幸せの在処 : 005

あなたの愛に包まれる
恋人に太ももを撫でられて何とも甘ったるい声を出しながら、ファイツはただただ恥ずかしいと思った。さっきは思わず「あたしの声じゃないもん」なんて言ってしまったものの、そんな言葉は虚勢でしかないことはファイツ自身が一番よく分かっていた。今この瞬間も、ファイツの唇からは止めどない声が漏れていた。暗闇の中で聞こえるその甲高い声は、確かに自分が発したものだ。
こんな甘い声を出すなんて恥ずかし過ぎると、頭ではそう思うのに。しかしラクツに身体を触れられる度、ファイツの唇からは意思とは関係なく声が漏れた。そしてしばらくの間自分の太ももを触っていた彼の指が、不意にある場所に到達した瞬間だった。

「ああんっ!」

その途端にまるで電撃のような甘い痺れが全身に迸り、ファイツは身体を大きく跳ね上げて悲鳴を上げた。今まで誰にも触れられることがなかったところを今初めて触れられているという事実がもう既に恥ずかしいのだが、それに加えて自分が甘い声を出してしまっていることでその恥ずかしさは何倍にも感じられた。心臓がどきどきと高鳴る。

「あ、ああ……っ……!……んんっ……!」

ラクツは何も言わずに、ただそこを執拗に撫で上げていた。そして彼の指がそこに触れるその度に、ファイツの唇からはどうしても声が漏れてしまうのだ。最初はどうして自分がそんな声を出してしまうのかがよく分からなかったファイツも、流石に今は気持ちいいからそうなるのだということは理解していた。とはいえ、ラクツにはっきりと言われるまでは薄々でしか分からなかったのだけれど。大好きな人に、自分の大切なところを触られている。彼の好きにしていいよと言ったのは紛れもなく自分自身なのだが、だけどファイツは嫌だと思った。自分が甘い声を出すのが、そしてそれをラクツに聞かれてしまうのが嫌だった。彼は可愛い声だからもっと聞きたいと言ってくれたものの、ファイツにはとてもそうは思えなかった。可愛いなんて、断じて思えない。可愛いどころか、とてつもなくいやらしい声だと思った。
今更にも程があるのだけれど、これ以上そんな声を彼に聞かれたくなくて。それでも声はどうしても漏れてしまうから、だからファイツは手の甲を唇に押し当てて大きな声を出さないように心がけた。彼はさっきから黙ったままだから、ただでさえ大きな声が更に響いて聞こえてしまうような気がする。もしかしたら近所の人に自分の声が聞こえてしまうのではないかと、そんな心配すらしてしまう。それに、別のことも気になった。いつの間にそうなったのかはよく分からないが、下着が湿り気を帯びていたのだ。彼の指が優しくそこを擦る度、濡れている部分が広がっていくのを感じていた。きっと、それは思い違いではないだろう。こんな事態になったのは産まれて初めてのことで、ファイツは戸惑うだけだった。

(ど、どうしてこんなことになっちゃうの……?)

何となくだけど、今の自分はとてつもなくいやらしいのではないか。そんな考えを抱いたファイツは、しきりにそこばかり触れて来るラクツの名前を途切れ途切れに呼んだ。

「……んんっ……!ラ、ラクツくん……っ」
「……何だ?」
「そ、そこはダメ……ひゃあんっ!」

ダメと言った、その直後のことだった。優しく擦るだけだった彼の指が突然強くそこをなぞって、ファイツの全身にはびりびりとした痺れが奔った。恥ずかしいと思いつつも自分の唇からはやっぱり声が漏れてしまったし、今の刺激で下着が濡れている範囲も更に広がってしまった。

「ダ……ダメだって、ばあっ……!これ以上そこを触っちゃ、ダメ……っ」
「……ダメって、何故?」
「だ、だって……」

理由を言いかけて、ファイツは思わず言葉に詰まった。正直に理由を言ったら、彼は自分を軽蔑するのではないかという不安に囚われたのだ。大好きな人に軽蔑されたくない、はしたない女だと思われたくない。そんな考えを抱いたファイツは”だって”と言ったきり押し黙ったのだけれど、そうしている間もその部分への刺激が止むことはなかった。時に優しく、時に強く。ラクツは自分の言葉の続きを促すこともなく、ただひたすらそこを触り続けていた。既に下着の湿り気は相当なもので、一部分とはいえ自分の身体の下に敷かれたシーツまで湿ってしまっていた。シーツでこれなのだから、そこに触れている彼の指は言うまでもなく濡れてしまっていることだろう。多分、いや絶対にいい気分ではないはずなのに、彼はこちらを責める言葉を一言も口にしなかった。その理由がファイツにはまったく分からなかった、どうして彼は自分の大切な部分が濡れていることについて何も言って来ないのだろう?

