school days : 149

The early bird gets the worm
「おはよう、プラチナ!」

自分以外誰もいない教室で1人静かに本を読んでいたプラチナは、ふと聞こえて来たその声でパッと顔を上げた。今しがた読んでいた本から目線を移して顔を横に向けると、廊下から手をひらひらと振ってこちらに笑いかけている友人の姿が視界に映る。

「ワイさん!」

輝くようなその笑顔に釣られて自分も笑顔になったプラチナは、彼女の名前を呼んだ。栞を挟んで勢いよく本を閉じる、今は読書より友人との会話を楽しみたい。

「おはようございます!」
「うん、今年もよろしくね!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。今日から新学期ですね!」
「本当よね。この前クリスマスになったばかりだと思ってたのに、もう新学期になったなんて早いわよね」
「そうですね。……早いと言えば、今日は随分早く登校しているんですね」
「そうなのよ、何か朝早く目が覚めちゃってね」

そう言いながら教室に入って来たワイは、きょろきょろと辺りを見回した。プラチナが所属する特進クラスの教室内には、自分達以外誰もいない。時折鳥の声が聞こえるくらいで、実に静かで読書日和の朝だった。

「私もそうなんですよ、今朝はいつもより早く目覚めたんです」
「そうなの?ふふ、揃って早起きするなんて面白いわね!」
「そうですね、何だか嬉しいです!」
「アタシもよ。……それにしても何だか意外だわ」
「何がですか、ワイさん?」
「だって……。特進クラスって朝早くから皆が来てて、血眼になって勉強してるってイメージだったんだもの。それとも今日が特別なだけ?」
「いえいえ、いつもこんなものですよ。テスト前ならともかく、授業が始まる前から必死で勉強している方なんてそういません。私もこうして暇を潰していたんです」

プラチナは、手に持った最近発売されたばかりの推理小説の本を掲げてみせた。何か面白い本はありますかとラクツに訊いたところ、この本を薦められたのだが、これがなかなかに読み応えがあった。買って良かったと、プラチナは心の底から思った。

(流石はラクツさんですね!続きが気になります……!)

しかしそうは思っても、ワイの前で推理小説の続きを読み込もうとは露程も思わなかった。読書なら家でも出来るが、ワイと話すのは主に学校でしか出来ないのだ。それならば今出来ることをしたかった。

「”シンオウの伝説”って……何読んでるの?」
「推理小説です!私が読み終わったらワイさんも読んでみますか?とても面白いですよ!」
「えっと……。う~ん、遠慮しておくわ……。何か、頭痛くなりそうだし」
「そうですか……」
「でも、いいの?アタシの方からこうして話しかけておいて何だけどさあ、読書の邪魔になるなら言ってね。自分のクラスに帰るから」
「いえいえ、ぜひともここにいてください!私、ワイさんと話すのは好きなのです!今日ここでゆっくり話せて、本当に良かったと思ってるんですから……!」
「……そ、そう?ありがとう」

想いの丈を力いっぱいぶつけると、ワイは一瞬瞳を見開いた後に笑った。自宅に飾られている色とりどりの宝石よりもずっと綺麗な笑顔だとプラチナは思った。

「アタシもね、プラチナと話すのは好きよ。ちょうど相談したいこともあったしね。新学期だから朝練はないんだけど、せっかくだからたまにはいいかなって思って登校してみたのよ。そうしたらプラチナに会えたじゃない?これはあれよね、えっと……。その……だから!」

上手く言葉が出て来ないのだろう、苛立った様子のワイは助けを求めるようにこちらを見た。普段から明るくて、何事にも堂々としている彼女にしては珍しい反応だ。そんな彼女の態度に忍び笑いを漏らしつつ、プラチナはワイの言いたいであろう言葉を引き継いだ。

「早起きは三文の得、ですか?」
「そう、それ!ああすっきりしたわ、流石プラチナね!……というか、アタシが特別バカなだけなのよね。昔っからこうなのよ、アタシは幼馴染皆に”もっと考えて話しなよ”ってよく言われててさあ……」
「まあまあワイさん、自分を卑下するのはそのくらいにしてください。それより相談したいことというのは……?」
「ああ、うん……。そうだったわね」

