school days : 146
新しい年が来た
新年を迎えてすぐに「明けましておめでとう」と言い合ったホワイトは、ファイツと一緒に家を出て神社に向かっていた。従妹と一緒に初詣に行くのは毎年の恒例行事なのだが、それでも元日にそれをするのはホワイトにとってはかなり珍しいことだった。例年なら人混みがすごいから2日に行くのだけれど、今年は受験があるから元日に行こうよと意気込むファイツに押し切られる形となったのだ。お互いに他愛のない話をしながら歩いて、家からだいたい15分程が経った頃だろうか。目的地へたどり着いたホワイトは、思わず辺りを見回した。見渡すばかり、人・人・人だ。「予想はついてたけど、やっぱり人が多いわね……」
「うん、今日って元日だもんね……。何だか酔っちゃいそう……」
「そうね……。うっかり逸れないように気を付けなきゃね、ファイツちゃん!」
そう言いながら、自分の少し後ろを歩く従妹に顔を向ける。すると上目遣いで「そうだね」と答えられて、ホワイトは彼女のあまりの可愛さにうずうずと手を動かした。それは可愛いこの子のことを、もう思い切り抱き締めたくなったのだ。
(ああもう、可愛過ぎるわっ!)
心の中で、声高にそう叫んでみる。実の妹ではないけれど、それでもホワイトはこの子を妹のように可愛がっているのだ。彼女だって自分を実の姉のように慕ってくれていることは知っているし、下手をすると自分達は実の姉妹より仲がいいかもしれない。妹離れをしなくちゃと自分に誓ったことはつい先日のことで、それはもちろんちゃんと憶えているのだけれど。だけどだけど、今のこの子はあまりにも可愛いのだ。冬の夜に出歩いていることもあって単純に寒いから顔を赤くしているだけなのだろうが、それでもはにかんでいるという理由で顔を赤くしているようにホワイトには思えてしまう。もう何度思ったかしれないけれど、やっぱり自分の従妹はあまりにも可愛過ぎる。「どうしたのお姉ちゃん」と、小首を不思議そうに傾げるその動作も堪らなく可愛い……。ついに我慢の限界が訪れたホワイトは、人目も憚らずにファイツのことを思い切り抱き締めた。別に、過剰に心配しているわけではないのだ。だから誓いを破ったことにはならないわよねと言い聞かせながら、ファイツを抱き締める手に力を込める。
「お、お姉ちゃんっ!?く……苦しいよ……っ」
背中をばしばしと軽く叩かれる羽目になったホワイトは、「ごめんごめん」と言いながらファイツを離した。正直名残惜しいと思ったけれど、この子が嫌がるならそれ以上抱き締めるのも気が引けてしまう。口では謝りながらも実に満足げな表情をしながら、俯きがちに何度も深呼吸している従妹を見つめる。
「……もうっ!こんなところでいきなり何するの、お姉ちゃん!!」
そう文句を言った彼女の言い分は至極もっともだ、何しろ人目があるところで思い切り抱き締められたのだから。注目されるのが苦手なこの子にとっては、さぞかし緊張したことだろう。実際抱き締めた時、この子はいつも以上に身を固くしていたのだ。だけど、ホワイトにはそれ以上に気にかかることがあった。涙目になってこちらを見上げているファイツに謝らなくちゃと頭では思うのだけれど、申し訳ないという気持ちが遥か彼方に吹っ飛んでしまう程に今のこの子は可愛く映っているのだ。
「ああもう!ファイツちゃんって、どうしてそんなに可愛いの!?」
「お……。お姉ちゃん?」
「ファイツちゃんがあんまり可愛いから、また抱き締めたくなっちゃうじゃない!」
「ええっ!?ダ……ダメだよ!いくらお姉ちゃんでも、こんな場所であんなことをするのは絶対ダメだからね!!」
「分かったわ。じゃあ、家に帰ったら思い切り抱き締めるから」
「お姉ちゃんっ!!そ、そんなにからかわないで……っ!これ以上意地悪すると、本気で怒るよっ!」
からかっているわけではないのだけれど、確かにこれ以上意地の悪いことを言うと本気で何日間か口を利いてくれなさそうだ。流石にそれは嫌だったホワイトは、「ごめんね」と言って頭を下げた。
「……うん。それはもういいよ、お姉ちゃん……。それより、早く並んじゃおう?」
思った通り、元々そこまで怒っているわけでもなかったのだろう。すぐに怒りを鎮めた従姉はすっかりいつもの調子に戻って、こっちに来てと手招きをしている。
