school days : 148

絶対的なその感情
「ばいばーい、ホワイトちゃん!色々お喋り出来てすっごく楽しかったよ、また新学期に学校で会おうね!」

そう言いながらベルはぶんぶんと大きく手を振ると、ホワイトは自分と同じように大きく手を振り返してくれた。その反応に嬉しくなったベルは、今度は彼女の傍らにいる女の子に向かって笑いかけた。

「ファイツちゃんもばいばい!また今度、ゆっくりお話ししようねえ!」

ホワイトの時に負けないくらい大きく手を振ると、ファイツは律儀にも丁寧に頭を下げてくれた。その反応にやっぱり嬉しくなって、「絶対だよ!」と声を張り上げる。すると隣にいる幼馴染に「近所迷惑になるよ」とたしなめられることとなり、ベルはえへへと笑って小さく舌を出した。確かに彼の言う通りだ、もしかしたらご近所さんを起こしてしまったかもしれない。ごめんなさいと心の中で謝ってから、ベルはぶんぶんと2人の女の子に向かってまた大きく手を振った。やっぱりまた手を振り返してくれたホワイトと2回目のお辞儀をしてくれたファイツがくるりと背中を向けるまで、ベルは手を振ったままその場に立ち尽くしていた。自分の家はここから歩いてほんのわずかな距離の場所にあるのだし、どうせなら2人の姿が見えなくなるまでそうしようと思ったのだ。道の角を曲がってしまって2人の姿が視界から消えると、ベルはようやく腕を力なく下ろした。長い間思い切り手を振っていたから疲れているというのもあるのだけれど、単純にホワイトとファイツともっと一緒にいたかったのだ。

「ああ、行っちゃった……」

もっともっと、あの2人とお喋りをしていたかった。どんよりと曇ったような気分を吹き飛ばすかのように、ベルははあっと大きな溜息をつく。思ったままに「もっともっと話したかったなあ」と呟くと、隣にいるチェレンがそっと肩に手を乗せて来た。

「うう~。チェレン~」

同い歳の男の子に肩に触れられていることになるわけだが、ベルは意にも介さずチェレンに淋しいと泣きついた。例えブラックにそうされても自分は同じ行動を取っただろうとベルは思った。何しろ相手は小さい頃からずっと一緒だった幼馴染なのだし、ましてや今自分の肩に触れているのはあのチェレンなのだ。安心こそすれど、今更不安になるはずがない。

「あの2人はボク達の家とは方向が違うからね、しょうがないよ。ベルがさっき言った通り、また学校で思う存分話せばいいじゃないか」

耳に聞こえるその声も、やっぱり優しいものだった。チェレンはいつもこうなのだ、いつだって優しくて、そしていつだって自分の欲しい言葉をかけてくれる。まだ淋しさはあるけれど、そんな幼馴染にベルは小さく頷いた。

「……うん、そうだよね…。あ~あ、早く3学期にならないかなあ……」
「そう焦らなくても、すぐに新学期になるよ。さあ、ボク達も帰ろうか。あんまり遅くなると、ベルのお父さんが心配して家の前に出て来ちゃうかもしれないからね」
「……うん。でも何となくなんだけど、パパはもう待ってる気がするなあ……。ほら、あたしのパパってすっごく過保護でしょう?だから、そんなに急いで帰らなくてもいいよ。ゆっくり帰ろう、チェレン?」
「ベルがいいならボクはそれでいいけど……。本当にいいのかい?またお父さんに色々言われるんじゃないのかなあ」
「いいの!前から思ってたけど、パパは過保護過ぎるんだよ。あたしだってもう高校生なんだから、初詣の時くらい思い切り夜更かししたいよ!」

過保護過ぎる父親への文句を色々と言い連ねながら、だけどゆっくりとした足取りで歩く。元々よく人に「のんびりしてるね」と言われるベルは、意識をしないと自然とのんびりとした足取りになってしまうのだ。

