school days : 097

幼馴染だから
「……あれ?どうしたの、ファイツ?」

ドアを開けて来訪者を見るなり、ワイはそう言った。ここはエックスの家で自分は歴とした客なのだけれど、普段からエックス宅のドアを本人の断りなしに開けているワイは気にもしなかった。幼馴染だからというのもあるが、昔から面倒臭がりな彼に代わってそうしていた為でもある。ちなみに一応の家主であるエックスはというと、いつものようにベッドに寝転んで本を読んでいた。ファイツの来訪に顔を上げる気配すらない。

「あ……。あのね、エックスくん……。あたし、ワイちゃんのお母さんに聞いてここに来たの……。その、ワイちゃんにちょっと話があって……」

今でこそ自分とは普通に喋ってくれるようになったファイツだけれど、彼女が基本的に男子が苦手であることはワイもよく知っている。それに加えて、ほとんど話したことがない相手の家に来たとなれば、普段以上に緊張してしまうのも無理はないとワイは思った。ファイツの声は明らかに震えている上に、最後の方は耳を澄ませないと聞こえないくらいの大きさだった。それでもエックスは眉一つ動かさず、相変わらず本を見つめたままの姿勢を崩さずに「ふうん」と気のない返事をした。

「あ、あの……。もしかして、あたしってお邪魔だった……?」
「……別に」

ワイからすればまったく普段通りの応対をしているエックスなのだけれど、ファイツはそう受け取らなかったらしい。彼女の眉が何とも不安そうに寄せられたことに気付いたワイは、エックスの方に振り向いた。

「ちょっとエックス、ファイツが困ってるじゃない!ちゃんと返事をしなさいよ!!」
「……してるだろ。別に、無視したわけじゃないし」

エックスは本から目を逸らさないままそう答えた。確かに彼は無視をしたわけじゃないし、その様子からしても決して怒っているわけではない。だけど幼馴染である自分にするならいざ知らず、おとなしい性格のファイツ相手に顔を上げずに答えるのはいかがなものかとワイは思った。拳を握り締めて、ついでに額に青筋を浮かべたワイは、幼馴染の態度にとうとう声を張り上げた。

「あのねえ、アタシが言いたいのはそういうことじゃなくて……!!」
「ワイちゃんうるさい。近所迷惑だろ、もう少し小さな声で喋りなよ」
「はあ!?誰の所為だと思ってるのよ!」
「あ、あの……。あたし、今日は帰るから……」

困り果てた表情でおずおずと話しかけたファイツの言葉を聞いて、ワイは慌ててくるりと後ろを向いた。

「何言ってるのよファイツ!せっかく来たのにそんなこと言わないでよ、話ならちゃんと聞くからさ」
「……あたし、お邪魔じゃない?」
「そんなことあるわけないじゃない!だいたいアタシとエックスはただの幼馴染なんだから。ほら、あたしの家に行こう?ちょうど昨日、美味しそうなパフェを2つ買ったところだったのよ。ファイツもパフェは大好きでしょう?」
「それはそうなんだけど……。あの、本当に……?」
「あー、いいのいいの!」

未だにそんなことを口走るファイツの言葉を遮るようにして、ワイはそう告げた。この娘が気にしないようにと、笑顔で手をぶんぶんと左右に振る。

「元々、ここにはエックスの分のお好み焼きを届けに来ただけだしさ。それにお隣さんだからいつでも来れるし、今はファイツの方が心配だし!ほら、早く行こうよ。パフェが待ってるよ!」
「う、うん……」
「それじゃあね、エックス」
「あ、あの……。お……お邪魔しました、エックスくん……」
「……ん」

律儀に頭を下げるファイツに対して、エックスは依然として本に視線を落としたままだった。結局最後まで顔を上げなかった幼馴染の対応に、ワイははあっと大きく溜息をついた。本当にいつものことだけれど、エックスのその態度はどうかと思う。今まで自分が何度注意しても、彼が自分達幼馴染以外に対するつっけんどんな態度を改めたことはないのだ。今更直せと言ったところで無駄に終わるだろう。別にその必要はないのにエックスの態度を気にしているらしいファイツに、幼馴染の家から出たワイは「ごめんね」と告げた。親友は唐突に告げられた謝罪に、わけが分からないといった表情を見せた。

(あ、またやっちゃった……)

