school days : 133

喧嘩する程仲がいい
12月ともなれば、日が沈むのもあっという間だ。以前に比べると明らかに暗い空の下をヒュウはペタシと並んで歩いていた。もうすぐ期末テストがあるおかげで部活はないのだけれど、ペタシの口から出る話題と言えばそのどちらでもなかった。

「……それで、ヒュウ!……オラの話、聞いてるだすか!?」
「あーもーうるせえな、ちゃんと聞いてたっつうの!……で、何だって?」
「ああっ!やっぱり聞いてなかっただすね!!酷いっぺよ!」

自分が話を聞いていないと知ったペタシは少しだけ機嫌を悪くしたようだったが、ぶつぶつと文句を言った後で多少はすっきりしたらしく先程の話題を繰り返した。つまりは女についての話で、ヒュウはまたかと髪をがしがしと強く掻く。イライラした時は、意味もなくこうして髪の毛を掻き毟ってしまうのだ。

(本当、こいつも飽きねえよな)

彼女が欲しいだとか、自分の好みのタイプの子はこんな女子だとか、やっぱり彼女が欲しいだとか。ヒュウからすればまったくもってどうでもいい話を、けれどペタシは瞳を輝かせて口にする。本当に、いったい女の何がそんなにいいのか自分には理解出来ないことこの上ないが、それでもヒュウは友人の話を黙って聞いていた。こんな時にラクツがいれば適当に相槌を打ってくれたのだろうが、残念なことに彼は既に自分達と別れてしまっていた。そんなわけでペタシにとっては重要な、しかし自分には到底理解出来ない話を適当に聞き流していたヒュウだったが、角を曲がったところで思わずげっと声を上げた。あの後ろ姿には見覚えがある、あり過ぎる。

「んー?……何よ、ヒュウじゃない。それにペタシも」
「ユ、ユ、ユキさん……っ!」

自分が声を漏らした所為で振り向いたユキは、自分達の姿を認めて溜息混じりにそう言った。よりにもよって何でこいつに会うんだとヒュウは無言を貫いたが、ペタシは盛大にどもって彼女の名前を呼んだ。見るからに顔を赤くしてフリーズしている。適当に聞き流していた中でも確かに言っていたように思うが、ペタシが口にした”自分の好み”からは目の前の女の性格は明らかにかけ離れている。
ペタシは「おとなしくて怖くない女子がいい」と言っていたのだけれど、ユキはそのどちらにもまったく当てはまらない。むしろ真逆なわけなのだが、それでもどもってしまうのは女に接すると緊張してしまう性格の為だろう。彼女が欲しいと喚く前にまずその性格を治した方がいいんじゃねーのとヒュウは思ったが、口にしたところで今のペタシには聞こえないに違いない。それに何よりまず面倒なのでヒュウは何も言わなかった。

「あら?ねえ、ラクツくんはどこにいるの?」
「お前なあ、見て分かんねーのかよ。どう見たってあいつはこの場にいねえじゃねえか」

ペタシがフリーズしている為に仕方なくヒュウが答えてやったのだが、対するユキは感謝するでも納得するでもなく思い切り顔を顰めた。目に見えて不満そうになったユキに向かって、ヒュウも負けじと眉間に皺を寄せてやる。

「はあ!?何よそれ!何であんた達がいるのに肝心のラクツくんがいないのよ!」
「あいつはオレ達とは家の方向が少し違うんだよ、もううるせえからお前は黙ってろよ!」
「え、じゃあもう少しタイミングが早かったらラクツくんにも会えてたってこと?何よ、何でもっと早くアタシに出くわしてくれないのよっ!」
「無茶言うな!いいかげんに黙れよ、んで何でオレについて来るんだよ!」
「アタシがあんたについて行くわけないじゃない、アタシはこの先のコンビニに行こうとしてたの!」
「じ……実は、オラ達も同じなんだすよ!小腹が空いたからコンビニで買い食いするつもりなんだす。よ、良かったらコンビニまで一緒に行かないだすか?もう暗いし、女子が1人で帰るのは危ないって思うんだども……」

