school days : 132

形のない贈り物
「嘘、プラチナの誕生日って10月だったの!?」

お昼休みでざわざわとうるさい教室内に、ワイのよく通る声が響き渡った。教室内の人間の視線を一身に受けたワイはコホンと小さく咳払いをして、「それで」と話を続ける。普段から物怖じしない彼女といえども、大勢の人間に注目されて流石に決まりが悪かったのか普段よりは随分と小さな声だった。取り留めのない会話の中で口にした話題を、ワイはもう一度繰り返した。

「プラチナの誕生日って、その……本当に先月だったの?今月の27日じゃなくて?」
「は、はい。私の産まれた日は10月27日です」

ずいっと詰め寄ったワイの勢いに押されて、いつだって堂々としているプラチナはおずおずと頷く。その反応を見たワイはがっくりと肩を落とした、もちろん隣にいたファイツもサファイアも同じ気持ちだった。特にプラチナへのプレゼントを何にするかという話題を度々出していたワイの落ち込みようといったら、それはすごいものだった。普段の彼女からは考えられない程に気落ちしてしまったワイは、震え声で言葉を紡ぐ。

「そんなあ……。27日なんて、もう随分前に過ぎてるじゃない!」
「そうだね、もう11月だし……。ううん、もうすぐ12月になるもんね……」
「そうたいね……」

数日程度ならばともかく、1ヶ月も過ぎているとなると流石に誕生日を祝うには日が経ちすぎている。例え今からプレゼントを渡したとしても、微妙な空気がその場に漂うことになるだろう。はあっと深い溜息をついたワイは俯いて机を見つめていたが、前触れもなくがばっと顔を上げた。ワイのことを慰めようとしていたサファイアは寸でのところで彼女の肩へと伸ばしていた手を引っ込めた、引っ込めるのがもう少し遅ければ自分の手と彼女の顔が見事にぶつかっていたことだろう。実に危ないところだったわけだが、それでもワイの落胆をよく理解しているサファイアは文句1つ言わなかった。

「本当にごめんねプラチナ、来年こそはちゃんと渡すから!」
「は、はい!楽しみにしています!」

プラチナの笑顔に釣られていったんは笑顔になったワイだったが、再びその表情は曇っていった。やはり、プラチナの誕生日を勘違いしていたことが尾を引いているのだろう。サファイアの想像通り、ワイは沈んだ声でぶつぶつと呟いた。

「ああ……どうしてアタシったら1ヶ月も勘違いしてたのかしら……。友達失格じゃない……!」
「あ、あの……。そんなに自分を責めずともいいのでは……」
「でも、どうしても自分のことが赦せなくて……」
「ワイさん、私はまったく気にしていませんよ?贈り物をいただくことより、私の誕生日を祝おうとしてくれるという気持ちそのものが嬉しいのです。普段元気なワイさんがそのようなことで落ち込んでいると、私まで元気がなくなってしまいます。ですので、どうか元気を出してください」
「プラチナ……」

プラチナに両手を合わせて懇願されて、それまで眉根を下げていたワイはぱちぱちと瞳を瞬く。そのまま黙って彼女を見つめていたが、やがてワイは溜息をついた。

「……うん。確かにプラチナの言う通りかもね、いつまでも落ち込んでるわけにはいかないもの。プラチナは気持ち自体が嬉しいって言ったけど、来年こそはちゃんとプレゼントを渡すからね!」
「そうったい!」
「2年分お祝いするからね、プラチナちゃん!」
「ワイさん、サファイアさん、ファイツさん……」

ただでさえ大きな瞳を更に大きく見開いたプラチナは、しばらくの間固まった後に会釈をした。そしてそのまま流れるように「ありがとうございます」と言って笑った親友を、サファイアは心の底から綺麗だと思った。教室の窓から入った日光に照らされて、プラチナのそれは見事な髪の毛が艶やかに煌めく。

「さあ皆さん、そろそろ昼食を食べないと昼休みが終わってしまいますよ?」
「そ、そうね!」
「うん……」

コンビニで買った照り焼きチキンのサンドイッチを持ったまま、サファイアはまじまじとプラチナを見つめた。自分とファイツは茶色でワイは金色の髪の毛なのだが、プラチナのそれは青みがかった黒色だ。自分にないからなのか彼女の黒髪が何とも羨ましく思えてしまう。本当に、今すぐにでもシャンプーのCMに出られそうな程に見事な髪の毛だ。すっかりいつもの調子に戻ってメロンパンをもぐもぐと食べ始めたワイが、不思議そうな表情で首を傾げる。

