school days : 081

白い乙女達
「ファイツちゃん、ラクツくんに喜んでもらえて良かったわね」

男子2人が帰った後、ホワイトはミルクティーを飲みながらそう言った。洗い物を全て済ませて今はソファーに腰かけている従妹は、嬉しそうに「うん」と頷いた。

「……お姉ちゃん」
「ん?……どうしたの?」
「男の人って、本当にたくさん食べるんだね……。あんなに量があったのに、ほとんどなくなっちゃったね」
「そうね……。ブラックくんもラクツくんもよく食べてたわね。男の子っていうのもあるだろうけど、何よりファイツちゃんの料理がすっごく美味しかったからでもあるんじゃない?」
「そ、そう……かなあ……?」
「……ああもうっ!ファイツちゃんってば本当に可愛いっ!」
「きゃあっ!お、お姉ちゃん……っ!?」

はにかんだ従妹がものすごく可愛く見えたホワイトは、ファイツをぎゅうっと抱き締めた。自分に抱き締められたことで赤くなった従妹は、わたわたと腕を動かしている。その様子も堪らなく可愛い。ホワイトはファイツから離れて、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

「……ねえ。ファイツちゃんって、男の子に告白されたりしないの?」
「え……?えええっ!?そ……そんなことあるわけないよ!今までだって、1回も言われたことないんだよ!?」
「そうなの?……1回もないの?」
「う、うん……」
「……あ、気を悪くしないでね。何か意外だなって思っただけだから」
「意外って?」

心底分からないといった様子のファイツは、小首を傾げてこちらをじっと見つめて来た。また思い切り抱き締めたくなるのを我慢して、ホワイトは思ったことをそのまま告げる。

「だって、アタシから見たってこんなに可愛いんだもの。ファイツちゃんのことを好きな男の子がクラスにいたって、全然おかしくないじゃない?」

自分の言葉を聞いたファイツは、真っ赤になって口元に手をやった。それは彼女が恥ずかしがっている時にしてしまう癖だとよく知っているホワイトは、優しく目を細める。従妹であるファイツのことを妹のように可愛がっているけれど、もしただの先輩と後輩の関係だったとしても、きっと自分はそう感じるに違いないだろうとホワイトは思った。だけどファイツはぶんぶんと首を横に振って、ホワイトが今しがたの発言を力いっぱい否定した。

「そ……。そんな人なんていないよ……っ!あたし、男の人って苦手だし……。休み時間だって、ワイちゃんやサファイアちゃんとばっかり話してるんだよ?」
「そう?……何かもったいないわねえ。ファイツちゃんを密かに想ってる男の子とか、何人かいそうなのに」
「お、お姉ちゃんっ!そ……そもそも、あたしが好きなのはN先生だもん!万が一他の男の人に、す……好きって言われたとしても……」
「……言われたとしても?」
「ぜ……。絶対、その場で断るよ!ごめんなさいって言うよ……っ!」

依然として顔を真っ赤に染めているファイツだけれど、その瞳には強い意志が込められているようにホワイトには思えた。きっと、本当にこの子はそう思っているのだろう。それをよく分かっているホワイトは、しかし意地悪く微笑んだ。

「本当に?クラスで一番かっこいい男の子に告白されても、本当にそう言えるの?」
「ほ、本当だよっ!あたしはN先生がいいの、だってすっごく優しいし……笑顔も素敵だし!それに数学だって出来るんだよ?」
「じゃあ、すごく優しくて笑顔が素敵で、数学が得意な男の子に告白されたとしたらどうするの?それでもごめんなさいって言える?その場ですぐに断れる?」
「い、言えるよ!あたしはN先生がいいんだもん!」
「そっか……。ファイツちゃんって、本当にN先生のことが好きなのね。じゃあN先生に告白はしないの?」
「う……。だ、だって……N先生は先生だもん。生徒のあたしじゃ、絶対断られるよ……」
「ファイツちゃんが卒業したら、先生と生徒じゃなくなるわよ。それまで待つの?思い切って、今年中に好きですって言っちゃえば?」
「お、お姉ちゃんの意地悪!」

ついに涙目になったファイツに、ホワイトは笑いながらごめんねと謝った。この子の反応がいつだって可愛らしいから、ホワイトは思わずこうしてからかい過ぎてしまうのだ。

「もう……。あ、あたしのことより、お姉ちゃんこそどうなの?お姉ちゃんって明るくてスタイルもいいから、男の人に人気があると思うけど……」
「アタシ?やーねー、全然そんなことないわよ。スタイルがいいのはファイツちゃんの方でしょう?それにファイツちゃんは料理も出来るし、控えめで可愛いし。絶対ファイツちゃんのことを好きな男の子がいるはずだって!……ああでも、ファイツちゃんはN先生一筋なのよね?」
「そうだよ!あ……あたしは、N先生一筋だもん……っ」

そう告げたファイツは、目をそろりと横に泳がせた。ホワイトは従妹のその反応に何か引っかかるものを覚えて、声を潜めてそっと尋ねる。

「……もしかして、他に気になる人でも出来たの?」
「ち、違うよっ!何言ってるの、お姉ちゃんっ!」
「……え?だって、今……」

ホワイトは、続けようとした言葉を飲み込んだ。隣に座っている従妹は、眉根を寄せて困った顔をしている。今ここで”ファイツちゃんってば、目を泳がせたじゃない”なんて告げてしまえば、この可愛い従妹は更に困ってしまうだろう。軽くからかうのならともかく、本気で困らせることを口にするのは流石に気が引けた。

(うん……。言わないでおいた方がいいわよね?)

