school days : 159

世界で一番
「シルバー、本当にお疲れ様!……よく頑張ったわね!」

その言葉と共に、パンパンパンというクラッカーの破裂音が部屋中に響き渡る。シルバーは紙吹雪を髪にいくつかつけたまま、にこにことした笑顔でクラッカーを持っている義姉にぎこちなく笑いかけた。嬉しくないわけではないのだけれど、彼女のようににこやかに笑うというのは自分の性格上どうしても苦手なのだ。

「……ありがとう、ブルー姉さん」

身内贔屓でも何でもなく、ブルーは元から顔立ちがかなり整っている人間だとシルバーは強く思っている。そんな彼女にこうも満面の笑みで「よく頑張ったわね」なんて言われてしまうと、正直言ってかなり照れ臭い気持ちになってしまうというのが正直なところなのだ。しかし、だからといって本心とは裏腹の態度を取るわけにもいかない。何しろこの人は、自分にとって世界で一番大切な人なのだ。シルバーは照れ臭い気持ちを紛らわせるかのように、左頬を数回掻きながら口を開いた。

「オレが無事に受験を終えられたのは、姉さんのおかげでもあると思っているんだ。だから、改めて礼を言わせて欲しい」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。……でもアタシは特に何をしたわけじゃないわ、シルバーが頑張ったからよ。もっと自分を褒めてあげてもいいんじゃない?」
「いや。そんなことはないよ、姉さん」

どうやら自分を謙遜しているらしいブルーに向けて、シルバーは何度も首を横に振ってみせた。その拍子に髪の毛についていた紙吹雪が落ちたが、特に気にすることもなく彼女がどれ程自分の助けになってくれたかを力説する。

「オレが遅くまで勉強していた時も、それから受験の当日の朝にも、姉さんがおばさんに代わって食事を作ってくれたじゃないか。それに分からないところを訊いた時もすぐに教えてくれたし……とにかく、姉さんには感謝してるんだ」
「そう?ありがとう。誰にお礼を言われても嬉しいけど、やっぱりシルバーにそう言われるのが一番嬉しいわね」
「……そ、そうかい?」

先程よりも笑みを深めた顔でそんな意味ありげなことを言われてしまい、シルバーは自分の両頬に赤みが差すのを感じ取った。自分の気持ちも、そして彼女の自分に対する気持ちもとうの昔に理解しているのだけれど、それでもそう言われるとどうしたって照れてしまう。

「そりゃあそうよ。何たって、アタシの大事な家族の一員なんだから。それに加えて成績優秀で頑張りやだし、アタシの自慢の弟よ。……ねえ、ママとパパだってそう思うわよね?」
「ええ、私達の大事な息子ですもの。あれだけ頑張って勉強してたんだし、絶対に合格してるわよ」

ブルーの隣には、穏やかな表情をしたブルーの両親が並んで座っている。「長い間よく頑張ったわね」とブルーの母に労りを込めた声で言われてしまい、シルバーはブルーにそうした時と同じように照れ臭さを含んだ笑みを見せた。何しろこの人達は血の繋がらない自分を本当の息子のように育ててくれたのだ、感謝してもしきれないくらいにシルバーは恩を感じている。だけどどんな言葉を言い連ねてみても口下手な自分には感謝の気持ちが上手く伝えらないような気がして、結局シルバーは「オレを祝ってくれてありがとう」とだけ言った。その言葉を受けてかブルーの父親が穏やかに笑みを湛えた顔で頷くのが見えたから、シルバーは2人に向けて深く頭を下げた。今までの思い出が不意に脳裏に蘇って、懐かしいような淋しいような何とも言えない気持ちになった。

「ちょっと、シルバー坊や!アタイ達には何にもないのかい?可愛い従弟の大学受験が終わったっていうから労いに来てあげたっていうのに、まったく薄情な男だねえ!」
「そうだぞシルバー坊や、カリンの言う通りだ!ボクとカリンにもお礼を言うべきなんじゃないのかい?」

過去の思い出に1人思いを馳せていたシルバーは、しかしその2人の声で一気に現実に引き戻された。ブルーの従姉であるカリンとその弟であるイツキは、昔からとにかく自分と性格が合わないのだ。特に弟の方は、水と油と言ってもいい程自分とは正反対の性格をしている。

(……何が”来てあげた”だ、食事目当てで来たに決まっている癖に)

こめかみに青筋を浮かべたままシルバーは内心で毒づいた。今は人数分の食器しか並べられていないが、じきに出前で頼んだピザやらチキンやらが届く手筈となっているのだ。自分を労うなんてのはただの建前で、どうせ2人共このご馳走が食べたくて来たに違いないとシルバーは思った。ブルーとブルーの両親がいる手前表立って文句は言えないが、これくらいはいいだろうと2人に向かってそれは鋭い目線を送ってみせる。だけど当のイツキとカリンは自分の視線など気にしないのかはたまた気付いていないのか、「礼を言うべきだ」を連呼するだけだった。その言い分もはっきり言って意味不明だし、名前に坊やをつけられるのも気に食わない。子供の頃ならともかく、自分はもう18歳なのだ。18歳の男に坊やはないだろうと、シルバーは特にイツキに向けてそれはするどい目線をお見舞いした。

