school days : 053
あなたには笑顔が似合う
一緒に帰宅したファイツにお風呂に入るように言い渡したホワイトは、すぐにキッチンへと向かった。先日からどこか元気がないファイツの為に、今晩は彼女の好物を作ってあげようと思ったのだ。「良かった、これなら大丈夫そうね」
オーブンの中を覗き込みながら、ホワイトはふうと息を吐いた。これで失敗したら目も当てられないと心配だったのだけれど、どうやらその心配は杞憂に終わりそうだ。後はマカロニグラタンが焼き上がるのを待つだけとなったので、ホワイトはシンクに溜めてある洗い物を片付け始めた。それらを全て洗い終わったと同時に冷蔵庫に固定してあるタイマーが鳴った。手をタオルで拭いてからオーブンを開けると、チーズのこんがり焼けた匂いがキッチンに漂う。ちょうどいい焼け具合だ。うんうんと頷いて、ホワイトは今の内にテーブルの上を拭いておこうと台布巾を持ってリビングに向かった。
「わあ、いい匂い!」
まさにテーブルを拭こうとしたホワイトは聞こえて来た声に顔を上げた。お風呂でしっかり温まったのか、頬をほかほかと上気させたファイツがリビングに入って来る。
「今日はファイツちゃんの好きなものをたくさん作ったからね!」
「本当!?ありがとう、お姉ちゃん!」
あたしが拭くねと言ったファイツにはいと布巾を渡して、ホワイトは再びキッチンへと向かった。冷蔵庫からサラダが盛り付けられたお皿とドレッシングを取り出して、それら全てを器用に持つ。
「……あ!お姉ちゃん、あたしが運ぶからね!」
「ふふ……。ありがとう」
慌てた様子で両手を伸ばしたファイツに礼を言ったホワイトは笑った。程なくしてテーブルの上に料理を運び終えた2人は、同じタイミングで椅子にかけた。
「いただきます!」
「どうぞ!」
「……わあっ!お姉ちゃん、これすっごく美味しいよ!」
「そう?良かった!」
マカロニグラタンを飲み込んで、心の底から嬉しそうな顔でそう告げたファイツを見ていると、こちらまで幸せな気持ちになってしまう。元気が出たみたいで良かったと思いながら、ホワイトは自分もスプーンを持った。熱々のグラタンを租借すると、口の中にまろやかな風味が広がった。
「お姉ちゃん。これ、みんなあたしの好きなものだよね?」
「うん。たまにはファイツちゃんの好きなもの、たくさん作ってあげようと思って!失敗しないで良かったわ」
「ありがとう、お姉ちゃん……」
「どういたしまして!」
感極まって涙ぐんだ従妹を、ホワイトは目を細めながら見つめた。しばらく無言で料理を食べていたファイツは、「あのね」と静かな口調で話を切り出した。
「あたしが小学生の時に誘拐されたことって、お姉ちゃんは知ってたの?」
「ええ。……それ、おばさんに聞いたの?」
「ううん、ラクツくんが話してくれたの。あたしが話して欲しいって言ったから……」
ちょっと長くなるけどね、と前置きしてからファイツは自分達のことについて話し始めた。一生懸命に説明する従妹の話を、ホワイトは相槌を打って聞いていた。
「…………と、いうわけなの」
「そう……。それで、ここ最近は元気がなかったんだ」
「うん……。でも、もう大丈夫だよ。ラクツくんはもう冷たくしないって言ってくれたし。それに、こんなに料理上手なお姉ちゃんの料理を食べたし!」
そう言って笑うファイツを見て、ホワイトは意地悪く口元を上にあげた。ファイツには大好きな人がいるのはホワイトにだってちゃんと分かっている、だけどやっぱり意地悪な気持ちが生まれてしまうのだ。
「ねえ。ラクツくんって、ファイツちゃんの幼馴染だったのね?」
「え……?う、うん」
「ファイツちゃんはいいなあ、あんなにかっこいい幼馴染がいて。しかも、すごくしっかりしてるじゃない?アタシもあんな幼馴染が欲しかったわ!」
「お、お姉ちゃんっ!」
少し顔を赤くさせたファイツが、手をわたわたとさせて抗議する。その反応に、ホワイトは声をあげて笑った。
「か、からかわないでよお……」
「ふふ、ごめんね。だってファイツちゃん、からかうといつも可愛い反応をするんだもの」
