school days : 048
宣戦布告
「元気出せよ、ゴールド」ホワイトに釘を刺されてからどこかいつもの元気がないゴールドを、ブラックは走りながら励ました。かなり早い時間からサッカー部の朝練を始めているのだが、今日の朝練時のグラウンド使用権は生憎なことに陸上部にあるので、先程から2人は校舎の周りをランニングして時間を潰していたのだ。ブラックは空を見上げた、今日はこの時間から曇っている。そういえば今朝見たテレビの天気予報では降水確率60%とかだっけ、とブラックは溜息をついた。
(帰りは雨になるかもな……)
余程の大雨でもない限り、サッカー部は雨の日でも練習する。それでも雨というのは憂鬱だった。特にこの時期はじめじめして、こちらの気分まで何となくどんよりしてしまう。放課後練はせめて曇りのままであって欲しいと思いながら、ブラックは走った。隣を並んで走っているゴールドが、はあっと大きな溜息をついて答えた。
「ちくしょう、ホワイトのやつ……」
「社長が怒るとあんなに怖いなんてなあ……。オレに怒ってたのは本気じゃなかったんだな……」
事ある毎にホワイトから注意されているブラックだけれど、先日の様子を見るとあれは全然本気ではなかったのだ。それを、今更ながらブラックは思い知った。
「オレだって驚いたぜ。しかもあいつ、目が据わってたしよお……。ありゃぜってーマジだぜ」
「それでゴールド、そのコのことはどうするんだ?」
「……諦めたくねえけど、ああ言われちまったら諦めるしかねえよ。せっかく可愛い子ちゃんと知り合えたってのにまったく運がねえぜ。ファイツだって、ちゃーんとオレの好みだったのにな……」
「……ファイツ、か」
ブラックは、走りながら彼女の名前を呟いた。何だかその名前に、やけに聞き覚えがあるような気がする。だけどどこで聞いたのだろうか。あれから色々考えてみたけれど、さっぱり思い出せない……。
「なあ、そのファイツってコ……。本当にこの前初めて会ったのか?」
「ああ、そうだけど?つーか、もし前に会ってたらオレが忘れるわけねえよ。すげえ可愛い子だったし」
「そっか……」
可愛い女の子というのはブラックにはよく分からなかったものの、とにかくゴールドに名前を聞かされたわけではないことだけは理解出来た。けれど、それでもブラックは腑に落ちなかった。
「何だよ。前に言ってた、何か引っかかってるってやつ?」
「ああ。何か気になるんだよなあ……。初めて聞いた気がしないっていうかさあ」
「ふーん……。そんなに気になるんなら、ホワイトにファイツのことを訊いてみたらどうだ?」
「え、社長に?……そりゃあ気になるけど、それを社長に訊くのはちょっとなあ」
あのホワイトの剣幕を実際に目の前で見てしまうと、ファイツという名前の女の子について尋ねるのが何だか悪いことのように思えて来てしまう。そもそも答えてくれるかさえ分からないし、下手をすればブラックまで釘を刺されてしまいそうだ。それを告げると、ゴールドはあっけらかんとした顔で返した。
「それは心配ねえだろ」
「何で?」
「だってお前、ホワイトと仲いいじゃん。お前が訊いたらちゃんと答えてくれると思うぜ」
「……オレが、社長と?けどそれを言うならゴールドだって同じだろ?結構2人で話してるしさあ」
部活が終わったらすぐに部室に着替えに行くゴールドとは違って、ブラックは朝のHRに間に合うギリギリの時間まで朝練をやっていることが多い。だからゴールドより遅れて教室に入るのだが、ブラックはゴールドと話しているホワイトの姿を今まで何度も見ているのだ。
「そりゃあクラスメイトの女子だからな、話すのは当たり前だろ。それにお前はホワイトに信頼されてんだろ?少なくともオレよりは。だから、そんなに心配することねえよ」
「そうか?そんなことよく分かるな、オレにはさっぱり分かんねえや」
「……おいブラック。そんなことだと一生彼女出来ねえぞ」
「彼女……?いいよ別に。そんなことより、今はサッカーに全力投球したいんだ!」