「ワイちゃんは猪突猛進過ぎる」と忠告したエックスの声が耳に浮かんで、ワイはコホンと小さく咳払いをした。ファイツの立場からすれば、急に謝られたことに戸惑って当たり前だろう。

「ああ、エックスのことよ。エックスの代わりに謝ったの。いくら何でもあの態度はないわよね、あれじゃあ変に誤解されるだけよ」
「そんな……。エックスくんは何も悪くないよ!」
「ううん、あの態度はやっぱり良くないわよ。本当にごめんね、ファイツが気にすることはないからね!」

自分の家とエックスの家は、徒歩10秒程度で行き来出来るのだ。あっという間に自分の家へとたどり着いたワイはズボンのポケットから鍵を取り出して、玄関のドアを開けた。

「さ、どうぞ。お母さんは今いないから、そんなに固くならないでいいわよ」
「そうなの?」
「うん。多分、今頃はどこかの道路を走ってるんじゃないかな。どこでやってるのか、アタシは興味がないから訊いてないけど!……未だに”あなたも走りなさい”って言って来るのよ?まったく、嫌になっちゃうわよね!」

ワイの母親であるサキは、割と名の知れたアスリートなのだ。自分がそうだからと、娘にまで走ることを強要している母親を、未だにワイは許せていない。ワイの反抗期は、まだまだ続いているのだ。

「う、うん……」
「あ、ごめんねファイツ。せっかく来てくれたのに、アタシったら愚痴ばっかり言って。今、美味しいパフェを持って来るから!……とは言ってもコンビニのパフェなんだけどさ。ね、飲み物は何がいい?」
「じゃあ、冷たいミルクティーでもいい?」
「分かったわ。部屋で待ってて、アタシもすぐに行くから」
「ありがとう、ワイちゃん!」

そう言ったファイツの顔には、笑みが浮かんでいた。ようやく親友が笑ってくれたことにホッとしたワイは、キッチンへと向かって自分とファイツの分のミルクティーを手早く用意した。料理は大の苦手なのだけれど、普段淹れ慣れている為か紅茶を用意するのは早いのだ。そしてワイは、冷蔵庫から2種類のパフェを取り出した。本当は2つとも自分が食べるつもりで買って来たのだけれど、どうせなら大切な親友と一緒に食べた方が美味しさも際立つというものだ。器用に2つのコップとパフェを両手で一度に持ったワイは、そのまま2階へと上がった。

「ごめんねファイツ、開けてくれる?」
「うん!……わざわざありがとう!」

大好きなパフェを見て明るい気持ちになったのだろう、ファイツの瞳は今やすっかり輝いていた。そんな親友の反応が可愛くて、ワイは声を上げて笑った。

「ファイツって、本当にパフェが好きだよね」
「う、うん……。だって、すっごく美味しいんだもん……」
「ふふ。ね、苺と桃とどっちがいい?」
「……じゃあ、桃のパフェがいいな」
「桃ね。……はい、どうぞ!溶けないうちに早く食べちゃおう?」
「うん、そうする!」

ふかふかのクッションに親友を座らせてから椅子に腰かけたワイは、苺のパフェを食べ始めた。苺の甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がって、思わず目を細める。自分よりずっとパフェ好きなファイツなどは、ひと口食べるなり声を上げた。

「このパフェ、すっごく美味しいね!」
「うんうん!コンビニの物だからって言っても、意外とバカに出来ないわよね。流石にお店のパフェには負けちゃうかもだけど、これはこれで美味しいよね!」
「うん!」

上に乗っているアイスクリームが溶けないうちにと、それからはワイもファイツも夢中でパフェを食べた。先に食べ終えたのはワイの方で、そして一足遅れてファイツもスプーンを置いた。「ごちそうさま」と言ったファイツが冷たいミルクティーを飲み干して一息ついたのを見計らって、ワイは本題に入るべく口を開いた。

「……で。アタシに話って、何?」
「……うん、あのね……。昨日のお祭の帰りでのこと、なんだけど……」

少し躊躇った後で、ファイツが声を潜めて話を切り出した。ワイはその言葉を聞くや否や椅子から身を乗り出して、ずいっと親友に詰め寄った。何しろ、ずっと気になっていたのだ。

