school days : 165

恋する乙女達
「美味しいケーキを出すカフェを見つけたから、皆でお茶をしに行こうよ」といつものメンバーに声をかけたワイは、おしゃれなBGMがかかったカフェの店内でケーキを頬張りながらサファイアの話に耳を傾けていた。珍しい野性動物の研究をしているサファイアの父親は、何事にも一生懸命なのだけれど同時にかなりのおっちょこちょいであるらしい。草むらに足を取られて盛大に転んだとか、泥で滑って背中を泥だらけにしたとか、挙句の果てには野生動物達を怒らせてかなりの距離を追い回されたとか。身振り手振りを交えたサファイアによって語られた色々な失敗談が面白くて、ワイはとうとうお腹をかかえて笑った。運がいいことに自分達以外のお客は誰もいなかったので思い切り笑い声をあげた結果、落ち着いた雰囲気の店内に自分が発した笑い声が高らかに響くこととなった。プラチナも目尻についた涙を指で拭っているし、ファイツも自分のように大笑いこそしなかったものの、くすくすと笑っている。

「ねえサファイア、それって全部本当の話なの?」
「そうったい、父ちゃんはうっかりやとよ。……やけん、いつも頑張ってるとね!」
「まあ……。サファイアさんのお父様は仕事に全力で取り組む方なのですね。……ですがいつかお父様が怪我をしそうで、私は心配になってしまいます……」
「大丈夫ったい!父ちゃんが行く時は、医療チームがいつもより多くついてるとよ。それに父ちゃんはこの仕事ば長くしとうから、ちょっとの怪我には慣れっこったい。うっかりややけん、ほんまこつ危ないところには行かないとよ!」
「そうなのですか……?」
「そうったい。フィールドワークが好きな父ちゃんのおかげで、あたしも外で遊ぶのが好きになったとよ!町の中より自然の中の方が、ずっと元気が出るったい!」
「子供の人格形成に親の影響は大きく関係しますよね。私もお父様の影響で勉強するのが好きになりましたし……」
「プラチナば、難しい言葉をよく使うったいね……。あたし、何だか頭が痛くなって来たとよ……」
「だ……。大丈夫ですか、サファイアさん!?」

サファイアやプラチナが話しているのを聞きながら、甘いカフェオレをひと口飲んで満足げにほうっと溜息をつく。この甘いカフェオレもフルーツがたっぷり乗ったこの店おすすめの特製ケーキも美味しいし、何より友達と過ごす時間が楽しくて堪らなかった。学校でもよくお喋りしているのにまだ全然喋り足りないのだから、本当に不思議なものだ。

「ああ、やっぱりここのお店のケーキは美味しいわね……」
「私もそう思います。このケーキも紅茶も、とても美味しいです……!」
「プラチナの言う通りったい、どっちもうまかとよ!……やけん、よくこんなカフェば知ってたけんね?上手く言えんけど、何かワイらしくないったいね……」

フォークに刺さった苺と蜜柑とケーキを一気に口の中に放り込んだサファイアが、口の中の物を飲み込んだ後に眉根を寄せてそう言った。勘が鋭い彼女によるその指摘に、ワイは笑って頷く。サファイアとファイツとプラチナに、そして自分。この4人で時々ケーキを食べに行くわけなのだけれど、カフェとはいえこういういかにも高そうなお店を女子会の場に選んだことはあまりなかったりする。自分達のお財布事情を念頭に入れて考えた結果、だいたいどこかのファミレスやらリーズナブルな値段である行きつけのカフェやらに落ち着くのだ。こういうカフェが似合うのは、自分ではなくプラチナに決まってるとワイは思っている。

「流石サファイア、勘がいいわね。実はミソラ先輩に教えてもらったのよ。ここに来るのは2回目なんだけど、すっごく気に入っちゃって。せっかくだから皆も誘ってみたってわけ!まあ、普段行くようなカフェよりは高いんだけど……その分ケーキも飲み物も美味しいね!」
「ミソラ先輩、ですか?」
「そう、スカイダイビングクラブの先輩!その先輩とは色々あったんだけど、ちょっと前にこのカフェに呼び出されてね。てっきりまた悪口を言われるんじゃないかって思ってたから、急に謝られた時にはもう驚いたわ!」

このカフェでミソラに「ごめんなさい」と謝られたのは、つい1週間程前のことだった。彼女が特にお気に入りだと言うケーキと彼女イチオシの紅茶を目の前にして、ワイはただ瞳をぱちぱちと瞬きさせていた。元々頭を使うのが苦手だということもあるが、単純にこの状況がよく飲み込めなかったのだ。高飛車であるはずの先輩に深々と頭を下げられて、しばらくの間ポカンと口を半分くらい開けていたワイは、我に返るととにかく説明をしてもらうように彼女に求めた。わざわざカフェに呼び出して今度はどんな嫌がらせをされるのかと身構えていたことも、そしてどう言い返してやろうかと考えていたことも、すっかり吹き飛んでしまった。

「ワイの……悪口とね?」
「うん、色々言われたわよ。何か先輩の親って相当厳しいらしくて、受験のストレスがすっごく溜まってたみたいでさ。そのストレスをアタシにぶつけてたみたい。わけを良く聞いたらアタシにも共感出来るところもあったし、何より謝ってくれたからもういいかなって思っちゃって。今になって謝るなんてごめんなさいって言われちゃったけど、いいですって赦しちゃった」

