school days : 115

紅・藍・翠
本当に、自分は随分とすごいところに遭遇したものだ。エメラルドはそう思った。何しろあれは告白だ、どう考えても告白だった。しかもエメラルドという第三者がいる前での告白だ、おまけに好きだと言った男は相手の女の人に逃げられていた。

(でも、考えてみりゃホワイトさんも逃げるよな。あの人も、何もあの場で言わなくてもいいのに……。まあ言いたくて仕方なかったんだろうし、その気持ちは分からなくもないけどさ)

そう内心で言っても、エメラルドだって1歳上の先輩に惹かれている身だ。図書委員は毎日誰かが放課後まで残らなければならないわけで。そんな面倒な委員を引き受けたのも、全ては憧れの人であるクリスタルがよく図書室を利用するが故なのだ。残念ながら今日はクリスタルには会えなかったものの、代わりに彼女の友人であるホワイトに会えたのは悪くなかったかもしれない。本を借りに来る彼女とは何度か話をしたことはあるが、エメラルドはホワイトのことが気に入っていた。クリスタル程ではないものの面倒見がいいところとかが、特に。でも、まさか他人が告白するところに遭遇するとは夢にも思わなかったけれど。だがホワイトの顔が真っ赤に染まっていたことから考えると場所とタイミングが悪かっただけで、彼女自身はきっと満更でもないのだろう。

「いったいどうしたんだい、エメラルド?浮かない顔をしちゃってさ」
「んー?いや、まあ。……人前でいちゃつくなよなって思って、さ。可愛いとか愛してるとか、よくもそんなに歯の浮く台詞が言えるよな」

考え事に耽っていたエメラルドは、ルビーの呼びかけに我に返った。駅前という立地の為なのか、自分達が今いるハンバーガーショップはかなりの客でごった返している。このうるさい中でよくも考え事が出来たものだとエメラルドは自分自身に感心した。自分の真向かいに座っているルビーは一応「ごめん」と言ったけれど、その顔はどう見ても笑っていた。今の今までサファイアと携帯越しに話をしていた為だろう。

「……絶対悪いと思ってないだろ」
「ごめんごめん。だってサファイアがあんまり可愛いから、つい……」
「ルビーくん、サファイアさんもここに来るんだって?」
「うん。何でも陸上部が早く終わったらしくてね、学校からここまで走って来るってさ。サファイアの脚なら、多分そんなに時間はかからないんじゃないかな?」
「サファイアさんってすごいなあ……。ボクには絶対無理だよ」
「まあ、サファイアは元々走るのが好きだしね。”全力で走るったい”って張り切ってたよ。そんなにボクに会いたいんだなんて、本当可愛いなあ……」

そう言ったルビーの顔は、それは幸せそうに緩んでいた。よくもそんな結論に至ったものだと、エメラルドは感心と呆れが入り混じった表情でルビーを見つめた。

「……さてはサファイアが何かを言う度にそう言ってるな、あんた。……で?オレをわざわざ呼び出したのは何でなんだよ。オレとルビーはクラスメートだけど、別に仲良くも何ともないじゃん?……しかも、どういうわけかミツルまでいるし」

エメラルドとルビー、そしてミツル。この場にいる3人の共通点と言えば、精々性別が同じだということと、2年D組の一員であるということくらいだ。いったいこの男は何を企んでいるのだろうと訝しんだその時、エメラルドの腹の虫がくうと鳴いた。

(腹減ったなあ……)

エメラルドの目の前には、ルビーが注文したばかりのハンバーガーが置かれている。ここに着くなり「キミは何にするんだい?」とルビーが言うから、それならばとエメラルドは一番安くてオーソドックスなハンバーガーと好物であるコーラを頼んだのだ。正直かなりの空腹を感じてはいるものの、エメラルドはそれを一瞥しただけで手をつけなかった。

