school days : 125
するどいめ
ふんふんと好き勝手に鼻歌を歌いながら、ダイヤモンドは放課後の廊下を幼馴染兼親友のパールと一緒に歩いていた。歌っている鼻歌というのは、もちろん自分の一番好きなアニメであるタウリナーΩのオープニングテーマだ。しかし音痴であるダイヤモンドの口から出たその歌は音程が外れていて、すれ違う生徒達にはくすくすと笑われてしまった。ダイヤモンドは少し怯んだものの、そのまま歌を口ずさむ。「進めー、タウリナーΩ!」
タウリナーΩの歌詞の通り、ダイヤモンドは家庭科室へ向かって突き進んだ。今日は月に一度のプラチナを交えたお菓子を食べる日だ。本来は月の始めの月曜日がそうなのだけれど、プラチナの予定が合わなかった為にずれ込んだのだ。だから今日は、自分にとってとても大切な日だった。
走りこそしないが、のんびりしている自分にしては驚く程の歩行速度だ。隣を歩くパールも同じように早足で歩いてくれている。そうは言っても自分とは違ってせっかちな性格であるパールにとってはこれが普通の速さなのだろうが、彼はこちらに対してそういう意味で文句を投げかけたことは今まで一度たりともないのだ。パールはいつもそうなのだ。せっかちな性格をしているのに、ゆっくりとしているこちらのペースにいつだって合わせてくれる。
「なあダイヤ、今日は何を作って来たんだ?やっぱり団子か?」
「うん。パールの言った通り、お団子だよ。お祭で食べたのがすっごく美味しかったから、自分でも作ってみようって思ったんだ。味はね、焼いたのとみたらしのと2種類作って来たんだよ~」
「そっか。……いつもありがとうな、ダイヤ。わざわざオレ達の分まで作って来てくれるなんて、お前は本当に優しいやつだよな!」
「え~、そんなことないよ。オイラは自分が食べたいから作ってるだけだよ?それで、どうせなら他の人と食べた方がもっと美味しいから、学校まで持って来てるだけだし~」
ダイヤモンドはパールにそう言ったが、別に謙遜しているわけではなかった。本当に心の底からそう思っていたから素直に口に出したのだけれど、だけどパールは大きく目を見開いた後にふうっと息を吐き出した。
「あのなあ、それが優しいってことだろ?オレもだけど、お嬢さんだってお前が作って来てくれる菓子を食うのを楽しみにしてるんだからさ。きっと今頃、お嬢さんもわくわくしてると思うぜ?もしかしたらもう家庭科室の前にいて、オレ達のことを待ってたりしてな!」
「そうかなあ。お嬢様も、オイラのお菓子を楽しみにしてくれてるのかな~」
「そうに決まってるじゃん!お前の作る菓子は……いや菓子だけじゃなくて、お前が作る料理は何だって旨いんだからさ。何で今日に限ってそんなこと言うのか知らないけど、もっと自信持てよな!せっかくお嬢さんが来てくれるんだから、元気出して行こうぜ!」
「パール……」
パールはよく自分のことを優しいと言ってくれるのだが、ダイヤモンドはパールこそ優しいと思う。素直に優しいと言葉に出したこともあるし、いつも優しい彼に面と向かってお礼を告げたこともあるのだが、当の本人には「恥ずかしいから止めろ」と言われてしまった。だから心の中で”ありがとう”と言うだけに留めて、ダイヤモンドは「うん」と返した。
運動全般が苦手なダイヤモンドは、先日行われた球技大会ではまったくと言っていい程活躍出来なかった。それどころか、チームメイトに色々と迷惑をかける始末だった。それが理由でずっと落ち込んでいたのだけれど、ダイヤモンドはふるふると首を振った。
(パールの言う通り、元気を出さなきゃ……)
自分の為にというのもあるが、親友と好きな女の子の為に心を込めて作った団子は、我ながら良く出来たと思う。思わず全部平らげてしまいたいのをぐっと我慢したくらいなのだ。パールのおかげでいつもの調子を取り戻したダイヤモンドは、口元に笑みを浮かべた。そうだ、確かにパールの言った通りだ。プラチナは、いつも自分が作ったお菓子を喜んで食べてくれるではないか。あの子は今日も喜んでくれるのだろうか、あの綺麗な微笑みを自分に見せてくれるのだろうか……。
(そうだといいなあ……)
