school days : 047
エックス、考える
「……ワイちゃん。ずっと見られてると食べにくいんだけど?」先程からじいっとこちらを見つめて来る幼馴染に、エックスは溜息混じりに告げる。いくら幼馴染でも、こうも凝視されては食べることに集中出来ない。
「うん……。ごめん」
口ではそう言ったものの、彼女がまだ自分をちらちらと見つめて来ることにエックスは気付いた。
「お母さんのご飯、美味しい?」
「……うん」
今日の夕飯は、ありがたいことにワイの母親であるサキが作ってくれたものだ。お隣さんだからという理由で、彼女は時々だけれどエックスの分も食事を用意してくれる。「家からのおすそ分けだよ」と食事を持って来てくれたワイは、帰ることもせずに食事をするエックスを見つめている。
(もしかしてこれ、ワイちゃんが作ったとか?いや、それはないか)
一度はそう思ったエックスは、しかしすぐにその考えを打ち消した。ワイも過去に何度か料理を作ってくれたことがあるのだけれど、その出来栄えは控えめに言っても良くないものだった。それでもせっかくだからと出された物を全て食べたエックスは、次の日に腹痛で寝込む羽目になった。おそらく彼女自身も同じ物を食べたはずなのに、どういうわけかエックスだけが寝込むことになったのが不思議で仕方ない。それ以来、エックスはワイの作った料理は出来るだけお断りしようと心に決めている。
(あの料理は、すごかった……)
エックスは食べかけの晩ご飯を見下ろした。見た目でも味でも分かる、これは紛れもなく彼女の母親が作ったものだ。だから料理の出来をワイが心配する必要はないはずなのに。それでも、彼女はまだ自分を見つめている。内心で溜息をついて、エックスは持っていた箸を音を立てずに置いた。
「ワイちゃん、オレに何を言いたいの?」
「あはは……。やっぱり分かっちゃう?」
「そりゃああれだけ見られたらね。……で、何?」
「アタシとエックスって、ずっと一緒にいたんだなあって思って」
「は?」
ワイは順序良く筋道を立てて話すことが苦手である、とエックスは知っている。それでも今の言葉は唐突で、まったく要領が掴めない。
「幼馴染なんだから、それは当たり前だろ」
「……うん。だけどほら、アタシとエックスは性別が違うじゃない。それなのにずっと一緒にいるのは少し珍しいのかなって思ったの。ファイツは違うみたいだし」
「何でそこで、ワイちゃんの友達が出て来るのさ」
「ああ……。昨日初めて聞いたんだけど、ファイツにも男の子の幼馴染がいるんだって。しかも同い歳の。でも、アタシ達みたいにずっと一緒にいたわけじゃないって言われたのよ」
「ふーん……」
ワイの友達ということでエックスはファイツをそれなりには知っている。ワイの方から今日はサファイアとファイツと何をしたのだとか、そんなことを色々と話して来るのだ。おかげで碌に話したこともないのに、エックスは彼女達のことをそれなりには把握していた。もっとも彼女達もワイ経由で自分のことを知っているだろうから、その点に関してはお互い様かもしれないのだけれど。
「ファイツとその幼馴染がどうだかは知らないけど、オレとワイちゃんは家が隣同士だろ。それにオレの親は仕事で外国だし、ワイちゃんのお母さんも基本的に忙しいじゃん。だからオレとワイちゃんがずっと一緒だったのは、別に、その……」
「……おかしくないって?」
「……まあ、ね」
何だか気恥ずかしくなって、エックスはワイの顔を見ないで答える。けれど少し思い悩んでいた様子だったワイが笑顔になったのが、エックスには気配で分かった。
「そっかあ!……うん、そうよね。エックスの言う通りよね!ねえエックス、ファイツの幼馴染って誰だか知らない?アタシ、ずっと気になってるのよ」
「ワイちゃんが聞かされてないのに、オレが知るわけないだろ」
「うん……。やっぱりそうよね。でも気になるなあ……」
いったい誰なんだろうと呟いたワイの言葉を聞き流して、エックスは再び箸を持った。どうせ食べるのなら、温かいうちに食べてしまいたい。ようやく食事に集中出来るとエックスは、しばらくの間黙々と食べた。よく味が染みたかぼちゃの煮物の最後のひと口を飲み込んで、ご馳走様と手を合わせる。
(……あれ。返事がない)
普段なら返って来るはずの、ワイの声がない。不審に思ったエックスがワイの姿を探すと、目を瞑って真剣に考え込んでいる幼馴染が視界に映った。
「そんなに気になるんなら、彼女に訊いてみれば?」
「うーん……。アタシもそう思ったんだけど。でも、訊くのは止めにしたの」
「何で?」
「だって、ファイツが訊かれたくなさそうに見えたから。誰にだって他人に言いたくないことがあるものね」
「猪突猛進のワイちゃんにしてはよく我慢したね。だけど、オレにもその気遣いをして欲しかったな。家を壊されるんじゃないかってオレが過去に何度思ったか、ワイちゃんは知らないだろ?」
「う、うるさいわね!あの時は悪かったわよ……!」
家にこもっていた数年間、ワイは一度だってエックスのことを見捨てたりはしなかった。ずっとずっと、自分を気にかけてくれた。だけどそれでも玄関のドアを叩かれたのは本当だし、家を壊されるかもと本気で危惧したのも確かなのだ。
「……まあいいけど。ワイちゃん、食器は明日返すから」
ワイにそう声をかけると、エックスは食器を持って立ち上がった。流石に食事を持って来てもらった上に、汚れた食器をそのまま突き返すわけにもいかない。エックスはとりあえずキッチンに食器を置いて、ワイを一応見送ろうとリビングへと戻る。
「じゃあねワイちゃん。ご馳走様でしたって伝えておいて」
「うん……」
まだ友達の幼馴染について考えている様子のワイは、何とも曖昧な返事をした。それでも「じゃあね」と手を上げて、ワイは自分の家へと帰って行った。玄関の鍵をしっかり閉めてから、エックスはすぐにキッチンへと向かう。汚れがこびりつかないうちに、綺麗に洗っておきたかったのだ。
(意外と近いところ、例えば同じ学校に通ってたりして)
スポンジで食器をいつも以上に丁寧に洗いながら、頭ではしっかり”幼馴染の友人の幼馴染”について考えている。それに気付いたエックスは苦笑した。
「ワイちゃんが気にするから、だからオレにも移ったのかな……」
呟いたその独り言は、エックスの耳にやけに大きく聞こえた。