「……あれ、食べないのかい?ハンバーガーがいいって言ったのはキミじゃないか。それに、コーラも飲んでないし……」
「そりゃそうだけどさ。呼び出された理由を知らないうちに食えないだろ」
「ふーん……。キミって結構用心深いんだね。じゃあ早速話すけど、ボクはエメラルドに頼みがあって来てもらったんだよ」
「頼み?」
「ああ、そうだよ。ずっと前の日曜日に、キミはボクとサファイアがデートしてるところを見ただろ?……まあボクと違ってサファイアは気付いてなかったみたいだけど」
「ああ、あれってやっぱりデートだったのか。じゃあ、陸上部の有名人とあんたはつき合ってるってことか」

エメラルドの脳内に、幸せそうな表情で雑踏を歩いているルビーとサファイアの姿が浮かんだ。2人は仲良く手を繋いでいて、すれ違いざまに正直羨ましいなと思ったものだ。エメラルドはクリスタルと手を繋いだことなんて、これまででただの1回だってないのだ。握手という形でなら、彼女はきっと喜んで手を差し出すだろうと思うのだけれど。

「……で、それが何だっていうんだよ。まさか、デート現場を目撃したことを償えっていうんじゃないだろうな?オレ、そんなに現金持ってないぞ」
「……まさか。ボクがそんなことするわけないだろ?ボクが言いたいのは、ボクとサファイアの関係を黙っていて欲しいってことさ。サファイアも恥ずかしがるし、詳しくは話せないんだけどボクにも色々事情があってね。このことはなるべく内緒にしておきたくて」
「……なるほどね」

エメラルドはハンバーガーを見ながら呟いた。何で親しくもない自分が彼に呼び出された上にハンバーガーとコーラを奢られたのかがずっと分からなかったのだが、どうやらこれは口止め料ということらしい。

「分かった。よく知らないけど、何か事情があるんだろ?お望み通り、誰にも言わないでおいてやるよ」

口角を上げて意地悪く笑った自分とは対照的に、ルビーは満面の笑みで「ありがとう」と言った。ルビーの隣にいたミツルも、それは嬉しそうな笑顔を見せる。

「良かったね、ルビーくん!」
「……うん、本当にミツルくんの言う通りだね。彼にそう言ってもらえて良かったよ」
「ま、オレは元々誰にも言うつもりはなかったし。安心しろよ、ちゃんと約束した以上は黙ってるからさ。……じゃあ、このハンバーガーはありがたく食わせてもらうからな?」
「もちろんいいよ、どうか遠慮なく食べてくれよ。ところで、ハンバーガーは1個だけでいいのかい?」
「クラスメートとはいえ、そこまで厚かましくなれないからこれでいい。これだけじゃ足りないけど、後は家で食うよ」
「そうか、正直助かるよ。今月は結構出費が激しそうだから、ごねられたらどうしようかって内心ひやひやだったんだ。あ、ミツルくんもどうだい?せっかくのテリヤキバーガーが冷めちゃうじゃないか」
「う、うん……。でも本当にいいの?ボクまでご馳走になっちゃって……。それに、ルビーくんはポテトだけだし……」
「いいんだよ、だってボクとキミは友達じゃないか。それと、今日はハンバーガーよりポテトが食べたい気分だからこれでいいのさ。……あ、友達っていうのはエメラルドもそうだから」
「っ……。な、何で勝手に友達認定してるんだよ!」

口いっぱいに頬張っていたハンバーガーをコーラと一緒に何とか胃に流し込んで、エメラルドは人指し指を思い切りルビーに対して突き付けた。しかし当の本人は素知らぬ顔で、オレンジジュースを音を立てずに飲んでいた。そんな彼を睨みつけてやると、ストローから口を離したルビーはやれやれと大袈裟な仕草で肩を竦めた。

「そんなに大きな声を出さないでくれよ。驚いたじゃないか」
「……そうは見えなかったけどな」
「別にいいだろう、友達になるってだけなんだから。ボクはキミが気に入ったんだよ。まあ、キミが嫌なら無理にとは言わないけど」
「…………」

エメラルドは瞬きをしてルビーを見つめた。冗談とも思ったが、どうやら彼は本気で言っているらしい。そのまま彼を見つめ続けていると、烏龍茶が入った紙コップを置いたミツルがおずおずと名前を呼んだ。

