school days : 076

金・銀・水晶
「タウリナーΩ?」

3年A組の教室で、首を傾げたクリスタルは男友達が言った言葉を復唱した。口元に手を当てて考え込む。タウリナーΩというのはいったい何なのだろう、何かの用語だろうか?自他共に真面目だと認めるクリスタルは、分からないながらも懸命に考えた。それでもどうしても分からなかったから、眉根を寄せて手を合わせた。

「ごめんなさい、シルバー。考えてみたけど、タウリナーΩって何か分からなくて……」
「いや、いいんだ。クリスが知らないのも無理はない、一応聞いてみただけだ」
「教科書に出て来る用語ならだいたい覚えてるんだけど……。タウリナーΩって、何?」

目の前に立ちつつ難しい顔をしているシルバーは、しばらくの間沈黙していた。それは言いにくそうに、視線を外して口を開く。

「それは……」
「そいつはアニメのタイトルだ。戦隊物のな!」

シルバーに代わって答えたのは、前髪が爆発している男子だ。金色の瞳を細めて、面白そうに笑みを浮かべて、シルバーの肩に手をやっている。シルバーは急に話に割り込んで来た男にそれは冷ややかな視線を向けた。

「……おい、放せ」
「んだよシル公。つれねえこと言うなよな、ちゃんとオレは約束通りに捜してるじゃねえか」
「それとこれとは別の話だ。とにかく放せ、鬱陶しい」
「分かったってーの。分かったから、そんな睨むなよな」

クリスタルは、目の前の男子2人のやり取りを呆然と眺めていた。頭の中は、アニメという単語で埋め尽くされている。まさか、あのシルバーがアニメに興味があるとは思わなかったのだ。クリスタルにとって、シルバーは大事な男友達だ。今から2年前の高校1年生の時から、ずっと同じクラスなのだ。席が近かったことが縁でクリスタルの方から話しかけたのがきっかけだった。男子とはいえ、1人でぽつんと本を読んでいるシルバーのことを何となく放っておけなかったのだ。そんなシルバーが、いつも難しそうなタイトルの本を読んでいるシルバーが、アニメ……?

「……アニメ?」
「おう!その通りだクリス。タウリナーΩってアニメに、シルバーがすげえはまってるんだと」
「……そんなに面白いアニメなの?」

クリスタルは、シルバーの方に顔を向けてそう尋ねた。ゴールドに尋ねなかったのは話があらぬ方向に色々と脱線するからだ。それをよく知っているシルバーは、自分自身を指差しているゴールドをスルーして「ああ」とだけ答える。

「おい!オレを無視するな!」
「だって、あなたは真面目に答えないんだもの」
「日頃の行いが悪いからだ」

ぴしゃりとゴールドを封殺して、クリスタルはシルバーを見つめた。シルバーは口数が少ない方の人間だということはこれまでのつき合いで知っていた。例外なのか、義理の姉だというブルーの話題はよく口にするのだけれど、シルバー自身のことはほとんど話さないのだ。クリスタルは今の今まで、シルバーがアニメに興味があるだなんてまったく知らなかった。けれど、シルバーの方から自分が好きなもののことについて話題を振って来てくれたのだ。それが何だかとても嬉しい。

(私に気を許してくれている、ってことだものね)

クリスタルは、アニメのことについてはまったくと言っていい程詳しくない。皆が話題に上げるような流行りのものに限ってだけ、それも辛うじてタイトルが分かる程度なのだ。タウリナーΩなんて言葉は、今までに耳にしたことがなかった。どうやら少しばかりマイナーであるらしい。しかし、それでもシルバーはそのアニメにはまっているらしいのだ。どんな内容のものなのだろうと思った、すごく興味を魅かれた。

「どんな内容のアニメなの?」
「こいつが言ったように、タウリナーΩは戦隊物のアニメだ。基本的には町に蔓延る悪人を倒すという、1話完結の話が続くんだ」

シルバーは興奮したように話を続けた、普段の彼からは想像も出来ないくらい饒舌だ。物珍しげに何人かのクラスメートに見られていることにもまったく気付いていない様子で、シルバーはタウリナーΩについて熱く語っていた。演出がどうだとか、43話の話が素晴らしかったとか、ピカ隊員がどうだとか。正直なところ、そう言われてもクリスタルにはさっぱり理解出来なかったのだけれど、それでもうんうんと相槌を打つ。楽しそうなシルバーを見るのはいい気分だった。

「……なあ。こいつがこんな表情すんのって、すげえレアだよな」
「え?……うん。まあ、そうよね。少なくとも、私は初めて見たわ」

ひそひそと耳打ちをして来たゴールドに同意して、クリスタルはシルバーを見た。彼の銀色の瞳には、心なしか熱い何かが宿っている気がする。シルバーは自分達に見つめられていることに気が付いたのか、途端に口ごもってしまった。気まずそうに目を逸らして、教室の窓から見える木々に視線を合わせながら頭を下げる。

「……す、すまない。つい熱くなった」
「そんな……。謝ることなんてないじゃない」
「タウリナーΩのことに詳しそうなやつを捜して来てやるって条件と交換で、シルバーに勉強を教えてもらってんだけどよ。スパルタ振りがすげえのなんの」
「そうなの?初耳だわ。……ああ、だから最近静かだったのね?ゴールド」

いつだってうるさくて、女の子をナンパしまくっているゴールドが最近は静かだった。静かといってもずっと黙っているわけではないのだが、常のゴールドに比べたら明らかに静かだった。いったい何があったのかと疑問に思っていたが、ようやくその謎が解けた。

「うちのクラスにあまり来ないから、何かあったのかと思ったわ」
「……何だよ。もしかして、オレに来て欲しかったのか?」

その言葉に、クリスタルは思わず彼の顔を見上げた。自分よりそれなりに背が高いゴールドが持つ金の瞳が、太陽の光に照らされてきらきらと光っている。それが眩しくて、クリスタルは目を逸らした。

「バカ!そんなわけないでしょ、勘違いしないでよね!」
「……可愛くねえなあ。そんなんじゃ一生彼氏出来ねえぞ」
「余計なお世話よ!!」

本当に。本当に、余計なお世話だと思う。しかも、彼女が欲しいと事ある毎に口にするゴールドから言われてしまったのが悔しい。お返しとばかりにクリスタルは言い放った。

「あなたこそ、真面目に勉強しないと卒業出来ないわよ」
「分かってるっつーの。だから真面目に勉強してるんじゃねえか。大学に受かりてえしな」
「……あなた、進学するの?」
「おう!第一志望はマサラ大学だ。この前の模試もよお、ギリギリC判定だったんだぜ」
「ギリギリって……。どっちの?」
「もう少しでD判定だった」

クリスタルはどうコメントしたものか一瞬迷った。だけど本人がせっかくやる気になっているのに水を差すのもどうかと思い、当たり障りのない言葉を贈る。

「そう……。……何にしても、真面目に勉強するのはいいことだと思うわ」
「……お前って、本当がちがちの真面目系堅物学級委員だよな。勉強ばっかしてねえで、少しはシルバーみてえにハマれるものを見つけた方がいいんじゃねえの?いくら受験生つったって、息抜きも必要だろうがよ」

そうしないと潰れちまうぜと言い残して、再び寡黙になってしまったシルバーに軽く手を上げて、ゴールドは大股で歩いて3年A組の教室を出て行った。それが何だか悔しくて、クリスタルはゴールドの後ろ姿をしばらくの間見つめていた。