「ど、どうして……?」
「ファイツ……。どうした?」
「……え?」
「声が震えている。ボクに触れられるのはそれ程嫌だったか?」
「……ううん」

自分の大切なところから指を離して、ラクツはそう尋ねた。彼の指は離れたものの、つい今しがたまで感じていた甘い痺れは簡単には消えてくれなくて。だからファイツは荒い息を吐きながら、それでも首を横に振った。他の誰かなら絶対に嫌だけれど、ラクツにそこを触れられるのは決して嫌じゃなかった。

「嫌なわけないよ。だって、ラクツくんだもん……」
「じゃあ……。何故”どうして”と言ったんだ?」
「う……」

諭すように発せられたその声からしても、彼はどうやら怒っているわけではなさそうだった。怒ってはいなさそうだが、彼が腑に落ちていないのは明らかだった。しかし、その指摘はもっともだとファイツは思った。触れられるのは決して嫌じゃないのに”どうして”と言われてしまっては、彼でなくとも困惑するだろう。正直躊躇ったものの、そもそもそんな発言をしたのはファイツなのだ。こうなってしまった以上はもうしょうがないよねと自分に言い聞かせて、数回深呼吸をした後に口を開いた。元来ファイツは嘘や隠し事は苦手なのだ。しかも、それが彼相手なら尚更だった。

「あ、あのね……」
「ああ」
「ど、どうしてラクツくんは、あたしに何も言わないのかなって、思って……」
「”何も”?……ああ、確かにボクは無言で触れるばかりだったな…。キミにすっかり夢中になっていたんだ、気を悪くしたならすまなかったな」
「ち、違うの……。そういうことじゃ、なくて……」
「……ん?」
「い、今のあたしって……。その、はしたない娘、だから……っ」
「……はしたない?」
「だ、だって……。変な声が出ちゃうし……。それに、よく分からないけど……その……」
「…………」
「す、すっごく……。……し、湿ってるから……っ」

流石に”どこが”とは言えなかったし、恥ずかしさから最後の方はよく聞き取れないくらいの大きさになってしまった。それでも耳が良くて察しもいい彼のことだ、きっと自分の声を漏れなく聞き取って、ファイツが言いたいことも察してくれたことだろう。彼はいったい何と答えるだろうか。気を遣って、本音を隠して、そんなことはないと答えるのだろうか。そう思うと急に怖さが込み上げて来て、ファイツは思い切り目を瞑った。暗闇の中で微かに光る彼の瞳から、今だけは逃げたいと思った。

(……え?)

ファイツが目を瞑った直後のことだった。自分の唇に温かい何かを感じて、内心で間の抜けた声を上げた。恋人に触れるだけのキスをされたファイツは、彼と目を合わせたくないと思ったことも忘れて、思わず瞳を開いた。すると暗がりの中で、穏やかに微笑んだラクツと視線が合う。

「”はしたない”なんて、ボクは微塵も思わないぞ」
「ほ、本当?……い、今のあたしでも……?」
「当然だろう。むしろ、その逆だ。ファイツの乱れた姿が見れて、感慨深いと言うか何と言うか……。とにかく、嬉しい」
「……本当に?」
「……ああ。だから、安心してくれ」

やっぱり穏やかな声でそう言ったラクツに、優しい手付きで頭を撫でられる。彼にそうされるだけで心が驚く程に楽になったファイツは、「うん」と頷いてそっと目を閉じた。

「ありがとう、ラクツくん」
「ああ。ところで、ファイツ。キミは先程、”よく分からないけど湿ってる”と言ったな」
「う、うん……。気付いたらそうなってて……」
「そう、か。薄々感じていたが、やはりそうだったか」
「やっぱりって、何が?」
「ファイツ、お前……。実際には、性行為についての詳しい知識があるわけではないんだろう?」
「……え?」

ファイツは目を瞬いて、彼の言葉を頭の中で繰り返した。ラクツが言う”詳しい知識”がどれ程のものなのかがよく分からなくて、軽く首を傾げる。

「詳しいって……?」
「いや、無理に知ろうとしなくていい。キミは”ちゃんと知っている”と言ったが、ボクにはとてもそうは思えないな」
「う、嘘をついたわけじゃないんだよ……?あ、でも結果的にはそうなったよね……。あたし、自分ではちゃんと知ってるつもりだったんだけど……」
「別に、気落ちする必要も謝る必要もないぞ。ボクは責めているわけではないし、むしろファイツらしいと思っているくらいだ。しかし、それなら今後は教えながらする方がいいだろうか」
「教えながらって、何を教えるの?」
「ん?次にどこを触るかとか、キミがいい反応をする場所とか……。まあ色々、だな。それでいいか?」
「…………」