「……それにしても、何だかやけに静かだねえ。チェレンもそう思わない?」

甘酒が入った紙コップを片手に自分の右隣を歩いているチェレンに、そう話しかける。初詣があったから深夜に出歩いている人は普段より絶対多いだろうと思っていたのに、意外な程に周囲は静かだった。声に出した今の言葉も、やけに響いたような気がする。いつだって元気いっぱいなブラックは自分達より一足先に家に入ってしまったし、途中まで歩いていたホワイトとファイツともさっき別れてしまった。友達の賑やかな声が聞こえなくなったことも、強くそう感じてしまう事実にきっと関係しているのだろう。

「そりゃあ、今は深夜だからね。それにこの路地は自宅への近道じゃないか。多くの人は、多分大通りを歩いているんだと思うよ」
「あ、そっかあ……」

時折甘酒を飲んでいるチェレンは、現在ゆっくりとした速度で歩いている。彼は普段もっと早いペースで歩くことをベルは知っている、つまりチェレンは間違いなくこちらのペースに合わせてくれているのだろう。チェレンはいつもこうなのだ。いつだって優しくて、いつだってこちらを気遣ってくれる。さっきだってそうだ、一応お酒だからと甘酒を飲むのを例によって父親に禁じられていたベルは意気込んで人生初の甘酒を買ったのだけれど、ひと口だけ飲んだそれはまるで自分の口に合わなかった。そしてその甘酒が入った紙コップはというと、チェレンの手にしっかりと握られている。困った自分を見かねてか、2杯目になるというのに「良かったら代わりに飲もうか」と言ってくれたのだ。それも甘酒の代金を返してくれた上で。
そんな彼の隣は実に居心地が良かった。それは自分に合わせてくれるからということではなくて、チェレンの隣にいると単純に安心出来るのだ。ブラックだってチェレンと同じく自分の幼馴染であることに変わりはないけれど、それでもチェレンと一緒にいる時のような安心感は感じない。隣にいるだけでまるで日溜まりの中にいるような絶対的な安心感を与えてくれる人は、多分これからもこの先もチェレンただ1人だけなのだろう。根拠はないけれど、ベルはそう確信していた。

(まあ、ブラックと話してるのも楽しいんだけどね。……でも、やっぱりチェレンと一緒にいる時が一番安心出来るなあ……。あたし、チェレンと幼馴染で本当に良かったなあ……)

何だか嬉しくなったベルは、自分の隣にいるチェレンの名前を笑顔で呼んだ。いつも自分のことをよく見てくれている幼馴染がこちらに顔を向けたから、満面の笑みで彼の名前を連呼する。

「ねえ、チェレン!……チェーレーン!いつもありがとうね!!」
「な、何だい急に。それに、ボクの名前を何度も呼んだりして……」
「えへへ……。あのね、チェレンと幼馴染で良かったなあって思ったから」
「ボクだけじゃないよ。ブラックだってそうだろう?」
「うん。それはもちろんそうなんだけどさあ、やっぱりチェレンはあたしにとって特別な人なんだなあって思ったんだ。だから、どうしてもありがとうって伝えたくて。いつだってチェレンはあたしのことをよく見てくれてるし、分かってくれてるでしょう?」
「そうかな。……ボクは時々、キミがよく分からなくなるよ」
「え、何で?」
「……そういうことは、本当に特別な人に言うべきだと思うけどな」

チェレンの言葉に、ベルは迷いもせずにうんと頷いた。自分の本当に特別な人というのはまさしく彼のことなのだ。

「そうだよ、だからそう言ってるの。あたし、チェレンのこと大好き!」
「……ま、まあ……。それはボクも、その……。うん、そうだけどね……」

ずれてもいない眼鏡のフレームを指で直しながら答えたチェレンの反応に、ベルは「照れてる?」と問いかける。問いかけの形こそ取っているが、それは確信を含んでいた。何と言っても彼は自分の幼馴染で、そしてブラックとは違って家も隣同士なのだ。お互いの癖なんて、とっくの昔に知り尽くしている。