「エ、エメラルドくん……。出来れば、ボクもキミの友達になりたいって思ってるんだけど……。その、どうかな……?」

薄い緑色の髪に緑の瞳をした、何とも緑尽くしであるミツルに、縋るような目でじっと見つめられる。紅と緑の2色の瞳に見つめられることとなったエメラルドは、はあっと大きな溜息をついた。

「……別に、いいけど」
「本当!?ああ良かった……。これからよろしくね、エメラルドくん!」
「……うん、まあ……よろしく。……ルビーも」
「うん、こちらこそ。……あ、サファイアが来た」
「もうかよ!?本当に足が速いんだな、あんたの彼女」
「そりゃあ陸上部のエースだからね。……お疲れ、サファイア。相変わらず速いね」

きっと全速力で走って来たのだろう、涼しい店内にも関わらずサファイアは肩で何回も呼吸を繰り返していた。頬を伝った汗を制服のスカートから取り出したハンドタオルで拭った彼女は、弾けるような笑顔を見せた。

「ハンバーガーが食べたくて、急いで来たったい!」
「……サファイア、そこは”ルビーに会いたくて急いで来た”って言うべきところだと思うよ?」
「そ、そげなこつ言えんとよ!だ……だって、2人きりじゃないやけんね!」

いったんは落ち込んでしまったルビーは、サファイアのその言葉にあっという間に復活したらしい。またもや「可愛いなあ」と緩みきった顔で言い始めたルビーのことは綺麗に無視して、エメラルドはサファイアの方に向き直った。

「……オレ、あんた達のことは黙ってるから」
「あ、あんた達のことって……?」
「あんたとルビーってつき合ってるんだろ?オレ、あんた達がデートしてるところをこの前見たんだよね。内緒にして欲しいって頼まれた以上は言いふらしたりはしないからさ、だから……」
「ル、ルビー!!」

だから”安心しなよ”と続くはずだった言葉は、サファイアが発した大音声によって見事にかき消された。そのあまりの声量に、エメラルドは顔を顰めて耳に手を当てた。ちなみにミツルもまったく同じ行動を取っている、この場で耳を塞いでいないのはルビーとサファイアだけだ。

「だ……。だからあたしは、”知り合いに見つからないくらいの遠いところに行きたい”って言ったったいね!なしてエメラルドもいるんやろって思ったら、デートしてるとこば見られてたと!?」
「お、落ち着いてくれよ。キミだって納得はしてたし、すごく楽しかったって言ってただろう?この前の水族館デート」
「そ、それはそうやけど……。でも、こん人に見られてるだなんて思いもしなかったとよ……」
「まあ、それはボクも予想外だったけどね。エメラルドは内緒にしてくれるって言ってくれたから、その言葉を信じようよ。で、次はもっと遠いところでデートすることにしようか。今度こそ、誰も知り合いに見られないくらいの……ね」
「う、うん……」

さっきまでの噛みつかんばかりの剣幕はどこへやら、サファイアはすっかりおとなしくなってしまった。彼女は両頬に手を当てて、何とも恥ずかしそうに俯いている。ルビーはそんな彼女を何も言わずに見つめていたが、エメラルドには”愛してるよ”と言うルビーの声が聞こえたような気がした。

「相変わらず仲がいいね、2人共」

ミツルは2人のやり取りに慣れているのか、それとも何とも思わないのか、にこにこと微笑みながらそう言った。しかし、エメラルドはとても笑う気にはなれなかった。両手をテーブルの上に置いて、勢いよく立ち上がった。そしてルビーとサファイアの2人から滲みだすピンク色の幸せオーラを断ち切るべく、大きく息を吸う。

「だから、人前でいちゃつくなって言ってんだろ!!」

身体は小さいが、これでも声は大きい方なのだ。この言葉を言う前に深呼吸したこともあって、客でごった返しているハンバーガーショップの店内には、エメラルドの大声がものの見事に響き渡った。