school days : 062

ギブアンドテイク
「あら?ゴールドが家で勉強してるなんて珍しいわね」

帰宅するなりそう言ってのけた義姉の言葉に、シルバーは全面的に同意した。この男が勉強しているなんて、本当にまったくもって珍しいことなのだ。何せ大抵ゴールドは、シルバーを巻き込んで遊ぼうとするのだから。

「あ、邪魔してるっスブルー先輩。……いや、オレもそう思うんスけどね?でもまあオレ達って、今年は受験生ですから!」

決めポーズのつもりなのか、親指をビシッと立ててゴールドはそう言った。けれどもブルーはゴールドをものの見事にスルーして、机の上に無造作に広げられた参考書とノートに目を留めた。

「……何よこれ、文法がめちゃくちゃじゃない」
「……へ?そうスか?」
「そうよ。信じられないなら答を見てみたら?このページ全部間違ってるから」
「……うわ、マジだ!」

何でだよちくしょう!と叫んだゴールドは頭を抱えた。その様子を一瞥したシルバーはすぐに目を逸らそうとして……しかし間に合わなかった。ゴールドとばっちり目が合ってしまったのだ。

「なあシル公、いやシルバー!オレに勉強教えてくれよ!」
「……断る」
「何でだよ!」

頼むからさあ!とこちらに懇願するゴールドの様子からすると、どうやら彼は余程切羽詰まっているらしい。けれどそんなこと、シルバーには関係のないことなのだ。どうせ授業中も寝ていたに違いないと、腕を組んでゴールドを冷ややかに見つめる。

「何故オレがお前に教えなければならないんだ?過去問が解けないのはお前の自業自得だろう」
「お前、痛えとこ突いてくんなあ……」
「事実を言って何が悪い。英語のノートを見せてやっただけでも、お前はありがたいと思うべきだ」
「そりゃあそうだけどよ……。どうしても教えてくれねえのか?だってお前、成績いいじゃん」
「オレの成績など高が知れている。オレも自分の勉強で忙しい。だいたい何故オレなんだ?ブラックがいるだろう」
「いや、オレもそう思ってブラックに頼んだんだけどよ。あいつの説明、聞いてもよく分からねえんだ」
「……お前が真面目に授業を受けていないからだろう」

じろりと睨むと、ゴールドは「本当に痛えとこを突くよな」と零した。どこか非難するようなその物言いに、シルバーは眉間に寄せた皺を更に深くさせた。

「なあシルバー!頼むからさあ、オレに教えてくれよ!オレ、レッド先輩と同じ大学に行きてえんだ!」
「あら。ゴールドの志望校ってマサラ大学なの?」
「そうなんスよ、ブルー先輩!マサラ大学はサッカーが強いし、家からも結構近いし!色々考えたんスけど、やっぱりあそこがいいって思ったんス!」
「サッカーが強くて家から近い、ねえ……。なーんか、どこかで聞いたような動機ね」
「この際ブルー先輩でもいいっス!頼みます先輩、オレに勉強を……!」
「……おい」

我関せずとばかりにブルーとゴールドのやり取りを聞いていたシルバーは、ゴールドがそう言い終わるや否や地を這うような声を出した。げ、とゴールドが呟いたのが耳に入ったが、お構いなしに鋭い目付きで睨みつけてやる。

「お前……。ブルー先輩”でもいい”とは何様だ?」
「わ、悪かったってシルバー!」
「オレじゃない、姉さんに謝れ!」
「う……。そ、そうだな。悪かったッス、ブルー先輩!つい言っちまって……」
「それが人に謝る態度か?」
「…………。すみませんでした、ブルー先輩……」

両手を合わせて謝ったゴールドを眺めながら、シルバーは鼻を鳴らした。まったくこの男は昔からこうなのだ。少しは口を慎むことを憶えても良さそうなものなのに、少しも改善される気配すらない。

「あら、アタシは別に気にしてないわよ」
「姉さん!前から思っていたが、姉さんはこいつに甘過ぎる」
「そうかしら?シルバーこそちょっと厳しすぎるんじゃない?……ねえ、ゴールドに勉強教えてあげたら?すごく困ってるみたいだし」

