲しいと思ったのだ、そうされたならもう堪らなく気持ちがいいに違いない……。ファイツがそう思って彼を見つめた次の瞬間、ラクツがはあっと息を吐き出した。

「そうだ、ここはファイツが先程ボクの指でいい反応をしたところだ。ここを思い切り刺激して欲しいんだろう?望んだ通りにしてやるからな……っ」
「ああっ!!」
「ああもう、まったく……!あんな目でボクを見つめないでくれ……。優しくしたいのに、加減出来なくなるだろう……っ!」
「やああんっ!」

そう言いながら、ラクツがその部分を抉るように何度も擦り上げる。途端にすさまじい程の快感が全身を襲って、ファイツは弓なりに身体を反らせた。指で同じ刺激を与えられた時は恥ずかしくて言えなかった本音が、口から勝手に飛び出した。

「ああん、そうなの……っ!そこ、もっと擦って……っ!もっともっと気持ちよくなりたいの、ラクツくんに気持ちよくして欲しいの……っ!」
「……ファイツ……っ」
「ひゃあああんっ!」

最初は確かにゆっくりだったラクツの腰の動きが、段々と速くなっていく。その律動にとうとう耐えられなくなったファイツは、彼に思い切りしがみつきながら嬌声を上げた。

「あああんっ!それ、気持ちいい……っ!ラクツくんのそれが擦れて、熱くて……気持ちいいの……っ!」
「ボクの指と、ボク自身と……っ……。いったいどちらが気に入ったんだ、ファイツ……っ」
「今されてる方がいい……っ!お願いラクツくん、もっと激しくして……っ!」
「言われなくてもそうさせてもらう……っ。そんなに可愛いことを言われてまだキミに優しく出来る程、ボクは出来た男じゃない……っ!痛くしない程度に激しく動くが、本当にそれでもいいんだな……?」

荒い息の下でされたラクツの問いかけに、ファイツは首を縦に振って応えた。微塵も迷わなかった。大好きな彼の存在を、全身でもっと強く感じたかった。

「うん……っ。来て、ラクツくん……」
「ああ……。行くぞ、ファイツ……っ。ボクにしっかり掴まっていてくれ……っ」
「あああんっ!」
「……っ。どうだ、ファイツ……っ!」
「すごい……っ、すごいよお……っ!あたし、あたし……っ。もう気持ちよ過ぎて、おかしくなっちゃ……ああああんっ!」

堪らなく気持ちがいいところを彼の逞しいそれで何度も激しく突かれて、快感で目が眩む。星が瞬いているような視界の中で必死に彼にしがみつきながら、”ラクツくんとえっちしてるんだ”とファイツは思った。彼が男の人だということを今更ながら思い知らされたような気がした。服をまとっていない状態でしがみついたからなのだろう、彼の筋肉質な身体の感触を肌で感じることとなった今は余計にそう思うのだ。彼は、間違いなく男性だった。もちろんその認識は今までだって持っていたのだけれど、自分はきっと本当の意味で分かっていなかったのだ。彼は紛れもなく男の人で、自分は紛れもなく女で。そして自分達はお互いに好き合っていて、だから今こうしているのだろう。おかしくなる程に気持ちいいと思う傍らで互いの汗と体温と息遣いを感じながら、ファイツはそんなことをぼんやりと思った。

「ラクツくん、大好き……。愛してる……っ」

快感で朦朧とした意識の中で唇から勝手に飛び出て来たのは、彼への愛の言葉だった。恥ずかしくて日頃滅多に言えない、愛してるの言葉だ。

「ボクもだ……。ボクも、同じ気持ちだ……っ!」
「ああ……っ!」
「ファイツ……っ。お前を、愛している……っ!!」
「ああっ……、あああああんっ!」

自分の大切なところから完全に抜ける一歩手前まで引き抜かれたそれをラクツによって再び最奥まで突き入れられたファイツは、とうとう本日三度目の絶頂を迎えた。痛みからではなく快楽が自分の意識を段々と奪っていくのを、ファイツはぼんやりと感じ取った。何か熱いもので身体が満たされていくような感覚を微かに覚えたのだが、同時に心も熱い何かで満たされたような気がする。ラクツと愛を確かめ合ったファイツはそっと微笑んで、彼をぼんやりとした視界の中心に映した。そしてとうとう限界を迎えたファイツは、ラクツを想いながら唇だけで小さく愛の言葉を紡いで、薄れゆく意識をゆっくりと手放した。