school days : 098
太陽と向日葵
今日は、あの人の誕生日だ。それを思ったイエローは歩きながらふうと息を吐いた。まだ海で泳いでもいないのに、緊張の為か心臓はどきどきと高鳴っている。しかし、それも仕方のないことだ。何しろイエローはあの人、つまりはレッドのことが好きなのだ。この日の為にうんと頭を悩ませて選んだプレゼントは、今現在イエローの肩から下げられたバッグの中にきちんと入っている。ゴールドとタケシ、それにシルバーは残念ながら都合がつかなかったらしく来られなかったのだけれど、レッドは来てくれたのだ。せっかく大学に進学してから滅多に会えなくなったあの人に、しかも誕生日の当日に出会えたのだ。後日渡すより当日に渡した方が、絶対にいいに決まっている。
(で、でも……)
改めて、イエローは前を歩いているレッドの背中を見つめた。グリーンは1人ですたすたと少し先を歩いてしまっているけれど、レッドは気にせずに隣にいるエリカやカスミと何かを話している。その顔がとても楽しそうに思えるのは、きっと気の所為ではないだろう。そして、自分の胸がちくちくと痛いのも絶対に気の所為ではない……。
「……あの3人、楽しそうに話してるわね」
「わああああっ!」
ブルーの言葉に驚いたイエローは大声を上げた。たちまち前を歩いていた皆の視線を集めることになり、居たたまれなくなって目を伏せる。
「どうしたんだ?イエロー」
「うう……。何でもないです……」
大好きなレッドに話しかけられたというのに、イエローはあまり嬉しいとは思わなかった。もしかしたら変な子だと思われたかもしれないと、俯いてそっと溜息をつく。何でもないですという答に納得したらしいレッドは「そっか」と笑いながら言って、こちらにくるりと背中を向けた。
(あ……)
自分が何でもないですと言ったにも関わらず、いざ実際に背を向けられてみると、どうしても言い知れようのない淋しさを感じてしまう。それでも実際には何を言うことも出来ずに、けれど内心ではもやもやとした黒い感情を燻らせていたイエローはまた深い溜息をついた。レッドを見てみると、彼は再びカスミやエリカと談笑を始めていた。やっぱり、好きな人が他の女の人と話しているのを見るのは何度経験してもいい気分ではない……。
「……イエロー、大丈夫?悪かったわね、随分と驚かせちゃって」
そう耳打ちしたブルーに、イエローは「いいえ」と言って笑ってみせた。すまなそうにしていた彼女の表情が、その言葉に少し和らぐ。
「こちらこそ、大袈裟に驚いちゃってすみません。ボク、全然気付かなくって……」
「……あんたって、レッドのことになると無我夢中になるからね。まあ気付かないのも無理はないか」
「う……。やっぱり、分かっちゃいますか?」
「そりゃあ、ね。だって、アンタってばかなり分かりやすいもの。気付いてないのはレッド本人くらいじゃないかしら?まったく、困ったもんだわ」
「…………」
ブルーの言葉が本当だとすれば、即ちカスミにもエリカにもグリーンにもバレバレだということだ。レッドへの好意が周りの人間に筒抜けだなんて、何とも気恥ずかしい。頭に被っている黄色い麦わら帽子のお陰で日差しは防げているわけなのだが、その気恥ずかしさで頬は自然と赤く染まった。
「実はレッドさんに誕生日のプレゼントを持って来たんですけど、渡すタイミングがなかなか掴めなくて……。会ってすぐに渡せれば良かったんですが……」
「ああ……。イエローが来た時にはしっかり話し込んでたもんね。アタシは気にしないけど、確かにあの場に割って入るのは躊躇するかも。ねえ、イエロー。アタシもレッドのプレゼントを用意したから、アタシと一緒に渡す?」
「…………」
イエローはブルーの申し出に少しだけ考え込んだ。確かに彼女と一緒に渡せば緊張も和らぐだろうし、何より確実にプレゼントを渡せるだろう。だけど、イエローはゆっくりと首を横に振った。
「……いいえ。ボク、何とか1人で渡せるように頑張ってみますから……。ありがとうございます、ブルーさん」
「そう……。頑張ってね、イエロー!」
「はい!」
意気込んで拳をぎゅっと握ったイエローは、ふと自分の辺りに咲いているいくつもの向日葵に目を止めた。風に煽られて、時折ゆらゆらと揺れている。イメージカラーはやっぱり黄色だよねとよく友達に言われる所為か、何となく自分に重なって見えたのだ。日差しを燦々と浴びる向日葵達に、どうかそのまままっすぐ伸びて欲しいという願いを向けながら、イエローはぼんやりと向日葵を見つめていた。
「おーい!何してんだ、イエロー?」
「あ……。すみません、今行きますから!」
先程までこちらを振り向かずにすたすたと歩いていた憧れのあの人は、気配か何かで気付いたのか、今は確かにイエローのことを待ってくれている。そしてそれはレッドだけではなかった。カスミとエリカ、そしてグリーンまでもわざわざ足を止めてまで自分が追いつくのを待ってくれていた。
「す、すみません……。向日葵を見てたんですけど、ちょっとぼんやりしちゃって……」
「大丈夫か?顔が赤いけど、暑さにやられたりしてないか?」
「あ……。いいえ、大丈夫です……」
顔が赤いのはこちらに近付いて来たレッドに至近距離で見つめられているからなのだが、彼がそれに気付くことはなかった。安心したような、けれどどこか残念なような。そんな矛盾した感情を持ちながら、イエローは何とか笑ってみせた。自分が向日葵ならば、太陽はやっぱりあの人だ。
「……そっか。せっかく海に行くんだからさ、泳げなかったらつまらないよな。大丈夫なら良かった、思い切り遊ぼうな!」
「……あ、あのっ!レ、レッドさんっ!」
それだけ告げて、くるりと身体の向きを変えたレッドの背中に向けて、イエローは絞り出すように言葉をぶつけた。憧れのあの人は再び身体の向きを変えて、首をわずかに傾げた。
「ん?……どうしたんだ?」
「その……。ボク、レッドさんに渡したい物があるんです……。だ、だから……っ。後で、2人になれませんか……?」
「あ、ああ。……分かった。ありがとうな、イエロー!」
「は、はいっ!」
満面の笑みでありがとうなんて言われてしまって、イエローは顔を真っ赤に染めながらも何とか頷いた。今度こそ自分に背中を向けたレッドを見つめながら、イエローはしばらくの間その場に立ち尽くしていた。