春霞 : 003

変わらないやつ
「……いやマジで何なんだよお前!」

ユキによる鶴の一声で始まったゲーム対決は、結論から言えばラクツの圧勝だった。格闘ゲームにエアホッケー、モグラ叩きに果てはレーシングゲームに至るまで。1対3という圧倒的不利な条件を元ともせずに勝ち切った彼はそれはそれは平然としていて、それがまたムカつくとヒュウは誰にともなく呟いてみる。いや、ラクツが何でも出来る男だということは今に始まったことではないのだけれど。

「分かってたけどラクツくん強過ぎ!3対1なら勝てると思ったのに!」
「うう……。ごめんね、ヒュウくんユキちゃん……。あたしが足を引っ張っちゃったからだよね……」

打倒ラクツに燃えていたユキは理不尽だと憤慨していて、精一杯頑張るねと張り切っていたファイツはただひたすら落ち込んでいた。この2人の性格は本当に対照的だよななんて思いながら、ヒュウは眉根を寄せて溜息をついた方の女子に顔を向けた。言うまでもないが拳を握っている方の女子は放置だ、何せ刺激すると余計にうるさくなるし。

「ファイツが謝ることねえよ。こいつが強過ぎただけだ。……本っ当に何でも出来んのな、お前。しれっとハイスコア取ってんじゃねえよ!」

難しめだと評判のレーシングゲームを指差したヒュウはラクツに向かってそう物申した。彼のことは大事な友達だと思うし、同じ男として信頼もしている。だけどそれでも、ムカつくものはどうしたってムカつくのだ。こっちはマジになっているというのに涼しい顔で圧倒的な強さを見せ付けるところとかが、特に。

「ちょっとはミスしろよ。最高難易度だぞ!?」
「何を言っているんだ?キミの言葉通りレーシングゲームでミスをしたわけだが。コーナーで位置取りを誤った、あれで5秒はロスした」

納得がいかないのか、首を傾げたラクツが真面目な顔でそんな言葉を言い放った。その発言にキレたのはユキだ。ラクツくんがどこまでいけるかが見たい、そんな理由で隠しコマンドを入力した張本人だ。

「あんなのはミスって言わないの!じゃあ何度もコースアウトしたあたしは何なのよ!?……ああもう、そもそも何でラクツくんのスコアがあたし達3人分より上なのよ!」
「うん……。本当すごいね、ラクツくん」
「いや……。まだまだ改善点はある」
「どこを目指してんだよお前は。……つーかユキ、調子に乗ってオレらまで最高難易度にするんじゃねえよ。結局オレら全員ぼろぼろだったじゃねえか」
「だって!!ネットで隠しコマンドが出回ってたんだもん!せっかくだしやってみたいじゃん!」
「それで負けてりゃ意味ねえだろ。オレとお前はいいとしても、ファイツはめちゃくちゃ苦労してたじゃねえか。そこは気遣ってやれよ」
「う……。それはあたしも思った。……ごめんねファイたん、ついつい調子乗っちゃって」
「ううん、いいの!楽しかったし、考えてみたらちゃんとゴール出来てたし!……壁にぶつかってばっかりだったけど」

恥ずかしそうに付け加えられたファイツの言葉にヒュウは曖昧に相槌を打った。結果的に逆走こそしなかったものの、ファイツのレースは中々に印象的だったのだ。もちろん悪い意味で。こらえきれなかったのかユキもユキでくすくすと声を漏らしているし、ラクツですら申し訳なさそうに苦笑する始末だ。

「……流石に暑くなって来たな」

ラクツが黒いコートを脱いだ途端に周囲からひそひそ声が聞こえて来て、一度は治まっていたヒュウの苛立ちは助長することになった。ひそひそ声の出所は見物人の女子達だ。負けたことに対しての言い訳をする気は更々ないが、ラクツがいいプレイをする度にきゃあきゃあと黄色い悲鳴を上げる所為で気が散ったのもまた事実なのだ。「あの人かっこいい」とか「スーツでゲームするなんてすご過ぎ」とか「彼女いるのかな」だとかが聞こえた辺りで、ヒュウは相変わらずだなと溜息をついた。顔か雰囲気か身長なのかが刺さるのか、とにかくこの男がやたらと女子にモテるという事実は今になっても変わっていないらしい。下手をすると高校生時代よりモテているのではないだろうか?そんならしくないことを考えていると、遠くで固まっていた女子グループの中から抜け出した女子がこちらに向かって来るのが視界に映った。自分が「おいおい」と思った時には既に、その女子はラクツの目の前に立っていた。目的に向かってまっすぐに歩く女子の姿はどこかユキを彷彿とさせる。顔は似ても似つかないのに、ヒュウは何故だかそう思った。いや、どうでもいいのだけれど。

「あの!すみませんが、連絡先を交換してくれませんか?」
「悪いが応えられない。他を当たってくれ」

問いかけから返事までは多分1秒もなかったのではないだろうか。一縷の望みすらも与えずにばっさりと切り捨てたラクツの態度で、ヒュウの怒りが急速に萎んでいく。

(……残念だったな、ラクツが頷くわけねえだろ)

考える素振りも見せずに断られたことが余程悔しかったのか、その女子は顔を真っ赤にして逃げるようにグループの中に戻っていった。賭けてもいい、例え天地が引っくり返ってもラクツがナンパ目的の女子と連絡先を交換することはないと言い切れる。面倒だから声には出さないけれど、そうはっきり言ってやりたいとさえ思った。ヒュウとしてはこれで終わったと思ったのだけれど、実際には女子達のひそひそ声は止まることはなかった。「あり得ないんだけど」とか「幻滅した」だとか、「勇気を出したのに秒で振るなんて酷い」とか「連絡先ぐらい教えてくれてもいいじゃん」だとか。挙句の果てにはしかめっ面をしているユキや固まっているファイツを指差して、「あの子はうるさ過ぎだしあの子は下手過ぎ」とかを複数人でひそひそと宣う始末だ。その数秒後には、「あの人目付き悪過ぎ」なんて声が飛んで来た。どう考えても自分に向けての言葉だ。
自分ならまだいい。だけど、ひそひそ声でもラクツの悪口を聞かされるのは決して気分のいいものではない。ましてやユキとファイツへのそれは論外だ。ヒュウの中で、萎んでいたはずの怒りが急激に膨れ上がる。”勝手に期待しておいて勝手に幻滅すんな、お前ら全員うざってえんだよ。人の迷惑考えろ”。ヒュウがその言葉を口にしなかったのは女子達を気遣ったからでは決してなかった。単に、ラクツが女子達を見ていることに気付いたからだ。それも、絶対零度の冷ややかな目で。

「ボクに対して侮辱するなら構わない。だが、ボクの友人を侮辱するのは許さない」

視線だけでも冷たかったが、声は更なる絶対零度とも言える程の冷たい声だった。それが止めだったらしく、蜘蛛の子を散らすように女子達が逃げていく。正直、ヒュウは胸がすく思いだった。そうなのだ。ラクツはこういう男なのだ。恥ずかしいから言ってやらない代わりに、ヒュウは「ありがとよ」と心の中で呟いた。