やっとのことで普通に喋れるようになったペタシは、回復した途端にヒュウからすれば耳を疑うようなことを口にした。単純に女子と帰りたいという下心があるのだろうが、ユキが心配だというのもまた嘘偽りない本音なのだろう。それでも目の前にいる女はユキだ、あの口うるさいユキなのだ。何てことを言い出すんだと言ってやりたくなったヒュウがペタシの名前を呼ぶ前に、ユキが口を挟んだ。

「……ま、どうしてもって言うならいいわよ。ペタシの言う通り、確かに割と暗いものね。本当はラクツくんと一緒に歩きたかったけど、しょうがないからあんた達で我慢してあげる。誰かに狙われちゃうかもしれないしね」
「お前、本当可愛くねえなあ。お前なんて誰も狙わねえよ、それどころかお前なら危ないやつでも撃退出来んじゃねーの?」
「あんたこそ可愛くないわね、女の子に何てこと言うのよ!……妹ちゃんにはあんなに優しい癖に、アタシにはそういうこと言っちゃうんだ?」
「当たり前だろ、お前はオレの妹みてえな性格じゃねえしな。お前もオレのこととやかく言う前に、まずその性格矯正しろよ」

ああ言えばこう言う。売り言葉に買い言葉でユキと激しく口論をしていたヒュウの耳に、自分達の後ろを歩くペタシの呟きが聞こえて来た。思わず硬直したヒュウは、ユキとまったく同じタイミングでペタシの方に身体ごと顔を向ける。

「……おいペタシ、お前今何つった?」
「え?……だから、”2人は仲良しだすなあ”って言ったんだども」
「全然良くねえよ!どこをどう見たらそう見えるんだよ、眼科に行った方がいいんじゃねえの!?」
「そうよ、何でアタシがそんなことを言われなくちゃいけないのよ!ラクツくんとなら大歓迎だけど、よりにもよってヒュウはないでしょ!」
「息ぴったりだすなあ……」

感心したように呟くペタシに更なる文句をぶつけたくなったヒュウだったが、ユキの方が先に音をあげたらしい。あり得ないとか、信じられないとか。そうぶつくさ文句を言ったユキは、「もういいでしょ」と言って大股の早歩きでずんずんと先に行ってしまった。確かに目的地であるコンビニはもうすぐそこなのだから、自分達が彼女と歩く必要性はないだろう。彼女によって舞い上がった落ち葉を更に踏みつけながら、その場に取り残されたヒュウはペタシを思い切り睨みつけた。

「お前なあ、変なこと言うんじゃねえよ。さっきのはギャグか何かか?」
「オラは大真面目だす。何だか、夫婦漫才みたいに見えただすよ」
「冗談じゃねえよ!夫婦とか言うな!!」
「だども、オラ……。……あ、あれ?ユキさんだす。それに……ファ、ファイツさんも!」
「……あ?」

コンビニに入って行ったはずのユキは、何故かファイツを伴ってずんずんとこちらに向かって歩いて来ていた。顰め面をしたユキに手を引かれて、眉根を下げたファイツが小走りで歩いている。ヒュウもペタシも、呆気に取られて2人の女の表情をぼんやりと眺めていた。ユキとファイツの表情は、まさに対照的だ。

「こ、こんばんは……」
「お前、あのコンビニに寄ってたのか?」

ファイツは見るからにおとなしいし、ペタシの好みにばっちりと当てはまっている。その為なのかものの見事に固まってしまったペタシには構わず、挨拶をしたファイツに適当に顎を動かしたヒュウは疑問を投げかけてみた。しかし当の本人より、顰め面をしたままのユキが先に答えた。その声も明らかに不機嫌だ。

「そうなのよ、ファイたんったらちょうど店員に言い寄られててさ。何か困ってたみたいだったから、アタシが見つけて助けたってわけ。じゃあアタシ達は帰るから。もう、やんなっちゃう!」
「さ、さよなら……っ!」

慌ただしく去って行く女子達の姿を見ながら、ヒュウは心の中で”あの女にも意外といいところがある”と呟いていた。そんならしくないことを考えてしまった事実をごまかすかのように、ヒュウは道路に落ちていた落ち葉を思い切り蹴り上げた。