school days : 069
後の祭
落ち着いた雰囲気のカフェの店内で、ファイツ達3人はきゃあきゃあとお喋りしていた。そうは言ってもはしゃいでいるのは主にサファイアとワイで、ファイツはほとんど聞き役に回っていたのだけれど。しかしファイツはにこにこと微笑んで、2人を眺めていた。何だかいつも以上に2人が楽しそうなのは、期末テストが終わった為にプレッシャーから解放されたからかもしれない。そんなことを考えながら、ファイツは好物であるパフェを早速口の中に入れた。(うん、美味しい!)
迷いに迷った末に結局は普通のパフェを頼んだのだが、確かにワイの話通りに美味しかった。今度は桃のパフェも食べてみたいと思いながら、またアイスクリームが乗ったスプーンを口の中に入れる。しつこくない甘さで、これなら2つくらいは余裕で食べられそうだった。ワイとサファイアの話し声をBGMにして、しばらくはパフェを食べることに集中していたファイツは、ふと視線を感じて顔を上げた。やはりその予感通りに、ワイとサファイアがじっと自分を見つめているのが視界に映る。
「……ど、どうしたの?」
何だか数日前にもこんなことを話した気がする。そわそわと落ち着かない気分になりながら、ファイツはスプーンをグラスの中に戻しておずおずと尋ねた。流石にこれ程じろじろと見られていては、大好きなパフェといえど食べる気にはなれなかった。
(ひょっとして、あたしが夢中で食べてたから……?)
大好物なのだから当たり前なのだけれど、確かにファイツは今パフェを夢中で食べていた。だからこんなにも2人に見られているのだろうか?
(でも……。それにしては、何だかちょっと違うような……)
2人の親友は、ただこちらを見ているだけではなかった。普段なら目を逸らさずにこちらを見るサファイアが、あまりこちらを見ないのだ。ワイもワイで、そわそわと落ち着かない様子で目を泳がせていた。
「ふ……。2人共、食べないの?」
サファイアが頼んだのはチーズケーキで、ワイが頼んだのは苺のショートケーキだった。そのどちらにもアイスクリームが添えられている。だからあまり長い間放っておくと溶けてしまうのだけれど、2人共そんなことを気にもしていない様子だった。
「……あ、うん。食べるったい!ワイはどうね?」
「うん、アタシも食べるわ。でもその前に……」
「その前に?」
「ファイツにちょっと訊きたいことがあるんだけど……。……ああ、やっと言えたわ。すっきりした!」
どうしてか胸を撫で下ろしたワイは、ようやくショートケーキを口に放り込んだ。サファイアもチーズケーキを刺したフォークにかぶりつくようにして食べ始める。だけど、ファイツはスプーンを持つこともせずに2人がケーキを食べる様をじっと眺めていた。
「あたしに訊きたいことって、何?」
「んー……。ほら、今週期末テストがあったじゃない?それで数学のテストの前に、ファイツが元気だったのがすごく気になって……。ほら、ファイツって数学のテストの日はいつも落ち込んでるし」
「そう!ワイの言う通りったいっ!いったいどぎゃんしたと、ファイツ!?」
「……そっか、それで2人共あたしを見てたんだ」
いったい何を訊かれるのだろうと身構えていたファイツは、ホッと息を吐いてパフェを頬張った。ワイも笑いながらうんうんと頷いた。
「そうなのよ。ずっと気になってたんだけど、何となく訊き辛くて」
「えへへ、あたしもったい。……で、ファイツ。良かったら教えて欲しいとよ!」
「数学のテストでいい点を取る秘訣でも見つかったの!?」
2人に迫られて、ファイツは思わず椅子に背中をぴたりとくっつけた。普段は勉強より部活優先と言っている2人でも、やっぱり取れるならいい点数を取りたいのだろう。数学でいい点数を取りたいという気持ちが痛い程分かるファイツは、苦笑しながら答える。
「ええとね……。別に秘訣とかじゃないよ。ただ、勉強しただけだから」
「勉強しただけって……。ファイツ1人で?」
「あ、ううん。その……勉強を教えてもらったの」
「誰に?」
「えっと……」
