school days : 045
友達
「ごめんサファイア、待った?」駆け足でこちらに向かって来た親友に、サファイアは「ううん」と首を横に振って見せた。実際本当に待っていないのだ。「そう?」と言って笑ったワイにサファイアも笑い返して、帰り道を並んで歩く。最初は学校での授業のことやお互いの部活についてを話していたサファイアは、しかしふと口を噤んだ。
「サファイア?どうしたのよ?」
「ワイは気付いとると?……ファイツのこと」
「……うん。何か最近、元気がないわよね」
ファイツの元気があまりないことにサファイアが気付いたのは、つい最近だった。話しかければ答えるし笑いもするけれど、どこか無理して笑っているようにサファイアには思えるのだ。ひょっとしたら気の所為ではないかと思ったけれど、ワイもどうやらサファイアと同じ意見だったらしい。
「それで、アタシに今日一緒に帰ろうって言って来たのね。普段ならアタシ達よりずっと遅くまで残ってるのに、部活大好きのサファイアにしてはおかしいなって思ったのよ」
「やけん、ファイツが心配で」
「アタシも心配だわ。あの子、アタシ達よりずっとおとなしいものね……。気も強くないし、悩みがあっても吐き出せないんじゃないかしら」
「……うん」
サファイアとワイは、まったく同じタイミングで溜息をついた。親友が困っているなら助けたいと思う、だけどどうすればいいのだろうか?横断歩道を渡る為に信号待ちをしながら、サファイアは行き交う車をぼんやりと見つめる。
「もしかして、N先生のことやろうか……?」
「うーん……。こんなこと考えたくないけど、告白してダメだったとか?でもそれならもっと落ち込んでるはずだし、この線は違うのかもね」
「じゃあ、成績のことやろうか?」
「思うように成績が伸びないとか?でも、ファイツはいっつも勉強してるのに……。もしそうなら、神様って不公平だわ!」
ファイツが何に悩んでいるのかは分からないけれど、もし勉強に関することならどうしようとサファイアはまた溜息をついた。何しろファイツの方がサファイアより成績がいいのだ。これでは親友の力になりたくともなれなくなってしまう。体育は得意中の得意であるサファイアだけれど、それ以外となるとからきしお手上げだった。それでも選択問題では不思議と点数が取れるおかげで何とか赤点を取らずに済んでいるものの、もし全問記述式だったらそれはもう酷い点数を取ってしまうだろうと自分でも分かっている。中間や期末テストの度にワイとファイツ、そしてルビーに頼っているサファイアは「そうったいね」と呟いた。本当に何故、テストというものはこの世に存在するのだろう?
「ファイツ、また無理して勉強ばしてるんやろうか……?」
「それはないわよ。あの子、約束を破るような子じゃないし。ねえ、サファイアは憶えてる?始業式の日に、アタシが胸騒ぎがするって言ったこと」
「憶えてるったい」
「アタシね、今になって思うんだけどさ。あの時感じた胸騒ぎは、ファイツに対して感じたものだったんじゃないかって思うの。あの時は気の所為だって思ってたけど、気の所為じゃなかった」
「……うん」
先月のことはサファイアもよく憶えている。互いに送られて来たメールを見比べながら、学校を休んだファイツのお見舞いに行こうと2人で決めたのだ。どちらが先に言い出したのかは忘れてしまった、多分ほぼ同時だったように思う。そして、お見舞いに行った帰りにもこれからファイツの様子には気を付けようねと2人で言い合ったのも憶えている。
「ファイツはもう高校生だけどさ、それでもやっぱり心配よね。だってファイツ、ちょっと無理するところあるし。……まあ、それはサファイアにも言えることだけど」
「そうやろうか?」
「そうよ。だって、サファイアはいつも遅くまで残って部活を頑張ってるし。アタシなんて、終わる時間になったらさっさと帰っちゃうもの。それにテストの時だって、一夜漬けで頭に入れようとするし」
「そ、そげんこつなか!」
やっと赤から青になった横断歩道を渡りながら、サファイアも負けじとワイに言い返した。サファイアからして見れば、ワイだって色々無理している。
「だったらワイだってそうったい。あんな高いとこから落ちるなんて、絶対無理してるとよ!」
「そりゃあスカイダイビングやってるんだもん、高いところから落ちるのは当たり前よ。まあ、エックスには危ないから止めろって言われてるんだけど。でも、楽しいわよ?」
試しに一度やる?と訊かれて、サファイアはぶんぶんと首を横に振った。確かに高いところは好きだけれど、あそこまで高いところは遠慮したい。
「残念、絶対楽しいのに。それに、無理してなんかないのにな」
「ううん。あたしより、ワイの方が無理してるって思うとよ。勉強だってあたしは頭ば悪いから、一夜漬けでやるしかないったい。でも、ワイはそげんこつなか!ワイはあたしと違って、ちゃんと勉強ばしてるやけん」
「……ありがとう、サファイア。でも何か、聞いてたらすっごく恥ずかしくなって来たわ…」
「う……。あたしもったい……」
「うん、もうこの話は止めよっか。ああ、何か顔が熱いわ……」
「そうったいね……」
お互いに顔を赤くしながら、少しの間だけ無言で歩いた。綺麗なオレンジ色に染まった夕陽が見えて、サファイアは思わず足を止めた。そのすぐ後で、ワイも同じように足を止める。サファイアは、そんな親友に顔中で笑いかけた。ワイはこの話は止めようと言ったしサファイア自身も同意したけれど、それでも言っておこうと思ったのだ。
「あたし、ワイとは一生友達でいたいって思ってるったい。もちろん、ファイツにも同じことを思ってるとよ」
「……うん、アタシもサファイアとはずっと友達でいたいって思う。もちろん、ファイツにもそう思ってる」
茶化さないで真剣に答えてくれた親友の気持ちが嬉しくて、サファイアはますます笑顔になった。
「ありがとうったい、ワイ!」
「それはこっちの台詞よ。……ねえサファイア、明日は土曜だし、久し振りに3人でいつもの店に行こうよ。あの店のパフェを食べたら、きっとファイツも元気になるかもって思ったんだけど。サファイアはどう思う?」
「うん!うん!!あたしもそう思うったい!!」
サファイアとワイは、顔を見合わせて微笑んだ。大好物のパフェを口にしたらファイツもきっと笑ってくれるはずだ。いつまでも3人一緒にいられないのは分かっている、だけどそれでも仲良しでいたいと思う。サファイアもワイも、大切な大切な親友が心の底から笑顔になることを願っているのだ。