「何、何!?ラクツくんと何か話でもしたの?……というか、何か言われたりでもしたの!?」
「ど……。どうしたの、ワイちゃん……?」

そんな自分の勢いに押されたのか、ファイツは対照的に身体を後ろに大きく引いた。我に返ったワイは、またコホンと咳払いをしてから佇まいを直した。

「あ……。ううん、別に何でもないの。……で、どうしたの?」
「あの……。あのね……。ラクツくんがあたしに言ったんだけど……」

ファイツはそこで言葉をいったん切って、数回息を吸った。それに釣られて、ワイもごくりと唾を飲み込んだ。いったい親友は何を言われたというのだろう?もしかしてと思ったワイは、緊張で胸を高鳴らせた。

「その、ね……。ラクツくんって、プラチナさんとつき合ってるわけじゃないんだってね」
「え?」
「それで……そのことは、ワイちゃんも知ってたんだって?ラクツくんにはそう聞いたんだけど、どうしてもワイちゃんに確かめたくなったから……。だから、それを訊く為に来たの」

ファイツは、別に責めるような言い方をしていなかった。ただただ静かな口調だった。彼がそう言ったのならもう隠す意味もないだろうと、ワイは驚きながらも小さく頷いた。

「実は、そうなの」
「そう……。やっぱり、そうなんだ」
「えっと……。ごめんね、ファイツに内緒にしてて。ラクツくんとプラチナとのことは、アタシも前から知ってたんだけど。でもラクツくんは、女避けの為にこれからも形だけはつき合ってることにしたいみたいでさ。そうプラチナに聞いたから、ファイツに本当のことを言えなくて」

まさか、彼がファイツを好きなのだということを話すわけにもいかない。それでも、自分がファイツに黙っていたのは事実なわけで。今更何を言っても言い訳にしかならないけれど、ワイは再度「内緒にしててごめんね」と告げた。それを聞いたファイツは、慌てて首を横にぶんぶんと振った。

「あ、あのね……。別にあたしは、ラクツくんやワイちゃんを責めてるわけじゃないんだよ。ラクツくんはちゃんと説明してくれたから、だからあたしは納得してるし。ただワイちゃんは気付いてたのに、あたしは全然気付けなかったから。……ああ、やっぱりすごく恥ずかしいなあ……」
「え?……あの、ファイツ?」

小声で何かを呟いているファイツを遮るようにして、ワイは口を挟んだ。元々の性格がおとなしいからというのもあるのだろうが、それにしてもまったく怒った素振りを見せない事実に何か引っかかるものを覚えたのだ。ファイツは小首を傾げて、きょとんとした様子でただこちらを見ているだけだった。

「うん、何?」
「ファイツは怒ってないの?何で内緒にしてたんだとか……そういう気持ちにはならなかったの?」
「それは……。まったく思わなかったって言ったら、嘘になるけど……。でも、あのね……ワイちゃん」
「…………」
「多分なんだけど……。ラクツくんは、あたしには本当のことを話したくなかったんじゃないかな。でもあたしが2人のことを気にしちゃったから、だからわざわざ言ってくれたんだと思うの。それに対する申し訳なさはあるけど、怒ったとか……そういうのはない、かなあ。それよりは、ホッとした気持ちの方がずっと強いよ」
「”ホッとした”って……」

ワイは唖然として目の前にいる親友を見つめた。先程より更に首を傾げた親友をまっすぐに見ながら、ワイはおずおずと口を開く。

「もしかして……。ファイツってば、ラクツくんのことが好きになったの?」
「……え。……ええええっ!?」

瞳を瞬きさせたファイツは、ようやく理解したのか突然大声を上げた。おとなしい彼女にしてはかなりの声の大きさだ。おまけに両手を握って、これでもかという程思い切り首を横に振っている。

「ち、違うよワイちゃんっ!な、何でそんな話になったの!?」
「え?……だってファイツは、ラクツくんとプラチナがつき合ってないことにホッとしたんでしょう?」
「ち、違うよっ!!」

ファイツは大声で否定して、先程より更に勢いよく首を振った。それはもうぶんぶんと首を思い切り振る親友のその反応に、ワイは気付かれないようにそっと溜息をついた。どうやらこの娘がラクツのことを好きになったなんていう自分の考えは、単なる勘違いだったらしい。早とちりをしてしまったこととファイツのその反応に、ワイは思わず苦笑を漏らした。