美味しい団子を食べること自体も好きだが、自分の作ったお菓子で親友や好きな女の子が笑ってくれることも大好きなのだ。これから3人でお団子を食べる光景を想像すると、ダイヤモンドの瞳はいつも以上に柔らかくなった。さっきまで落ち込んでいたというのに、自分のテンションは今や最高潮となっているから不思議なものだ。その熱い勢いのままに、タウリナーΩのオープニングテーマを再び口ずさむ。やっぱり周りの生徒達には笑われてしまったものの、ダイヤモンドはもう怯まなかった。
「しっかしダイヤは本当にその歌が好きだよな。おかげでオレまで歌詞を覚えちまったよ」
「あ~、じゃあパールも一緒に歌う~?」
「……いや、オレは遠慮しておくよ。カラオケとかならともかく、こんなとこで歌うのはちょっとなあ……。他の生徒にも聞かれたくないし」
「パールは人前で歌うの苦手だもんね~。この前の歌のテストで”テンポがずれてます”って先生に怒られてたし~」
「そ、それはお前もだろ。オレは早過ぎて、お前は逆に遅過ぎるって言われちまったよなあ……」
「パールとオイラって、足して2で割るとちょうどいいよね~」
もう数え切れないくらい色々な人に言われて来た言葉を親友に告げると、パールは「ああ」と頷いた。彼も彼で、自分と同じく様々な人間にそう言われて来たのだ。パールは苦笑しながら、頬をぽりぽりと掻く。
「本当にな。でも、何もメリッサ先生もクラスメイトの前であんなことを言わなくたっていいのによ。はあ、思い出したらちょっとへこんで来ちまったぜ……」
「元気出して、パール。オイラが作ったお団子、たくさん食べなよ~」
「……はは、そうだな。よし、急ぐぞダイヤ……いやダイヤモンド!こうなったらやけ食いしてやる!」
「あ、パール!」
やけ食いしてやると言った直後に、パールは脱兎の如く駆け出してしまった。そんな親友の姿が廊下を曲がって自分の視界から消えてしまってから、その場に立ち尽くしていたダイヤモンドはようやく我に返った。自分はいつもこうなのだ、性格の為か何事にもワンテンポ遅れてしまう。とりあえず、自分の視界から消えた親友に対してダイヤモンドは「待ってよ」と言ったものの、やっぱりパールの返事が返って来ることはなかった。多分、既にこの辺りにはいないのだろう。いつものんきでマイペースなダイヤモンドだけれど、流石に親友と好きな女の子を家庭科室の前で待ちぼうけさせるのは嫌だった。急がなくちゃと自分が出せる最大限のスピードで廊下を曲がったダイヤモンドの身体に、鈍い衝撃が奔る。
「あいたっ!」
廊下で尻餅をついてしまったダイヤモンドは反射的にそう叫んだ。いったい何事かと尻餅をついた状態で辺りをきょろきょろと見回した自分の耳に、低い声が飛び込んで来た。
「……おい」
声が聞こえた方向、つまり自分の斜め上を見上げたダイヤモンドはようやく状況を把握した。ダイヤモンドは今、赤い髪色の背が高い男子生徒にじろりと睨みつけられていたのだ。どうやらこの人物にぶつかってしまったらしい。パールとプラチナを待たせまいと焦っていた所為で、よく確認もせずに廊下を曲がったことが原因だったのだろう。やっちゃったと反省したダイヤモンドはのろのろと立ち上がった。そうしてからとにかく彼に謝ろうといったんは口を開いたが、自分を見下ろしている男子生徒の眼光が鋭くなったことに気付いて思わず口を閉じてしまった。それでもこちらからぶつかった以上は謝らなければならないと、意を決して大きく息を吸う。
「おい、お前……!」
眼前の目付きが鋭い人物に声をかけられたのは、自分を奮い立たせる為にタウリナーΩの歌を小声で口ずさんだダイヤモンドが「ぶつかってごめんなさい」の”ぶ”を言ったまさにその瞬間だった。ごめんなさいの言葉を飲み込んで、謝る前に歌ったことが彼の気分を害したのかなとおそるおそる彼を見上げたダイヤモンドだけれど、すぐにその考えは消え失せた。赤い髪に銀色の瞳を持つその男子生徒は、さっきとはまるで違う様子でこちらを見つめていたからだ。のんきでおっとりしているダイヤモンドですらそうだと確信出来る程に、今の彼は興奮していた。
「お前、まさか……っ!タウリナーΩを知っているのか!?」
「え?ええと……。そう、ですけど……?」
生来の性格と意表を突かれたことが原因で、ダイヤモンドはたっぷりと時間をかけた後に何とかそう答えた。事態をよく把握出来ないままに、目付きの悪い彼がぐっとガッツポーズをする様をダイヤモンドは何も言えずに見ていた。