「どうしたの、サファイア?サンドイッチ持ったままで」
「あ、ううん!プラチナが綺麗やから思わず見ちゃっただけとね!特にあの黒髪ば、すごかとよ!」
「うん……。髪の毛もそうだけど、プラチナちゃんって本当に綺麗だし……。本当に美人だよね……」

いつものように自作のお弁当を食べていたファイツが溜息混じりの小さな声で、けれどはっきりとそう言い切った。そんな親友をサファイアはちらりと見やる。確かにプラチナのことは間違いなく美人だと思うが、ファイツもファイツでまた違うタイプの美人な子だとサファイアは思うのだ。プラチナがただひたすら綺麗な子なら、ファイツは可愛い要素が多めの綺麗な子といったところだろう。実際サファイアはファイツのことを可愛いと何度も言ったし、ぎゅうっと抱き締めたこともあるのだ。

「何言ってるったい。ファイツも綺麗とね」
「えっ!?」

自分とは少し色合いが違うが、ファイツの瞳も蒼色をしているのだ。そんなファイツは先程のワイと同じく大きな瞳をぱちぱちと数回瞬かせていたが、我に返るとわたわたと腕を動かして見るからに慌てだした。

「あ、あのねサファイアちゃん!あたしは別に、そう言って欲しいっていう意味で言ったんじゃなくてねっ……!」
「あたしはお世辞ば言ってなか。ほんまこつそう思ってるとよ」
「あ、あの……」

ファイツは小さな声でそう言い淀んだものの、自分と目が合うと恥ずかしそうに俯いてしまった。いつも通りの可愛い反応にサファイアの笑みはますます深くなる。

「あ、ありがとう。サファイアちゃん……」

はにかんだ親友に、サファイアは大きく頷いた。気が付けば自分だけではなくてワイも、そしてプラチナまで揃ってファイツに注目している。それが彼女を困らせることになるとよく分かってはいるのだけれど、サファイアはファイツから視線を逸らさなかった。毎度毎度そうしてしまうのはファイツが可愛いからで、つまりは仕方のないことだとサファイアは思っていた。注目されて恥ずかしがっているファイツの状況を見かねたのか、プラチナが脈絡もなく「もうすぐ12月になりますね」と言った。

「そうよね、最近本当に時間が経つのが早いわよね!この前新学期が始まったと思ったら、もうすぐ12月になるだなんて!」
「そうですね……。期末テストもすぐそこまで迫って来ていますし、日々を大切に過ごさなければと思います」
「も、もう!プラチナったら、テストの話は止めてよ!」
「ふふ……。それでは別の話題にしましょうか。ワイさんの誕生日は、確か2月でしたよね?」
「うん、2月2日ね。皆にはよく夏産まれでしょうって言われるんだけど。そういえばプラチナもファイツもサファイアも秋産まれよね、ついでにホワイト先輩もそうなんだっけ?」
「そうなの!あたしとお姉ちゃんだけだったんだけど、誕生日パーティもしたんだよ。お姉ちゃんも喜んでくれたし、楽しかったなあ……」

注目されなくなったことでようやく普段通りの調子に戻ったファイツは黙々とお昼を食べていたが、ワイに話を振られて大きく頷く。大好きな従姉の話を嬉しそうに口にする彼女を見て、サファイアはサンドイッチを食べながらやっぱりこの子は可愛らしいと思った。さっきファイツが困っていたばかりでなければ、思わず抱き締めていたことだろう。

「誕生日パーティかあ……。ねえ、来年の話になるんだけど……プラチナの誕生日パーティをやらない?ファイツも言ってたけど、今年は誕生日を祝えなかった分盛大に祝いたくて……」
「あたしは良かよ!ファイツはどうね?」

親友へと顔を向けたサファイアの耳に、彼女の小さな独り言が飛び込んで来た。何のことだろうと心に湧いた疑問のままに、親友が呟いた言葉をオウム返しで訊き返す。

「ファイツ、”あたしは忘れてたんだよね”って……何のことったい?」
「あ……。……ううん、何でもないの」

そう言い切ったファイツの顔には心なしか暗い陰が差しているように見えたが、サファイアはそれ以上追究しなかった。本人が何でもないと言うのだ、それならば深くは訊かないでおいた方がいいだろう。何となく釈然としない気持ちになりながら、サファイアは「あたしもそうしたいな」と言うファイツと嬉しそうに笑って礼を述べるプラチナの姿を見ていた。