返って来る言葉なんてないのは分かりきっているけれど、ホワイトはそう心の中で呟いた。別に結婚しているわけでもないのだ。好きな人が変わったって、まったく問題ないとホワイトは思っている。それはこの子の場合でも例外ではなかった。ただファイツ本人が否定した以上、深く追究するのは止めようとホワイトは思った。

「……何でもないわ。何か、アタシの勘違いだったみたい……。ごめんね、変なこと言っちゃって。アタシが今言ったことはあんまり気にしないでね、ファイツちゃん」
「う、うん……」

素直なファイツはこくんと頷いて、ミルクティーを飲んだ。ホワイトも彼女に倣ってマグカップに口をつける。少し冷め気味なミルクティーを、ごくごくと喉に流し込んだ。しばらくの間2人してミルクティーを飲んでいたのだけれど、先に飲み終えたらしいファイツの言葉によって沈黙は破られた。

「ねえ、お姉ちゃんは好きな人っていないの?」
「アタシ?別にいないわよ」
「そうなの?クラスの男の人のこととか、気になったりしない?例えば……えっと、ブラックさんとか」
「……けほっ!」

もう少しでミルクティーを全て飲み干すところだったホワイトは、ファイツの発言に思わずむせ込んだ。前に屈んで、ごほごほと数回大きく咳をする。お気に入りの洋服にかからなかったのは良かったけれど、代わりに盛大に咽る羽目になってしまった。

「お、お姉ちゃんっ!大丈夫!?」
「う、うん。ありがとう」

盛大にむせたことで涙目になったホワイトは、背中を擦ってくれた従妹に対してお礼を言った。大きく深呼吸をして気を落ち着けさせてから、ホワイトは疑問を口にした。

「で、でも……。どうしてブラックくんの名前が出て来るのよ」
「だって……。ご飯の時のお姉ちゃん、ブラックさんのことをちらちら見てたし……。だから、ブラックさんのことが気になるのかなあって」
「……アタシ、そんなに彼のことを見てたの?」
「……うん」
「嘘……」

しっかりと頷いたファイツのその態度に、ホワイトは思わず顔を赤くさせた。確かに自分の真正面に座った彼のことが気になったけれど、そんなに何回も見ていたなんてまったく気付かなかった。

(やだもう、恥ずかしい……!)

穴があったら入りたいとホワイトは思った。従妹が気付いたのなら、きっとブラック本人も気付いてしまったことだろう。本人に知られたとなると、どうにも気恥ずかしい……。

「お姉ちゃん……。顔、真っ赤だよ?」
「だ、だって!ファイツちゃんがおかしなことを言うんだもの!ブラックくんはただのクラスメートよ、クラスメート!」

そう宣言するように言い切ったホワイトだけれど、ブラックの言動に対して胸をどきりと高鳴らせたことが今までにまったくなかったとは言い切れなかった。少なくとも1回や2回はあるのだ。本人の顔が整っているから、どうしてたってどきどきしてしまう……。不意に、ホワイトは帰り際のブラックの表情を思い出した。帰り際にブラックが「またな、社長!」と言った時、彼は笑顔だった。それはそれは、眩しいくらいの屈託ない笑顔だった。

「…………」

確かにブラックはかっこいいけど、ふとした時にどきどきしたこともあるけれど。あの笑顔を見た際だって、やっぱりどきどきしたけれど。だけど、それがそういう意味でのどきどきだなんて……。

(”まったくあり得ない”とは、言い切れない、わよね……?)

ホワイトは、どこか嬉しそうに微笑んでいる従妹の顔を見つめた。お姉ちゃんをからかおうとか、弱みを握ろうとか、そういった意味で微笑んでいるのでないことだけは理解出来る。十中八九、純粋にこちらを応援しているのだろう。

「お姉ちゃん!あたし……。お姉ちゃんのこと、精一杯応援するからね!」
「そ、そう……?」
「うん!上手くいくといいね!」

自分がブラックのことを好きなのだとすっかり思い込んだらしいファイツの態度に、ホワイトは口を開いた。勘違いをしてるわよと言いかけて、だけどホワイトはそう言わなかった。あながち間違っていないのではという考えが、頭に過ぎって仕方がなかったからだ。

(次にブラックくんに会った時、アタシはどんな態度を取ればいいのかしら……)

ファイツに曖昧に頷きながら、ホワイトはそう声に出さずに呟いた。同時に、ブラックくんはアタシをどう想ってるんだろうなんて考えが頭の中を支配する。

(ア、アタシったら……。何考えてるのよ、もう!)

慌ててその考えを打ち消そうとしたホワイトは、今度は心の中で大声を出した。だけどそうしたのにも拘らず、”ブラックくんはアタシをどう想ってるんだろう”という考えは少しも消えてくれなかった。