春霞 : 004

視線の先
多少のことは気にしない、そんな自覚があるユキでも陰口を叩かれるのはやっぱり嫌だ。もちろんラクツが悪いわけではないことは理解している。けれどせっかく仲のいい3人と遊びに来ているのだ、今日1日くらいは幸せな気分に浸っていたいと思っても罰は当たらないはずだ。そんなわけで誰が見ても分かる程にしかめっ面をしていたユキの気分は、ラクツによって急浮上することとなった。彼は静かな声色で「友人を侮辱することは許さない」とはっきり言ってくれた。

(だからラクツくんって好きなのよ。そりゃあモテるはずよね、分かってたことだけど)

ユキが心の中で口にした”好き”は、もちろん仲のいい友達としてという意味だ。彼にも同様に大事な友達として認識されている、それがユキは素直に嬉しかったから。だから「ありがとうね」と明るく笑いかけると、ラクツは目線だけをこちらに向けた。そんなことは当然だとでも言わんばかりの、それはそれは不思議そうな顔をしている。

「礼を言われるようなことはしていない。……それよりすまなかったな、不快な思いをしただろう」
「ああもう、何でラクツくんが謝るのよ?」

律儀なことにラクツは頭を下げたから、ユキは思わず笑ってしまった。一番不快な気持ちになったのは間違いなく彼であるはずなのに、そのラクツ自身が謝っている。そういう真面目で大人っぽいところは高校生の頃と少しも変わっていないとユキは思った。

「むしろラクツくんの方が被害者じゃん。ね、ファイたんだってそう思うでしょ?」
「……うん。ラクツくんは何も悪くないよ」
「好き勝手言いやがったあの女達が全面的に悪いんだよ。だからお前は堂々としてろ……って、余計な世話か」
「……いや。ありがとう、ヒュウ。もちろんファイツとユキくんもだ」
「な、何だよ急に……」
「……つくづくボクはいい友人を持ったものだ、と思ってな。キミ達には本当に感謝している」
「は!?」
「え?」
「はえ?」

目を柔らかく細めて、困ったように笑って。そんなラクツが発した「ありがとう」に驚いたユキは、ヒュウやファイツと思わず顔を見合わせた。彼から謝罪されるのも充分意味不明だったが、礼を言われるのはもっと訳が分からなかった。

「あのね、それこそお礼なんて要らないと思うな。だってあたし達、友達じゃん!」
「ユキの言う通りだぜ。お前、変なとこで真面目過ぎんだよ。つーか、んなこと真顔で言うなよ。恥ずいだろ!」
「……わ!ヒュウくん顔真っ赤!」
「めっちゃ照れてんじゃん!ヒュウってすぐ顔に出るよね、進歩なーい」
「うるせえ!見んな!!……そ、それよりせっかくうぜえやつらがいなくなったんだしもうちょい遊んでいかねえ?ほら見ろよ、どこもスカスカだぜ」
「うっわ、露骨!」
「うるせえ!!」

話題の切り替えが露骨過ぎだとくすくすと笑ったユキだったが、とある機械が目に留まった。確かあれは、銃型のコントローラーでゾンビを倒すガンシューティングゲームではなかっただろうか。一度遊んでみたかったと瞳を輝かせたユキは、ゾンビパニックと書かれた機械を人差し指で指し示した。

「あたしあれやりたい!うちの大学で難しいって話題になってたのよ!」
「お、いいな。でも最高難易度にすんなよ」
「やらないわよ。だって隠しコマンド知らないし」
「知ってたらする気だったのかよ!」
「冗談だってば。……ね、ラクツくんとファイたんも一緒にやらない?チーム戦も出来るみたいだしさ」

テンションが上がったユキは勢いよく振り返った。ボスの体力がやたらと高い上に妨害だらけ、更には制限時間がきついという面で難しいと有名なのだとか。だけどその代わりに操作自体は至って単純なのだ。直感的に敵を狙ってボタンを押すだけ、これなら誰でも楽しめるだろう。

「ゾンビを倒すシューティングゲームか。ボクは構わない」
「あたしもいいけど……。でも、また迷惑かけちゃわないかなあ……?」
「もしかして、あの子達に言われたことを気にしてるの?」
「う……。だって、あたしがゲーム下手なのは事実だもん……。何かゾンビじゃなくて壁とか撃っちゃいそうで……」

可愛い親友は何かにつけて一生懸命なのだけれど、同時にどこかぽやっとしていることはものすごく理解している。正直その光景がありありと想像出来たユキは、だけど笑い飛ばすことなく「ファイたん」と話しかけた。いくら可愛いからという理由であっても、ここで笑うわけにはいかない。