「どうでもいいが、オレを”坊や”と呼ぶのは止めろ。特にイツキ、お前には以前もそう言ったはずだが」
「わ、分かったよ。もう分かったから、そんなに睨まないでおくれよ!……まったくさあ、キミは本当にジョークが通じない男だよね。ただの冗談なんだから、さらっと流せばいいのにさあ……」
「イツキの言う通りだよ、シルバー。もう少し器が大きくないと、女にモテないよ?」
「余計な世話だ、カリン。……まったく、お前達は本当に似た者姉弟だな」
「ふふ、止しておくれ。イツキと似た者同士だと言われると、正直褒められた気がしないよ。女性を褒めるなら、もっといい言葉を選ぶんだね」
「ええっ!?そりゃないよカリン!」
「褒めているのではなく、貶しているんだが……」

そう呟いた言葉は、どうやら眼前で姉弟喧嘩を始めたらしいイツキとカリンには聞こえなかったらしい。ブルーの両親にまあまあと諫められる2人の様子を、シルバーは呆れた目で眺めていた。まったく何をやっているんだ、あの2人は。

「ねえ、シルバー」

いつの間にか席を立って自分の席のすぐ近くまで来ていたブルーに話しかけられたシルバーは、すぐに意識を2人から彼女へと切り替えた。「何だい」と問いかけたその直後に白い紙袋を手渡されて、合点がいったシルバーは「ありがとう」と言った。これは自分への誕生日プレゼントなのだ。

「1ヶ月近くも遅れちゃってごめんね、まさかこんなに時間がかかるなんて思わなかったわ」
「気にしないでくれ。それより、これ……今開けてもいいかな?」
「もちろん!……と言っても中身はいつものあれなんだけどね。贈った後でこう訊くのも何なんだけど、本当にこれでいいの?毎年毎年アタシの手作りの物がいいって言ってくれるけど、別に違う物を頼んでもいいのよ。アタシの趣味に無理に合わせてない?」
「いいんだ、オレは本当にブルー姉さんの手作りの物がいいんだから。……ああ、やっぱりすごいよブルー姉さんは。相変わらず見事な腕だね、これを店に出しても売れるんじゃないのか?」
「ホホ、そうかしら?……今年はね、黒い手袋にしたのよ。ちなみにアタシは白いのにしたの。シルバーの目の色に一番合うのは銀色なんだけど、生憎生地が売ってなかったのよねえ」
「いや、何色でもオレは大切にするよ」

ブルーにもらった初めての誕生日プレゼントは、それは見事なチョコレート菓子だったことは今でもよく憶えている。昔から、ブルーは何かを手作りすることが好きだったのだ。それもあって、シルバーは彼女による手作りの物を毎年の誕生日プレゼントに希望している。自分をまたも謙遜しているらしいブルーは下手の横好きだからと言ったが、とてもそうには思えなかった。どこからどう見ても見事な手袋だ。色々な角度から手作りの手袋を見ていたシルバーは、裏面に白い糸でアルファベットが刺繍されているのを見つけて嬉しくなった。SILVER、自分の名前だ。

「姉さん、これ……」
「あ、気付いた?せっかくだから名前も入れてみたのよ。でも、刺繍もけっこう難しいわね。……次はもっと綺麗に出来るといいんだけど」
「そんなことないよ、綺麗に入ってるじゃないか。オレの為にわざわざありがとう、ブルー姉さん……」
「どういたしまして、シルバー!」

笑顔でそう言ったブルーの顔を直視してしまい、やっぱりどぎまぎとしながらシルバーは重ねて礼を言った。気付けば姉弟喧嘩をしていたイツキとカリンも、そしてブルーの両親も揃ってこちらを見つめていて、何となく居たたまれない気持ちになってしまった。行儀悪くもテーブルに両肘をついたイツキが、感心したように深い息を吐く。

「本当に2人は仲がいい姉弟だよねえ。ボク達みたいに喧嘩したことって、実はないんじゃないのかい?」
「そう言われればそうだね。アタイは少なくとも見たことがないねえ……。本当にそうなのかい、ブルー?」
「もちろん!だって、アタシとシルバーだもの」

誇らしげにそう言うブルーの言葉に一瞬だけ切なさを感じて、だけどシルバーはそれを表情には出さずに口角を上げた。自分の一番の願いは、この世界で一番優しい義理の姉が幸せになることなのだ。彼女からもらった手袋をそっと握ったまま、シルバーはブルーの言葉を追いかけるように「姉さんとオレだからな」と言った。