school days : 102

緋色に染まる
「本当にごめんね、お姉ちゃん……」

運ばれて来たオムライスに目もくれず、本当に申し訳なさそうに手を合わせて謝った従妹に、ホワイトは「そんなに気にしないでいいのに」と笑顔で返した。しかしそれでもまだ気にしているのか、ファイツは眉根を下げたままでまたもや「ごめんね」と謝った。しょげた表情をした従妹は、そのままおずおずと言葉を続ける。

「あ……あのね、ちょっとだけ寝るつもりだったの。お姉ちゃんが帰る前に起きなきゃって思って、ちゃんとアラームもかけたんだよ?でも、その……。えっと……」
「……寝過ごしちゃったの?」
「うう……。そうなの、もうぐっすり寝ちゃってて……。今日はあたしがご飯を作る日だったのに、ごめんなさい……」
「もう、ファイツちゃんはいつも謝り過ぎよ。あたしは気にしてないし、たまには外食もいいじゃない。それに、ここのところファイツちゃんにばかり家事を任せきりだったしね。……だから、もう”ごめんなさい”って言うのはなしよ?」
「う、うん……」
「それでよろしい!……ほら、早く食べないとせっかくの料理が冷めちゃうわよ?」
「……そう、だね。じゃあ、いただきます……」
「いただきます!」

従妹に倣って手を合わせてから、ホワイトは右手にスプーンを持った。ほんの少しだけほかほかと湯気が立ち上っているチーズオムライスを見下ろして、それをスプーンで崩して口の中に放り込む。オムライスなんて口にするのは随分と久し振りだ。

「……あ、美味しい!」

自分と同じチーズオムライスを頼んだファイツの言葉に、ホワイトも「そうね」と相槌を打った。確かに口の中で卵がふんわりととろけて美味しい、自分がかなりの空腹を覚えていたことを差し引いてもこのオムライスは格別に美味しい。

(ここに決めて良かったわ!ファイツちゃんもようやく笑ってくれたし、すっごく喜んでくれたみたいだし!)

夢中でオムライスを頬張るファイツの姿を、ホワイトは微笑んで眺めた。もう何千回そう思ったか分からないけれど、やっぱりこの子は可愛い。ころころと表情が変わる様も見ていて飽きないし、とにかく反応がいちいち可愛らしい。

(それにしても……。ファイツちゃんに何事もなくて、本当に良かったわ……)

受験勉強を頑張った為なのか、それとも単にいい時間だった所為なのか。そのどちらが原因なのかは分からなかったが、とにかく猛烈にお腹が空いたホワイトは、夕飯は何だろうと思いながらも玄関のドアを開けた。しかしそこにはそれは申し訳なさそうな表情をしたファイツがいて、ホワイトはいったい何があったのだろうと身構えた。「夕飯の用意をしてないの」と告げられて、ホワイトは良かったと安堵したものだ。何かもっと重大なことが起こってしまったのかと危惧したのだが、それはまったくの杞憂に終わったらしい。夕食の用意をしていないなんて、極々些細なことだ。
しかしファイツにとってはそうではないらしく、夕食の用意をしていないという事実を必要以上に重く受け止めている様子だった。だからホワイトは「今から用意するから」と言い張ったファイツを制止して、どこかに食べに行こうと告げて2人で夜の街に繰り出したのだ。迷いに迷った末にこのオムライス専門店に入ったのだけれど、その選択はどうやら正解だったようだ。沈んだ表情を消し去った従妹は、こんなにも喜んでくれているのだから。

「ああ、美味しかった!……ここにして良かったね、お姉ちゃん!」
「本当にね。卵もふわふわだし味付けもちょうど良かったし、2人であれこれ迷った甲斐があったわね!」
「うん!……あの、お姉ちゃん」
「なあに?」

ホワイトの大切な従妹は、もじもじと恥ずかしそうにしながらこちらを見ている。多分デザートが食べたいと言うんだろうなあと予想をつけながらも、ホワイトは笑顔で続きを促した。

「えっと……。デザートも頼んでいい?」
「あ、やっぱりそうだと思った!もちろんいいわよ、アタシも頼もうかなって思ってたところだし。アタシはこのショートケーキにするけど、ファイツちゃんはどうする?」
「う~ん……。どうしようかなあ……」
「ゆっくりでいいわよ、別に急いでるわけじゃないし」
「うん……」

メニューを開いてうんうんと頭を悩ませている様子のファイツにそう声をかけてから、ホワイトは1人店内を見回した。テーブルにも椅子にも木が使われていて落ち着いた雰囲気を与える店内は、女の子達でいっぱいだった。この店をぱっと外から見た感じでは女の子に人気がありそうなおしゃれな店に見えたのだが、どうやらその勘は間違っていなかったらしい。自分達と同じように、皆楽しそうに話に花を咲かせながら食事をしている。