「ええ……。……あ、ファイツちゃんはそのままそこにいてくれる?アタシ、あっちで温かい飲み物買って来るから。何がいい?やっぱりいつものミルクティーにする?」
「えっと、じゃあそれにする……。……あ、待ってお姉ちゃん!……お金!」
「あー、お金はいいから。120円だし、ファイツちゃんを困らせたことへのお詫びだと思ってくれればいいわ!」
「い……いいの?」
「もちろん!じゃあ買って来るから、ちょっと待っててね!」
控えめに手を振り返してくれた従妹に微笑んで、ホワイトは人の波をかき分けるようにして自販機へと急いだ。この寒空の下にいると、着込んでいるとはいえどうしても温かい飲み物が欲しくなってしまうのだ。財布から缶に入った飲み物2本分の小銭を取り出して自販機を見つめる。やっぱり皆考えることは同じなのか、缶コーヒーを中心に売り切れている飲み物もちらほらと見受けられた。だけど幸い従妹の好きなミルクティーはまだ売られているようで、ホワイトはホッと安心しながら自販機のボタンを2回押した。
(売り切れてなくて良かったわ……。アタシもファイツちゃんも、甘酒は苦手だものね)
2人分のミルクティーを買ったホワイトは、くるりと踵を返してファイツの元へと早歩きで戻った。その途中でふと端の方へと目線を向ける。元日ということで神社の中には露店がいくつか出ているのだけれど、売られている飲み物は甘酒だけなのだ。子供だけど飲んでいいお酒を初めて飲んだ日のことが不意に蘇って、思わず苦笑する。確か自分は「こんなの飲めない」と大泣きして、せっかく買ってもらった甘酒を親に「あげる」と言って押し付けたはずだ。単に口に合わなかっただけなのだろうが、それにしても甘酒で大泣きするというのは今思い出しても恥ずかしい。その所為か、大きくなっても何となく甘酒は苦手だった。ファイツもファイツで甘酒が口に合わないらしいから、これはもう遺伝なのかもしれない。
「……え?」
自分を待っていてくれる従妹の姿を認めたホワイトは、小走りで彼女の元へと駆け寄って。そしていざ「お待たせ」と声をかけようとして、口を半開きにした状態で目を見開いた。1人でポツンと佇んでいる彼女の傍にいる男の姿がやけに目についたのだ。その男は明らかにファイツに何かを話しかけていて、そして話しかけられたファイツはというと明らかに困ったように手を横に振っている……。
(な、な、な……。何なのよあれ……!)
少し離れているこの位置からでもファイツが本気で困っていることが簡単に想像出来て、ホワイトは立ち止まったまま怒りに震えていた。従妹のことでここまで怒りを覚えるのはゴールドにちょっかいを出された時以来かもしれない。はっと我に返ったホワイトは、怒りの感情に任せてずんずんと大股で歩いた。立ち止まっている場合ではない、一刻も早くあの子を助けなければ。こうなることを恐れたから早く戻るつもりだったのに、それなのに結局あの子はナンパをされてしまっていた。話の内容が聞こえないわけだから正確にはナンパではないのかもしれないが、だけどホワイトは絶対ナンパだと思っていた。
こんなことなら一緒に飲み物を買いに行くべきだったわと後悔しながら、鋭い目付きで従妹の横にいる男を睨みつける。夜中で暗い所為か相手の顔はまったく見えないが、例えどんな事情があろうと文句を言ってやるつもりだった。妹離れをしなくちゃと誓ったのは忘れてはいないのだけれど、流石にナンパされている場面を見てしまっては黙っていられない。しかもファイツは明らかに困り果てているのだ。
「ちょっと、そこのあなた!何やってるの!!」
ファイツと見知らぬ男のすぐ傍までやって来たホワイトは、怒りと興奮から切れた息を整えることもせずに言い放った。そしてそのまま、掴みかからんばかりの勢いで捲くし立てる。どうしてか慌てているファイツの反応は少し気になったが、今はそれよりこの男に思う存分文句を言ってやりたかった。
「お、お姉ちゃん……っ!あ、あのね!この人は……っ!」
「アタシの大事なファイツちゃんに……。って、あら……?」
「何だよ社長、急に怒鳴りつけて来て。……まさか、オレのことを忘れちまったとか言うんじゃねえだろうな?」
「ブ、ブラック……くん……?」
頭を掻きながら頷いたブラックは、憮然とした表情をしている。おろおろと困ったように自分達を交互に見ているファイツの視線をその身に感じながら、ホワイトはまじまじとブラックの顔を見つめていた。