小さく頷いたワイは、その必要もないのに声を潜めて「あのね」と語りかけた。そんな彼女の様子で、余程重大な内容を相談されるのかもしれないと感じたプラチナは思わず唾液を飲み込んだ。

「その……ね。美味しいチョコレートを売ってるお店とか、知らない?アタシにでも買えるくらいの値段で、でも美味しいチョコレートを買いたいなって考えてて……」
「……チョコレート、ですか?」

ワイの口から出て来たのは、思いもよらない名詞だった。プラチナはオウム返しにその言葉を呟いてみる。

「そう、チョコレート。ほら、来月ってバレンタインがあるじゃない?だから、その……」
「まあ!もしかして、エックスさんに差し上げるんですか?」
「う……。うん、まあ……」

顔を赤くして先程より更に小さく頷いたワイの反応は、まさに恋する乙女そのものだ。自分には分からないけれど、それでも彼女の態度にプラチナは目を細める。ひと口にチョコレートと言っても色々あるのだ、ワイの予算次第ではそれなりに上質な物が買えることだろう。

「ワイさん、それでは予算を……」

予算を私に教えてくれますか。そう尋ねようと口を開いたプラチナは、言葉の途中で口ごもった。何しろワイは、エックスのことを本気で想っているらしいのだ。それならば店で買うより手作りの方が、むしろ気持ちが伝わるという意味ではいいのではないのだろうか?

「……いいえ。いっそのこと、手作りで作ってみてはいかがでしょうか?」
「え……。手作りって……?」
「ですから、チョコレートをです。材料だけ買って、手作りでチョコレートを渡すというのはどうでしょうか。それならばかかる金額も安く済みますよ」
「そんなあ!無理よ、チョコレートって作るのがすごく難しそうだもの!アタシ、ただでさえ料理が苦手なのに……。そんなの、1人じゃ絶対無理!」
「それでしたら、ダイヤモンドさんに教えていただくというのは?」

彼のことを話しながら、時折美味しいお菓子を作ってくれる友人の姿をプラチナは思い浮かべた。おっとりしていて優しい彼のことだ。きっと、ワイの頼みも快く聞き入れてくれることだろう。

「強制はしませんが、そちらの方がより気持ちが伝わるのではないでしょうか。私、本で読んだことがあります!」
「そ、そうかしら……。喜んでくれると思う?」

顔を赤らめつつも戸惑いがちに話すワイに向かって、プラチナは思い切り首を縦に振った。ついでに両手も思い切り強く握る。

「ええ、そう思います!」
「……じゃあ、そうしようかな…。今日の休み時間に、ダイヤモンドくんに頼んでみる……」
「もしダイヤモンドさんが了承したら、その時は私もご一緒してもよろしいでしょうか。せっかくの機会ですし、チョコレートを手作りするというのもいい経験になるでしょうから」
「うん、もちろん!その方がアタシも心強いし!……そうだ、ファイツとサファイアにも声をかけてみる!プラチナの言う通り、これもいい経験になるものね。ダイヤモンドくんがいいって言ってくれるとありがたいんだけど……」
「きっと大丈夫ですよ、ワイさん!」

ワイに笑顔で話しかけながら、プラチナは内心で首を傾げた。自宅にはお抱えのシェフがいるのだ。自分が頼めば確実に頼みを聞いてくれるであろうことは予想出来るし、何よりお菓子作りの腕は間違いなく保証されている。それなのにそのシェフより先にダイヤモンドの名前が口から飛び出したことが、プラチナは不思議でならなかった。いや、確かに彼の作るお菓子はとびきり美味しいのだけれど。

「……どうしてなのでしょうか」
「何か言った、プラチナ?」
「あ……。いいえ、何でもありません」
「そう?……ありがとうね、プラチナ!相談出来て良かったわ!」
「お役に立てたのなら良かったです。新学期早々、互いに早起きして良かったですね!」
「本当よね!……あ、そうだ。新学期といえばさあ……」

すっかり元の様子に戻ったワイとお喋りをしながら、やっぱりプラチナは内心で首を傾げた。ダイヤモンドの顔がシェフより先に浮かんだことと、今しがた何でもないとワイに告げた理由は分からなかったのだけれど、プラチナは深く気にするようなことでもないと思った。