school days : 070
あたしと彼の関係
期末テストは終わったのだけれど、ファイツがそれで気を抜くことはなかった。Nが担任を受け持つ特進クラスの生徒になりたい、その一心で今日もファイツは机に向かって勉強をしていた。しかし、集中して勉強が出来ていたのは最初の数分間だけだった。勉強を頑張らなくちゃと思えば思う程、それに反比例してシャープペンを持つ手が中々進まないのだ。「……あ」
ポキンという小さな音で、ファイツはペン先に目をやった。無意識に力を入れていた所為で、シャープペンの芯が折れたのだ。この数分間だけで、何度芯を折ったことだろう。机の隅には折れた芯の残骸が何本も転がっている。
「今日は、もう寝ちゃおうかなあ……」
ファイツは先程から感じていたことを口に出した。一度声に出してしまった為なのか、もう今日は無理だという思いが頭の中に膨らんで行く気がする。それでも少しの間は机の上の教科書とノートを眺めていたが、やがてそっと息を吐いてのろのろと立ち上がった。散らばっているシャープペンの芯をまとめてゴミ箱に捨てて、緩慢な動作で教科書とノートを鞄に戻した。電気を消して、重い足取りでベッドまで歩く。
「…………」
横になって目を瞑ってみたはいいものの、ファイツの頭は冴え渡っていた。眠ろうという気はあるのだが、どうしても眠くならなかった。それどころか真っ暗な中で1人になると、否が応でも数時間前に親友に言われた言葉が頭を過ぎってしまう。
「ワイちゃんたら、何であんなこと言ったのかな……」
ワイ本人にも言ったけれど、ファイツはそれはあり得ないことだと思った。幼馴染が自分のことを好きだなんてあり得ない。数時間経った今でもその気持ちは少しも変わらなかった。何となくだなんてワイは言っていたけれど、ファイツはワイが確信を持ってそう口にしたように思えてならなかった。それは、いつもワイが堂々としているからなのだろうか?
「……はあ」
深い溜息をついて、そわそわと落ち着かない気分になったファイツは深呼吸をした。するとどういうわけか幼馴染の顔が浮かんで来て、ファイツは思わずがばりと身を起こした。胸に手を当てなくとも、心臓がどきどきと脈打っているのが分かった。この前とは違って幼馴染の顔が浮かんでそれで胸がどきどきする、なんて。これでは、まるで自分が彼を好きであるかのようだ……。
「やだ……。何考えてるの、あたし……」
震える声でそう呟いて、胸にそっと手を当てた。だけどそれでも、頭に浮かんだ幼馴染の顔は消えてくれない。ふるふると首を横に振って、ファイツは再びベッドに倒れ込んだ。うつ伏せになって、枕の端を掴んで、自分に言い聞かせる。
「あたしが好きなのは、N先生だもん……」
そう、ファイツが好きなのはNなのだ。ラクツのことは好きだけれど、それは幼馴染として好きなだけであって、決してそういう意味で好きなわけではない。男の人として、彼を好きなわけではない。
(あたしとラクツくんは、ただの幼馴染だもん)
確かにラクツは優しい。わざわざ勉強を教えようかなんて言ってくれるなんて、本当に優しいと思う。それも一度だけでなく、数学のテストがある日までに何回か勉強を見てくれたのだ。そして彼の家で勉強をしたのだけれど、その度にあの美味しいミルクティーを淹れてくれた。だけど、それは自分が彼の幼馴染だからに決まっている。それ以上の理由なんて、あるわけがないのに……。
「……ラクツくんには、プラチナさんがいるもん」
綺麗で美人で、おまけに頭も良くて。ラクツがミスター・パーフェクトなら、プラチナはミス・パーフェクトだろう。ラクツの隣に相応しいのはプラチナだろうと、そう思う。誰に訊いてもそんな答が返って来るだろうと、思う。
「…………」
数時間前のことだ。サファイアとワイに自分が頼んだことをふと思い出して、ファイツは目を伏せた。自分がラクツの幼馴染だということは3人だけの秘密にして欲しいと、ファイツは言ったのだ。もし自分がラクツの幼馴染だなんてことが他の生徒達に知られたら、ひそひそと噂話をされてしまうかもしれない。その光景を想像するだけで、人の目を気にするファイツはぞっとする思いだった。
「でも……。何であんなことを言ったんだろう、あたし……」
ファイツの心臓は、どくんどくんと音を立てていた。それだけでなく、顔も熱いような気がする。今になってよくよく考えてみれば、3人だけの秘密だなんて言ったのは良くなかったのではないだろうか?ラクツの恋人であるプラチナには、別に打ち明けたところで何の問題もないはずなのに。別に隠すことなんて、ないのに。
「どうしてなんだろう……」
ファイツは枕の端をぎゅっと握って、そっと呟いた。しかしいくら考えても、答がファイツの中に浮かんで来ることはなかった。