「……それにしても、本当ラクツくんってかっこいいよね!」
「……え?」

ホワイトは、知り合いの名前が聞こえて来た事実に思わず声を上げた。前に戻そうとしていた顔を後ろに向けると、3人の女の子が頬杖をつきながら話しているのが視界に映った。こちらからは彼女達の顔は見えないが、多分3人共頬を赤く染めているに違いないとホワイトは思った。あまりにじろじろと見ているのは良くないとも思ったが、結局湧き出る好奇心には勝てなかった。壁にかけられている絵に目を留めながら、ホワイトはそっと耳を澄ませる。

「本当そうよね!あたし、今度の球技大会ではA組を応援するつもりなの!確か男子はバスケでしょ?ラクツくんって何でも出来るし、絶対シュートを入れると思うのよね!ああ、想像するだけで身体が震えて来たわ……!」
「あ、あたしもそうしようかな!剣道だってそうだけど、バスケをするラクツくんも絶対かっこいいよね!」
「ねー!ラクツくんって、今の身長何センチなのかなあ?……知ってる?ユキ」
「それが知らないのよ。気になってはいるんだけど、何だか訊けなくて……。今度会ったらそれとなく訊いてみようかしら……」
「でもラクツくんなら、例えあたしより身長が低くてもOKだって思うな。だってあんなにかっこいい人なんだし……。あ~あ、彼女がいなければあたしもアタックするのになあ……。ユキはすごいよ、本当……」
「そ……そう?まあ、一目見た時からずっと好きだったしね。この夏だって、結構ダイエットしたし……。ラクツくんが誰とつき合ってても関係ないわ。とにかくもっともっと綺麗になって、絶対に振り向いてもらうんだから!」
「お、すごい気迫じゃない!頑張れユキ、あたしは応援してるからね!」
「あたしもユキのこと応援する!」
「マユ、ユウコ……。ありがとう……」

意味もなく絵を見つめながら、ホワイトは彼女達の会話を聞いていた。これなら耳を澄ませるまでもなかったわなんて思った、興奮しているのか彼女達はかなりの大きさの声で喋っていたのだ。

「……あ、そうだ。聞いてくれる?あたしこの前ラクツくんの夢を見たんだけどさあ……。その時に何をされたと思う?」
「え、何?もしかしてユキ、夢の中でキスとかされたの?」
「あ、それは残念なことにされなかったんだけど……。でも、その代わりに押し倒されちゃったのよね……。ああ、何でそこで目が覚めちゃったんだろ……」
「きゃー!ラクツくんにそんなことされたら、絶対失神しちゃう!」
「あたしだって、起きた時はもう心臓バクバクだったわよ!ああでも、ラクツくんになら続きをされてもいいなあ……。例えどんなに激しくされたとしても、ラクツくんなら許せるわ……」
「ちょっとユキ、ここ店内だから!」
「もうちょっとボリューム押さえて!!」

ユキと呼ばれた、どうやら自分と同じ学校に通っているらしい女の子の赤裸々な告白をしっかりと聞いてしまったホワイトは、気まずい思いをしながら頬を掻いた。顔が熱くなっているのが自分でも分かる。

(何か……。すごい会話を聞いちゃった気がするわ……)

恋の話を聞くのは好きなのだが、あの手の話題を耳にするのはどうにも気恥ずかしい。気まずさをごまかすべくコホンと咳払いをして、少しの間横を向けていた顔を前に向ける。するとそこには、メニューを開いたまま見事に固まっている従妹の姿があった。

「……ファイツちゃん?」

声を潜めてそっと名を呼ぶが、ファイツは何も答えなかった。彼女の顔は、自分以上に真っ赤に染まっている。多分、いや絶対に今の女の子達の会話を聞いていたに違いない。……というよりは、聞く気がなくても耳に入って来ると言い換えた方が正しいだろうか。

「……ファイツちゃん、大丈夫?」
「う、うん……」
「そっか……。頼みたいデザートは決まった?」
「えっと……。あたしも今日はケーキにするね」
「あ、珍しい。パフェもあったのに。……どのケーキにするの?」
「このブルーベリーケーキにする……」
「分かったわ。飲み物はミルクティーでいい?」
「うん……」

ファイツの返事を聞いてから、ホワイトは席に置かれている呼び出しボタンを押した。これでまもなく店員が注文を取りにやって来るだろう。依然として気まずい思いは感じていたが、ホワイトは明るく笑いかけた。

「今日はアタシが奢るからね、ファイツちゃん!……まあ奢るって言っても、仕送りされて来たお金なんだけど」
「え、そんな……。自分で食べた分は、ちゃんと出すよ!」
「いいのいいの!久し振りの外食だったし、ファイツちゃんを労う意味も込めてるんだから。いつもありがとうね、ファイツちゃん!」
「う、うん……。あたしこそ、いつもありがとう……」

はにかみながらそう言ったファイツは、両手で頬を押さえて俯いた。おそらくはあの例の会話のことをまだ気にしてしまっているのだろう、その顔色は変わらず赤く染まっていた。数え切れないくらい思ったけれど、やっぱりこの子は可愛いとホワイトは思った。普段の言動も初心な反応も可愛い。ホワイトの大切な従妹は、どうしたって可愛い。