「そんなに照れなくてもいいのに。だってあたし達ってば、幼馴染でしょう?」
「お、幼馴染?」
「うん、幼馴染でしょう?」
「……うん、そうだね……。幼馴染、か……。ははは……」

何故だか乾いた笑いを漏らしたチェレンがどうしてそんな反応を示したのかが、よく分からない。首を傾げていたベルは、ふとあることを思い出して小さく声を上げた。

「そうだ。幼馴染と言えばさあ、ファイツちゃんってラクツくんの幼馴染なんだってね。あたし、ブラックにそう言われてちょっと驚いちゃったんだ。ホワイトちゃんの従妹だってことしか知らなかったもの!ラクツくんにも幼馴染がいて、同じ学校に通ってるんだねえ。何だか、まるであたし達みたいだよねえ!」
「……う、うん。ボクも知らなかったよ」
「……ねえチェレン、あたし…ファイツちゃんに余計なこと言っちゃったのかな。チェレンはどう思う?」

思い出すのは、自分がさっき彼女に言ったある言葉だ。話の流れでファイツが剣道部の応援に行ったことがないと知ったベルは、「ラクツくんの応援に行ったら」と告げたのだ。チェレンはもう部活を引退しているわけだけれど、それでも主将だった彼経由で今度剣道部の練習試合がポケスペ学園であることをベルは知っていた。自分が通う学校なら、初めての応援に行くのだって他の場所よりずっと行きやすいだろう。

「ファイツちゃん、何だか微妙な反応だったよねえ。あたしだったら、幼馴染が応援に来るって知ったらすっごく張り切っちゃうんだけどな……。ほら……ピアノとかバイオリンの発表会は毎回緊張するけど、チェレンやブラックが見てくれてるって思うだけで力が湧いて来るし!」
「まあ、それはボクも同じだけど。……でもそれはボク達の話であって、ラクツと彼女の場合はそうとも言い切れないんじゃないかな」
「そうなのかな……。でもあたし、”ラクツくんも喜ぶと思うけど”って言っちゃったよ!ホワイトちゃんとブラックも頷いてくれてたけど、実はラクツくんにとっては迷惑とかだったらどうしよう!ファイツちゃんも、ちょっと困ってたみたいだったし……」
「言っちゃったものはしょうがないよ、ベル。彼女だって嫌がってたわけじゃなさそうだったし、単に困ってただけだとは思うよ」

チェレンの言葉に、ベルは肩を落として項垂れた。今ここにファイツがもしいたとしたら、何度も何度も謝っていたに違いない。

「ああ、どうしよう!ホワイトちゃんの言ってた通り可愛くていい子だったのに、ファイツちゃんを困らせちゃった!」
「うーん……。まあそれは当人達の問題だから、ボク達がこれ以上とやかく言わなければ大丈夫なんじゃないかな。男と女の幼馴染にも色々あるってことだよ。むしろ、高校生になってもいつも一緒にいるボク達の方が割と珍しいんじゃないかな」
「そうなのかなあ……。言われてみれば、ラクツくんが剣道部の主将に任命されたってことを知らなかったみたいだし……。おまけに、ラクツくんと幼馴染だってことは内緒にして欲しいってあたし達に言ってたもんねえ。確かに色々あるのかもね、ファイツちゃんとラクツくんにも」
「まあ、そういうことかもね」

そっかあと呟いて、ベルは夜道をのんびりと歩く。確かにチェレンの言う通り、自分達は珍しいのかもしれない。だけどどれ程珍しくても、他人に何を言われたとしても、ベルはチェレンと幼馴染でいることを止めようとは思わなかった。独り言を言うかの如くそう告げると、「ボクもだよ」という小さな言葉が間を置かずに返って来る。やっぱり、自分に絶対的な安心感を与えてくれるのはチェレンだけなのだろう。これからも、そしてこの先も、チェレンただ1人だけなのだろう。隣を同じペースで歩いてくれる幼馴染を見つめてベルは柔らかく微笑んだ、何だかものすごく嬉しいと思った。