にっこり笑ってそんなことを告げるブルーに、シルバーは数歩後ずさりをした。ブルーにそう言われてしまっては、自分としてはその提案をばっさり切り捨てることも出来ない。シルバーはしどろもどろになりながら、それでも反論を試みる。

「だ、だが……。オレも自分の勉強が……」
「あら、謙遜しちゃって。大丈夫よシルバー!シルバーの成績ならどこの大学でも大丈夫だって先生に言われたって、ママとパパが言ってたわ」
「ね、姉さん!」
「何もつきっきりで教えなくてもいいし……。そうね、勉強を教える代わりに条件を出したら?ほら、シルバーがはまってるあの……。……ごめん、何て言ったかしら?」
「タウリナーΩか?」
「そう!そのタウリナーΩのグッズを集めてるでしょ?ゴールドにも協力してもらうとか……」
「……タウリナーΩ?何だよ、お前ってああいうのが好きなのか?何か意外だぜ」

からかうような口調では決してなかったけれど、ゴールドにそう言われてシルバーは我に返った。そうだった、今はこの男もいたのだ。

「別に、全てのアニメが好きなわけではない。タウリナーΩが特別なだけだ」
「何だよ、ごまかさなくたっていいだろ?」

ニヤニヤと笑うゴールドを咎めるように睨んでやったが、あまり効果はない様子だった。それどころか一層笑われたような気がして、負けじと更に鋭い目付きで睨みつける。

「おいおい、そんなに睨むなって。別に笑ってるわけじゃねえんだからよ。お前があの番組を好きだなんて思わなかったから、ちょっとばかし驚いただけだ」
「……お前、タウリナーΩに詳しいのか?」
「詳しいって程じゃねえけどよ。……あー。そういや、結構前に廊下でタウリナーΩのオープニングを歌ってるやつがいたなあ……」
「本当か!?」

その言葉を聞いたシルバーは思わずゴールドに詰め寄った。まさか、この男からそんな情報が聞けるなんて思わなかったのだ。自分の勢いに押されたのか、少し引き気味になったゴールドが「ああ」と答える。

(そうか……)

シルバーはタウリナーΩの関連グッズを持っている人間がいないかそれとなく観察していた。しかし、期待を込めて捜してもそんな人間はおらず、この学校にはいないのだと半ば諦めてもいたのだ。だがゴールドの言葉を信じるのなら、やはり同志は存在していたらしい。考えてみればあの面白さなのだ、自分のようにはまっている人間がいて当たり前だ。

「あ、お前……。ひょっとして同類を捜してたりしたのか?何だよ水臭えなあ、最初からこのオレに言ってくれりゃあもうちょい早く見つけられたのによ」
「…………」

まったくもってゴールドの言う通りなのだが、素直に頷くのは何となく癪だった。けれど詰め寄ってしまった以上、違うとも言えない。だからシルバーは無言のままで、目付きだけを鋭くさせた。

「おい、そんな睨むなって!何度も言ってるだろ?オレはお前をからかってるわけじゃねえんだって」
「…………」
「ちぇっ、だんまりかよ。……あ。なあシル公、こういうのはどうだ?」
「……一応話だけは聞いておいてやる。何だ?」
「何だよその言い方!……あー、まあいいや。お前さ、やっぱりオレに勉強教えてくれよ。その代わり、オレはタウリナーΩに詳しい例のやつを捜してやるから。……どうだ?」
「…………」

ゴールドの提案に、シルバーは腕組みをして考え込んだ。確かに悪くない案だとは思うし、お互いに得がある。この男からの提案というのが少々気になるが、そこには目を瞑ることにした。

「……いいだろう」
「よっしゃあ!」
「そうと決まれば早速始めるぞ、早く参考書を開け。まずはこのページ分の問題を全て解いてみろ」
「……え、今から始めるのか?ずっとやってんだからよ、ここらで休憩でも……」
「何を甘いことを言っている。無駄口を叩かず解け」

人に勉強を教えたことなんてないが、これもタウリナーΩの為なのだ。鬼とか悪魔だとか、リビングにそんな声が響いたけれど、シルバーは聞こえない振りをした。