ほんの少しの間、ファイツは目を瞑って黙り込んだ。彼が自分に何かを言いながら身体に触れる光景を想像して、思わず口元に手をやった。彼の気遣いはありがたいが、何だかものすごく恥ずかしいような気がする。テスト勉強ならともかく、こういうことまで彼に教えてもらうのは女としてどうなのだろうか。

「う、ううん……。それはちょっと困るかも…。何だかそれってすっごく恥ずかしい気がするし、自分が情けないもん。だ、だから……。今まで通りでいいよ?」
「そうか。それなら何も言わずに触れることにする。ファイツもそれでいいな」
「うん……。……ああんっ!」

宣言した通り、彼の指は再びそこを撫でつけ始めた。身体を襲った甘い痺れに、ファイツはまたもや声を上げた。どうやら彼はこれ以上お喋りを続ける気はないらしい。彼の好きにしていいとも、何も言わずに触っていいとも確かに言ったけれど。だけど、自分の唇からいやらしい声が出るのはどうにも恥ずかしい。もっと大きな声が出そうだと思ったファイツは、唇を噛み締めて堪えた。

「ファイツ、我慢しないでくれ。気持ちいいんだろう?それで声が出るのはおかしいことでも何でもないし、むしろボクはもっと聞きたいくらいなんだが」
「で、でも……っ。近所の人に、んっ……。聞こえちゃうよ……っ」
「心配するな。このアパートは防音対策がしっかりしているから、声が漏れる恐れはないはずだ。そういえば言っていなかったな」
「そ……そう、なの……?あん……っ」
「ああ。……で、ファイツ。そろそろ下着を脱がせていいか?直接そこに触れたい」
「はい……」

蚊の鳴くような声でそう言った直後のことだった。彼が自分の下着をするすると脱がせる感触が太ももから伝わって、思わず身を固くする。ファイツはとうとう、身体に何もまとわなくなったのだ。恥ずかしくて仕方がない、この部屋が暗くて本当に良かったとファイツは思った。

「……っ。……よく、濡れているな。ファイツが感じてくれていた証拠だ」
「い、言わないでっ……!」
「一応念を押すが、”はしたない”なんてボクはまったく思わないぞ?むしろ可愛らしいと思うくらいだ。知識がそれ程ないことも含めてだが」
「そんな、可愛くなんて……。……ああっ!」

可愛くなんてない。そう言おうとした瞬間に彼の指がそこに触れて、ファイツは今日何回目かになるか分からない声を上げた。彼は強く指を押し付けたわけではない、優しくそこに触れただけだ。だけど直接触られたことが要因なのか、胸を触られ続けて頭の中が真っ白になったのと同じくらいの刺激が全身を襲った。

「少し触れただけでこの反応か……。まったく、本当にお前は可愛いな。ファイツがそんなに可愛い反応をするから、ボクもすっかり……」
「……え?」

はあはあと息を乱しながら、けれど次の瞬間にファイツは固まった。太ももの辺りに、何か熱いものが押し当てられている。それがいったい何なのかを一瞬のうちに悟ったファイツは、ごくりと唾を飲み込んだ。ただでさえうるさかった心臓が、更に高鳴って来てしまった。

「そ……。それって、あの……。やっぱり……?」
「ああ。これを、お前の中に挿れる」
「……お、男の人って……。そ、そんな風に、なっちゃうの……?」
「そうだな。性的に興奮すると、誰でもこうなる。女が濡れるのと同じようなものだな」
「ラクツくんも……。今、興奮してるの……?」
「当たり前だろう。正直、今すぐにでも挿入したくて堪らない。だが、それではファイツが辛い思いをすることになる。初めてなら尚更だ。だからもう少し濡らして、中も解そう。少しは痛みが軽減されるはずだ」
「…………」

その優しい言葉に、ファイツの心は温かくなった。こんな状況でなければ、思い切り抱き付いているところだ。流石に今は全身を襲う気持ちよさに翻弄されていてそれどころではなかったから、代わりに精一杯の笑顔を見せる。

「ありがとう……。その、あたしを気遣ってくれて……」
「ボクはファイツを愛しているからな。そんな相手を気遣うのは当然だ。……それじゃあ、中の方も触るぞ」
「あっ……。ひゃあんっ!」

言うが早いか、今度はラクツに先程より強く指を押し付けられる。もう気持ちよくて仕方なくて、ファイツは悲鳴のような大声を上げた。やっぱり恥ずかしさはどうしても消えないけれど、それ以上にラクツの愛情で包まれているような気がする。こんな素敵な人が自分を好きだと言ってくれるのだ。甘い声を上げながら、やっぱりあたしは幸せ者だとファイツは思った。