school days : 057

LOVEではなくてLIKEです
思わぬ幸運によって彼女と話せて良かった。教室に戻ったプラチナはそう思った、心の底から思った。しかも彼女は、また話しかけてもいいと言ってくれたのだ。

(ありがとうございます、ファイツさん……)

Aクラスの次の授業は科学だ。もうそろそろここを出ないと、プラチナの足では間に合わない計算になる。科学の教科書とノートを出しながら、教えてもらった名前を胸中で呟く。どこかおどおどとしていた彼女は、けれど最後には笑ってくれた。「あたしで良ければ」と言った時、顔を赤らめながらも確かに笑いかけてくれた。それが、プラチナはとても嬉しかったのだ。
人を見る目は優れているとの自負はあるが、わざわざ注意深く観察せずともファイツが気が強い性格をしていないことは分かった。それでも唐突な願いだ、断られるかもしれないと危惧したもののそれは結局杞憂に終わった。あの反応からして、彼女が迷惑だと思っていないことは明らかだった。

(本当に……。思わぬ収穫でした)

プラチナは口下手だという自覚がある。そんなわけで自分の方から面識もない人間に話しかけることは滅多にないのだけれど、あの娘の髪型には見覚えがあったから。大切な友人であるラクツが何ともいえない表情をして見ていた娘ではないかと思ったから、だからプラチナは声をかけてみたのだ。それに彼女はあまりに困っている様子で、見過ごすことは出来なかった。それに1人廊下に佇んでいた彼女の姿が、どこか中学時代の自分自身に重なって見えたのかもしれない。思い切って話しかけた結果、得られたのは彼女の名前と。また話しかけてもいいという許可だった。
もしラクツがファイツのことを好きであるというのなら、プラチナとしてはその恋路を応援したい。どうにかして、彼が彼女と話せる機会を作ってあげたい。以前からそんな考えがプラチナの頭の中にはあった。プラチナがファイツと仲良くなることが出来れば、その内ラクツとも話すようになるのではないか。

(そうなってくれればいいのですが……)

もちろん、そうだと決まったわけではない。ラクツがファイツを好きなのだという、確かな確信があるわけではない。一度尋ねてみたものの、「さあ?」と答えられたことは記憶に新しい。はぐらかされたのか、それとも自覚がないのか。結局のところ真実はラクツ自身にしか分からないのだけれど、プラチナはその真偽が気になって仕方がなかった。
当然のことながら、ラクツに恋愛感情を抱いているわけではない。確かに好きかと問われれば即座に肯定するけれど、それはあくまで友人としてだ。彼に対する気持ちはLOVEではなくLIKEでしかないことを、プラチナはよく知っている。ラクツの方は果たしてどうなのか、どうしても気になってしまう。

(気になるといえば……。ファイツさんは何故あの場所にいたのでしょうか?)

返って来るはずのない問いを心の中で呟いて、静かに溜息をつく。あの後すぐに次の授業が移動教室であることを思い出したので、プラチナはAクラスの教室へと戻ったのだ。その為にファイツがあの場所にいた理由を訊けずに別れたのが悔しくてならない。もしかしたら彼女は言うつもりだったのかもしれないが、その所為で機会を逃したということも考えられる。それならば悪いことをしてしまったと、プラチナはそっと表情を曇らせた。

「プラチナくん、もうそろそろ出ないと遅刻するぞ」
「……ラクツさん」

いつの間に教室に戻って来たのか、ラクツが鞄から同じように科学の教科書とノートを取り出しながらそう告げる。忠告してくれた友人に頷いて、プラチナはペンケースを手に持った。教室内を見回せば、この空間にいるのはプラチナとラクツだけになっていた。プラチナが準備をしている間に、クラスメイト達は皆理科室へと向かったのだろう。

「珍しいこともあるものだな。移動教室の際、キミは大抵早めに向かうだろう?」
「少し……。人と、話をしていたものですから」

遅くやって来ることが多いラクツとは対照的に、プラチナは普段早めに席に着くようにしている。それが移動教室なら尚更のことで、ラクツがそう口にするのも無理はなかった。理由が少し気になっただけのことなのだろう、「そうか」と言いながら自分の席から離れて行ったラクツに続きプラチナも急いで席を離れた。万が一にも授業に遅れるわけにはいかない、Aクラスの科学の担当教員はアクロマなのだ。2人も遅刻しましたなんてことになったら、また不機嫌になってどっさりと課題を出して来るに違いない。プラチナとしてはそれでも全然構わないのだが、流石にクラスメイト全員を巻き込むわけにもいかない。

「……ラクツさん」

廊下を早足で歩きながら、プラチナは先を歩く友人の名を呼んだ。理科室に向かって急いでいる今、言うべきではないことかもしれない。だけど、プラチナはどうしても早いうちに言っておきたかったのだ。

「何だ?」

ラクツはその声に振り向かずに答えて、だからプラチナは彼の背に向けて言葉を投げかけた。彼は、いったいどのような反応をするだろうか?

「実は……。先程、ファイツさんと話したんです」

ほんの一瞬だけ、ラクツの足が止まった。けれどすぐに先程と変わらない速度で歩き始めて、プラチナは慌ててその後を追った。

「あのように笑うなんて……。本当に可愛らしい方ですね、ファイツさんは」

歩きながら、そう言葉を紡ぐ。それは社交辞令などではなく、心の底から思ったことだった。ラクツのことがなくてもまた話したいと思えるくらい、ファイツはプラチナの瞳に可愛らしく映ったのだ。

「…………そうか」

しばらく黙っていたラクツが、たった一言そう口にする。その声は、プラチナが今までに聞いたどんな彼の声よりも優しいもので。驚いたプラチナは、思わずその場に立ち止まった。

「……プラチナくん?」
「……あ。……はい」

足を止めたことに訝しんだのか、わずかに振り返った友人に軽く頷いてプラチナは足を進めた。未だに彼の口からはっきりとした答は聞けていないわけなのだけれど、今の声だけで充分な気もしてしまう。

(ファイツさんの方はどうなのでしょうか……)

今の反応から察するに、ラクツの方は好意を抱いているのだろう。そうなれば、プラチナとしては応援せざるを得ない。大切な人には、やはり幸せになって欲しい。ファイツがラクツではない男を好きであると知らないプラチナは、振り向かずに歩く友人の背に向かって上手くいくといいですねと心の中で語りかけた。