「ええ……?理由になってないよ……」
「それにしても、ファイツちゃんの悩みが解決して良かったわ。どうしたら元気が出るのかなって、アタシ……ちょっと考えてたのよ」
「ええっ!?ご、ごめんなさい……。あたし、お姉ちゃんにはたくさん心配かけちゃってるね……」
「やーねえ。アタシが勝手に心配してるだけなんだから、そんなにしょげなくたっていいのよ。それに、それだってファイツちゃんは悪くないじゃない。アタシはてっきり、ゴールドくんに何かされたのかなって思ってたのよ?」
ゴールドには釘を刺しておいたけれど、それでもホワイトは心配だった。彼が女好きであることはよく知っているので、ファイツが誘拐された過去を抜きにしても心配になってしまうのだ。
「ゴールドさん?……あ、この前確かに知り合ったけど。金色の瞳で前髪が跳ねてる人だよね。お姉ちゃんと同じクラスだって言ってた」
「そう!ファイツちゃん、大丈夫だった?ゴールドくんは声をかけただけだって言ってたんだけど……」
「えっと……。あたし、何にもされてないよ?」
「本当に?」
詰め寄らんばかりの自分の剣幕に押されたのだろう。ファイツはちょっと引き気味になりながらもこくんと頷いた。
「う、うん。遅いから家まで送ろうかって、そう言われただけ」
「……嘘!まさかファイツちゃん……」
「ちゃ、ちゃんと断ったよっ!流石に悪いし、知り合ったばっかりだし!」
「ああ、良かった……!」
椅子から腰を浮かしたホワイトは、ファイツの返事に脱力した。ゴールドのことを嫌いなわけではないのだが、それでもやっぱり疑ってしまうのだ。
(明日ゴールドくんに会ったら、もう一度念を押しておかなくちゃ!)
ぐっと拳を握ったホワイトをじっと見つめていたファイツは、困ったような顔をしておずおずと口を開いた。
「あの、お姉ちゃん。ゴールドさんって、もしかして悪い人だったりするの?」
「んー……。人間的にはそうでもないんだけどね。ただ、彼は女の子に声をかけまくってるのよ。もっと早く気を付けてって言うべきだったわ、怖い思いさせちゃったわよね」
「……家まで送ろうかって言われた時は、確かにほんの少しだけ怖かったけど……。でも、ゴールドさんはあたしを心配してくれたよ」
「やっぱりそうよね……。いい、ファイツちゃん。万が一、ゴールドくんにまた家まで送ろうかって言われたとしてもしっかり断ってね。ファイツちゃんはただでさえ可愛いんだし、世の中怖い男の人が多いんだから!」
人差し指をまっすぐ立てて言うと、素直にファイツは頷いた。その反応にうんうんと頷き返して、ホワイトは再び食事に手をつけ始める。自分に倣ってスプーンを手に持ったファイツが、ぽつりと零した。
「そういえば……。お姉ちゃんは、ラクツくんには怒らないんだね」
「え?……ええ。そりゃあ最初はファイツちゃんが男の子と帰ってることに驚いたけど。でもファイツちゃんが困ってなさそうだったし、それにラクツくんはゴールドくんみたいにナンパする子じゃないし。今のファイツちゃんの話で、やっぱり女の子に親切な子なんだなってよーく分かったから」
「うん。傘とタオルを貸してくれたし、わざわざ家まで送ってくれたの」
「なーんか、彼って大人びてるわよね。あれでアタシの方が歳上なんて、ちょっと信じられないくらいだわ」
「あたしもそう思う……。同い歳だけど、何となくお兄ちゃんみたいだなって思う時があるの。ラクツくん自身は弟なんだけど……」
「え。彼って弟なの?」
「うん。確か、お兄ちゃんが1人いたはずだけど……。でもラクツくんって弟っていうよりお兄ちゃんって感じがするなあ……」
「同感ね。……あ、デザートも作ってあるけど、今食べる?」
そう尋ねるとすぐに嬉しそうに頷いたファイツに微笑んでから、ホワイトは席を立った。キッチンにある冷蔵庫から、しっかりと冷えているプリンを2つ取り出す。今しがた従妹が自分に見せてくれた表情を思い出して、ホワイトは更に笑みを深くさせた。やっぱりあの子には笑って欲しいと思いながら、ホワイトは大切な従妹の元へと向かった。