ワイに突っ込まれて、ファイツは思わず口を閉ざした。自分の幼馴染がラクツだということはまだ2人には話していない。強い口調でファイツの幼馴染は誰なのと訊いて来たワイの姿を思い出して、ファイツはそっと目を伏せた。
(……内緒にしておいた方が、いいよね)
ワイが自分を心配してくれているのだということは、ファイツにだってちゃんと分かっている。ファイツは、そんな彼女とサファイアに隠し事をしているのだ。罪悪感は感じるけれど、それでもラクツの名前は出せなかった。
「あの……。あたしの、幼馴染に」
「幼馴染って……。あの、例の?」
「う、うん……」
「ふうん……。その人って数学が得意なの?」
「うん……。まあ……」
成績が学年トップクラスであるラクツの得意教科は、言うまでもなく数学だ。正確に言うなら主要5教科なのだろうけれど、ファイツはそのことには触れずに頷いた。何だか、曖昧な頷き方をしたと自分でも思った。
「そっか……。前にも言ってたけど、勉強を教えてくれるなんて優しい人なんだね。まあ、ファイツを無視したのはどうかと思うけど」
「ワ、ワイちゃんっ!あたしはもう気にしてないから、そのことはもういいんだってば!その人、本当に優しいんだから!だって、わざわざ彼の方から数学を教えようかって言ってくれたんだもん!」
「……え?」
「……ん?」
拳を握って2人に力説したファイツは、そのままのポーズで固まった。ワイとサファイアが揃って首を傾げたのが気になったのだ。おまけに、2人の眉間には深い皺が出来ていた。
「な、何?」
「”何”じゃないったい!ファイツば、もしかしてそん人の家に行ったと?」
「え?……うん」
「何もされなかった!?」
「な、何もって……。やだ、2人共!あたしはただ勉強を教えてもらっただけだよ?本当にそれだけなんだから!」
「それならいいんやけど……」
そう言うと、サファイアは表情を普段のものに戻してケーキを食べ始めた。良かった、納得してくれた。そう思ったファイツは安堵して、彼女に倣ってパフェを口の中に入れる。だけどワイは、フォークを持ったままぽつりと呟いた。
「その人……。実はファイツのことを好きだったりして」
「え……?」
スプーンを持ったままの格好で、ファイツはまたも固まった。そのまま、ぱちぱちと目を数回瞬きさせる。今、自分は何て言われたのだろう?
「ワ、ワイちゃん。今、何て言ったの?」
「え?だから、その人がファイツのことを好きなんじゃないかって言ったの」
「や、やだ!ワイちゃん、冗談は止めてよ!」
「冗談じゃなくて、アタシは真面目に言ってるんだけど。まあ、根拠はないんだけどね。何となくそんな気がしたの」
「…………」
ファイツが手に持ったスプーンから、ついにアイスクリームが溶けてグラスの中にぽたりと落ちた。だけど、まだファイツはスプーンを持ち上げたままのポーズで固まっていた。何故だか手が動かなかった。その代わりに動いたのは唇だった。
「ち、違うもん!ラクツくんがあたしを、その……す、好きだなんて……っ。そんなこと、あるわけないよ!」
驚いた顔のサファイアとワイに対して、ファイツは違う違うと言い続けた。しかし、それでもなお2人は驚いた表情を崩さなかった。
「……ファイツ。今言ったことって、本当?」
「当たり前だよ!だってラクツくんには、彼女さんが……あっ!」
自分の失言に気付いたファイツの手からスプーンが滑り落ちて、テーブルの上に音を立てて落ちた。けれど、今のファイツにはそんなことは気にならなかった。いつの間にか自由に動くようになった手で慌てて口を覆ったけれど、それにはもう何の意味も為さなかった。
「あ、あのね。今のは、その……」
「ラクツくんって、あのミスター・パーフェクトの?」
「あの頭ばいい、Aクラスの男子の?」
ずいっと詰め寄られて、とうとうファイツは観念した。彼の名前を出してしまった以上、ごまかすことは自分には出来ないと思った。微かに、こくんと首を縦に振る。
「……うん。ラクツくんは、あたしの幼馴染なの」
小さな声でファイツはそう告げた。それとは対照的に、サファイアとワイの「嘘」という大声が店内に響き渡った。