school days : 139

あなたの幸せが、アタシの幸せ
白いニットのワンピースの上に薄いピンクのコートを着た、それはそれは可愛いホワイトの自慢の従妹。その彼女は、つい今しがた「行って来ます」と言って家を出て行った。見送りが終わった以上、その場に留まる理由はもうなくなっているわけなのだけれど。だけどそれにも関わらず、ホワイトは玄関に立ち尽くしたままリビングに戻れずにいた。

(ああもうっ!何なの、本当に何なの!?)

拳を握り締めて、ぶるぶると身体を震わせて。1人になったのをいいことに玄関できゃあきゃあと叫んでみたりなんてしている自分は、何とおかしな女なのだろう。自分でもまったく本当にその通りだと思うのだけれど、これはもう仕方ない。どうしたって仕方ない。

(だってだって、ファイツちゃんが可愛過ぎるんだもの!)

もちろんファイツは元から可愛いのだけれど、今日のあの子はいつにも増して可愛いとホワイトは思う。全力でそう思う。心配そうな表情で服装が変じゃないかと何度も尋ねて来たあの子の姿を思い出して、ホワイトは笑みを深めた。変なんてとんでもない、本当にとんでもない。あまりに可愛くて可愛くて、ホワイトは従妹を思い切り抱き締めてしまった。苦しいよと身体を固くして抗議して来たファイツに、ごめんごめんと笑顔で謝ったのはつい数分前のことだ。

「本当に……。本当に、可愛かったな……」

青色が好きなファイツは普段から寒色系の服を好んで着るのだけれど、今日は珍しくもピンクのコートを身にまとっていた。もちろん青色だって彼女によく似合っている、だけどピンク系も絶対似合うと常日頃から思っている身としては、今日のファイツのコーディネートには拍手を送りたい気分だった。あの子のことを可愛くて仕方がないと思っていることを抜きにしても、今日のファイツは可愛いと思う。

「デート、よね。……絶対」

そんな確信を、ホワイトは密かに抱いた。今日がクリスマスイブだからというのもあるけれど、ただ友達と出かけるにしてはあの子の様子はやっぱりおかしかったような気がする。ここ最近の彼女が何をするにもどこか上の空だったのは、今日のこの日を気にしていたからかもしれない。余計な心配だったかしら、とホワイトは1人ぽつりと呟いた。女友達と出かけるのではなく、多分デートだからあの子はあんなにぼんやりしていたのだろう。きっときっと、そうに違いない。そう思うと、クリスタルやベルにあんなに暗い面持ちで相談した自分自身が、何だか急に恥ずかしく思えてしまう……。

(そういえばブラックくんに前に言われたっけ、”そのコのことをもっと信じてやれ”って……。叔母さんに頼まれたからっていうのももちろんあるんだけど、アタシったら確かにファイツちゃんのことを過剰に心配し過ぎ、かも……)

実の妹ではないけれど、ホワイトはファイツを妹のように思って来た。昔誘拐されたという事実が、自分をそのように駆り立てたのかもしれない。ファイツはホワイトにとって、大切で大切で堪らない存在なのだ。この先もそれが変わることはないと断言出来るものの、それでも今現在のように過剰に心配するというのはそろそろ止めた方がいいのかもしれない。

「うん……。……妹離れ、しなきゃね!」

そう宣言するように言い切って、ホワイトはようやくリビングの方へと足を踏み出した。歩きながら、あの子はいったい誰とデートするんだろうと好き勝手に思いを馳せる。あの子は先生であるNが好きだと知ってはいるのだけれど、多分そのNではないだろう。何しろ相手は自分達の学校の教師なのだ。まさか現役の教師が生徒とデートするとは思えない、いや思いたくない。もしその現場を学校関係者の誰かに見られたら終わりなのだ、そうなった場合はNだけではなくファイツも詰問されてしまうだろう。Nは懲戒免職の処分になるだろうし、ファイツも停学か、悪ければ退学という結果になるかもしれない。そんなリスクを冒してまで、あのファイツが想い人とデートするとはやっぱり思えなかった。

(そうなると……。やっぱり相手はラクツくん、かしら?)

あの2人は幼馴染だとファイツの口から聞いているし、ラクツもそれを否定しなかった。思い返せばファイツは勉強を教わる為に彼の家に割と頻繁に足を運んでいたし、そのお礼にと料理を作っていたではないか。勉強を教わった礼とは言っても、あの引っ込み思案で男子が苦手なファイツがわざわざ料理を作るくらいなのだ。そんな男はラクツしかいない、ホワイトの知る限りではだが。

(そうだったら、いいな)

以前は色々あったようだけれど、それでも今のラクツはファイツをいたずらに傷付けるようには見えない。そしてファイツの方も、彼のことを少なくとも信頼しているのは明らかだった。そもそもどうしてデートに行ったのかという経緯も何もかも自分には分からないけれど、あの子のデートの相手がどうか彼でありますようにと、ホワイトは神様に祈った。ファイツが幸せなら相手は誰でもいいというのが本音なのだが、ホワイトにはどちらかと言えばNよりラクツの方がお似合いであると思った。あの子には悪いけれど、そもそもこれは自分の勝手な想像でしかないわけなのだけれど、それでもそう思ってしまった。

(近いうちに、”彼氏が出来たの”なんて……アタシに言って来るのかしらね)

ファイツの好きな人が誰かということを知ってはいる。だけど気持ちなんて変わるものだし、相手が結婚しているのでなければそれでもいいとホワイトは思っている。恥ずかしがりながら自分に報告する従妹を想像して、にっこりと微笑んだ。少しだけ淋しいななんて思ってしまう自分に苦笑しながら、ホワイトは自分の大切な従妹が今日、幸せな時間を過ごしてくれたらいいなと思った。