「上手いとか下手とか、そんなこと気にしないの!ゲームなんだから楽しめばいいんだってば。ほら、ラクツくんも言ってあげて!」
「ユキくんの言う通りだ、ファイツ。今日は羽目を外して楽しもう」
「うん……。あたし、頑張る……じゃなくて、思いっきり楽しむね!」
「ああ、ボクもそうする。……しかし、ユキくん。ボクはまた1人でプレイするのか?」
「あー、それはもう止めよ?ラクツくんには3人がかりでも適わないってよく分かったもん。純粋に2対2で!」
「そうか。……では、ユキくんが言い出した500円の賭けもなかったことにさせて欲しい」
「え、いいの?やった!」

「おい」などとヒュウの小言が飛んで来たが、ユキは綺麗に無視した。自分で言い出した手前もちろん払うつもりではいたのだけれど、それでも500円は今時の大学4年生には小さくない金額だ。払わないで済むならそれに越したことはない。そのお礼というわけではないけれど、ユキは操作方法を読んでいる彼とどこか不安そうにしている大親友を見やってにんまりと口角を上げた。

「じゃあファイたんとラクツくんで組みなよ、あたしはヒュウと組むからさ。で、どっちが早くボスを倒せるか勝負するの!」
「……ユキくん」
「え、だってそれが一番自然でしょ?あたしとファイたんで組んでもいいけど、まずボスに辿り着けなさそうだし。落とし穴とか岩が落ちて来る罠とかがあるみたいだしさー」

言い放った言葉は半分本音だ。ラクツの高過ぎるゲームの実力を考えると、チーム毎の強さを均等にする意味でも相方はファイツしかいないだろう。

「へー。結構凝ってそうだな」
「うん、他にも色々罠があるみたい。とにかくさあ、せっかく遊ぶんだからボス戦までやりたいじゃない?」
「それはあるな。まあ頑張ろうぜユキ」
「あ、あたしも頑張る!ヒュウくんとユキちゃんには負けないもん!」
「お、やる気満々じゃん!……ってことでラクツくん、ファイたんをよろしくね~?ファイたんをしっかり護ってあげてね!」
「…………」

黙ってしまったラクツにひらひらと手を振ったユキは、お金を入れるとヒュウと一緒に操作方法を読み始めた。だけど、意識は隣で同じことをしている彼と彼女に向いていたりして。だって、2人で協力プレイをするなんて最高ではないか。しかも何なら密着するかもしれないのだ、そう思うだけで顔が勝手ににやけて来る始末だ。

(頑張れ、ラクツくん)

ユキから見ても、ラクツはモテる男の人だと思う。容姿端麗で成績優秀で運動神経抜群。ダメ押しとばかりに背も高くて落ち着いていて大人っぽい、おまけに顔良し性格良し。天が何物も与えまくったラクツに恋愛的な意味で惹かれたことがないユキは、そりゃそうよねと1人で勝手に納得した。友達以上の関係になりたいと望んだとして、だけど玉砕することは目に見えている。それを無意識に感じ取ったから男の人として好きにならなかったのかななんて、好き勝手に心の中で呟いてみる。
多分本人は隠しているつもりなのだろうけれど、ユキからすればラクツの気持ちは分かりやすいにも程があった。何しろ向ける目線もかける声の色も滲み出す雰囲気も、何もかもが第三者へのそれとは違うのだ。現に今だってちらちらとあの子を見ているくらいで、ある意味ではヒュウよりずっと露骨だ。いや、こんなに分かりやすいのに全然気付いていない子がまさに目の前にいるのだけれど。

(う~ん、前途多難!……だけど、そんなファイたんだからラクツくんも好きになったんだろうなあ……)

「告白すればいいのに」とか、「絶対脈はあると思うんだけどな」だとか。絶対にここで口にしてはいけない言葉を遠慮なく呟いていたユキは軽く小突かれたことで我に返った。言うまでもなく犯人は仏頂面をしたヒュウだ。

「何にやけてんだよユキ。これをやりたいって言い出したのはお前だろ。集中しろよな」
「あ、ごめんヒュウ。よろしくね」
「おう」

視線の先にはいつだってあの子がいる。そんなラクツの恋路は気になるけれど、今はゲームを楽しむのが先だ。両頬を叩いて意識を切り替えたユキは、意気揚々とゲームスタートのボタンを押した。