「お前って本当、サッカー部員の鑑だよなあ。けどそんなこと言うやつに限って、彼女が出来たらサッカーそっちのけになったりするんだぜ?」
「そんなことねえよ!」
ブラックは立ち止まって、拳を握ってゴールドの言葉を全力で否定した。世界一のサッカー選手になるという”夢”を、ブラックは小さい頃から抱いて来た。出来ることならサッカー以外のことでは頭を使いたくないとさえ思っているくらいなのだ。
「そうかあ?ま、お前がそう言うんならいいけどよ。……ところで、あいつはブラックの知り合いか?」
「ん?」
現在3回目の外周をしている自分達だが、先程からじっと自分達を見つめている人物がいることにゴールドは気付いていたのだ。ゴールドが顎をしゃくってみせた方向にブラックは顔を向ける。校門の柱に寄りかかるようにして、1人の男がこちらを睨みつけたまま立っていた。クロワッサンのような奇抜な髪型をした、かなり小柄の男だ。制服を着ていることからこの学校の生徒だとは分かるものの、ブラックにはまったく見覚えがなかった。
「……いや、知らねえけど。ゴールドは?」
「オレも知らねえ。……にしてもすげえ髪型してやがるな、あれはセットすんのに相当時間がかかるぜ。おまけにワックスもかなり使いそうだな」
「……なあ、あいつに声かけねえのか?お前を睨んでるようにオレには見えるんだけど」
「何で?だってあいつは男だぜ。ギャルじゃねえからスルーでいいの!それに、喧嘩を売られたわけでもねえしなあ……」
「おい!お前!!」
ゴールドがそう言い終わった途端、クロワッサンヘアーの男子生徒が叫んだ。まるでタイミングを合わせたかのようだった。ゴールドとブラックは同時に振り返る。
「オレ達に何か用か?」
「その金色の瞳、爆発した前髪!お前がゴールドだな!?」
「あ?……何だよクロワッサン小僧」
「小僧じゃない、オレはエメラルドだ!」
ゴールドを放っておくのも何となく気が引けたブラックは、少し離れたところから2人の様子を見ていた。エメラルドと名乗った男は、ものすごい目付きでゴールドを睨みつけている。
(……何ていうか、ラクツの友達みてえだな)
ブラックは弟の友人の顔を思い浮かべた。校内ではあまり話すこともないのだが、それでも弟の交友関係はそれなりに知っているのだ。片方はそうでもないが、もう片方の男の目付きが今のエメラルドのそれと重なって見える。まるで目だけで怪我でも負わせられそうな程の目付きをしたエメラルドは、人差し指をゴールドにビシッと突き付けた。
「おい、お前!クリスタルさんをいじめるな!」
「は?」
「オレはお前を赦さない。……絶対、赦さないからな!!」
ゴールドとブラックが何も言えないでいるうちに、エメラルドは校門からグラウンドに向かって駆けて行った。残された2人は、呆気に取られた顔でお互いを見つめた。
「……なあ、今のってどういう意味だ?」
「オレに訊くな。だいたい”クリスタルさんをいじめるな”って何だよ、むしろあの堅物委員長がオレをいじめてるんだっつーの!」
頭を掻きむしりながら、イライラした様子でゴールドがぼやいた。ブラックは苦笑しながらゴールドの肩に手を乗せる。
「お前も大変だな……」
「まったくだぜ。ホワイトだったり今の小僧だったり、何でオレばっか言われるんだよ!ああちくしょうイライラする!……ブラック、オレもう1周走ってくらあ!」
ストレス解消とばかりに猛スピードで走り出したゴールドに置いて行かれたブラックは、ゴールドを止めるべきかほんの少しだけ迷った。もう少しで朝練が終わる時刻になる、もしかしたら遅刻をしてしまうかもしれない。
(……ま、いいか!)
本気で走ればオレ達の脚なら多分間に合うだろう。それに、間に合わなかったらその時はその時だ。ブラックはそう結論を出して、ゴールドを追いかけるべく走り出した。友達に追いつけるように、どんよりとした空を覆う雲を払うかのように、ブラックは全力で走った。