そう言って、ぺろりと舌を出す。まだまだ母親に対して絶賛反抗期中のワイだ。親と上手くいっていないミソラの話を色々と聞いてしまうと、とても何かを言ってやろうという気になれなかった。「謝ってくれたし、そんなに気にしてないからもう謝らないでください」と告げると、ミソラは顔を歪めて「どうしてそんなに簡単に赦せますの」と言った。そこに、普段の高飛車な態度は少しも感じられなかった。

「そうなんだ……。ワイちゃんって、懐が広いんだね……」
「そんなにアタシを褒めても何も出ないわよ、ファイツ。まあそこまで酷いことをされたわけじゃないし、よくよく話してみたら先輩も結構苦しんでたみたいだし。それにアタシは深く考えるのって元々苦手だし、誰かをずっと嫌うのも性に合わないもん。あんなに苦しそうなミソラ先輩を見たら、やっぱり赦しちゃうわよ」

あっさり赦されたことに納得がいかなかったらしいミソラは、バッグから小さなハサミを取り出すと「私の髪を好きなだけ切っても構いませんわ」と言ってこちらに渡したのだ。その彼女の態度に、むしろワイの方が申し訳なく思った。確かにミソラと言い争った結果髪を切ったわけなのだけれど、そもそも自分の手でそうしたのだ。自分でそうしたのにミソラの綺麗な髪を切るなんて、自分にはとても出来なかった。「気にしてない」を何度も何度も連呼してようやくミソラを説き伏せたのだが、そういうことが苦手な自分にとってはかなり難しいことだった。

「そういうわけでミソラ先輩と仲直りしたんだけどさ、やっぱり仲直りすると気分がすっきりするわね!昨日もスカイダイビングをやって来たんだけど、初めてミソラ先輩と一緒に飛んだのよ。これが結構相性が良くて、先生にも褒められちゃった!良かったら大学で一緒に組みませんこと?って先輩に言われたのよ!」
「先輩のモノマネとね?ワイがそういう言葉遣いばするのは似合わないったい!」
「あ!言ったわね、ワイ!」

実に失礼なことを言ったサファイアに向かって軽く眉を上げてみせたワイは、プラチナと並んで向かい側に座っていたファイツが何かを呟いたのを聞き取って彼女の方に顔を向ける。ファイツはどこかぼんやりしているような、何か悩んでいるような、そんな何とも言えない表情をしていた。

「どうしたの、ファイツ?何だかぼうっとしてるけど。……あ!もしかして、また具合が悪いんじゃないでしょうね!熱を出したって聞いて、本当に心配したんだからね!」
「ち、違うよワイちゃん!本当に違うのっ!ちょっと悩んでて……」
「悩んでるって何に!?やっぱり恋愛のこと?とうとうN先生に告白するとか?もしかして、先生に逆に告白されちゃったりとか!?どうなの、ファイツ!」
「こ……声が大きいよ、ワイちゃんっ!」

真っ赤になって人差し指を唇に当てたファイツの反応が可愛くて、ワイはまたもや声を上げて笑った。本当にこの子は可愛い反応をするから、ついこうしてからかってしまうのだ。気付けばサファイアもプラチナも、揃ってファイツを見つめている。

「ほ、本当に違うの!ただ、進路のことで悩んでて……。ほら、この中であたしだけ進路が決まってないわけだし……もう少しで3年になるでしょう?やっぱり色々考えちゃって……」
「何だ、てっきり恋愛のことかと思っちゃった。とは言っても進路も大事よね、まあアタシは深く考えないで決めたんだけどさ。やっぱり自分の好きなものややりたいことを思い浮かべて、そこから決めるのが一番じゃないかな」
「好きなもの……」
「そんなに急がなくても、ファイツならそのうち見つかると思うけどな。……でも進路も大事だけどさ、今は別のことも正直気になるわよね!」
「え……?別のことって、何……?」
「決まってるでしょ、バレンタインよ!何たって女子だもの、今年こそは美味しいチョコを作ってやるんだから。友チョコは色々な人にあげるつもりだけど、本命チョコはエックスにあげるつもりなの!」
「まあ!頑張ってくださいね、ワイさん!」

手を合わせてそう言ったプラチナに、ワイは黙って頷き返す。ここでは言わないけれど、バレンタインデーの日にエックスに告白をしようと密かに思っているのだ。

「はいはーい!あたしもルビーにあげるとよ!……まあ、ルビーの作るチョコの方が美味しいやけん、あたしも頑張るったいね!」
「ファイツは今年もN先生にあげるんでしょう?」
「う、うん……」
「今度の日曜にダイヤくんに教わるじゃない?頑張って、美味しいチョコ作りのコツを掴もうね!」

気兼ねなく出来るということと設備と広さが備わっていることもあり、結局はプラチナの家をチョコ作りを教わる場に決めたのだ。そう申し出てくれたプラチナはにこにことしているし、瞳の中にめらめらと炎を燃やしているサファイアは拳を握っている。そしてファイツはと言うと、顔を赤くして黙り込んでしまっていた。三者三様の反応をする親友達をぐるっと見回したワイは、自分が作るチョコに対していつも微妙な反応をする彼をぎゃふんと言わせてやるわと心の中で意気込んだ。