school days : 044

沈む太陽
その日、ゴールドは朝から上機嫌だった。昨日のことを思い出すとつい頬が緩んだけれど、これはもう仕方ないと思う。昨夜のことだ、新しく出た漫画を買おうと本屋まで自転車を走らせる途中でゴールドは1人の女の子と出会った。その子が自分と同じ高校に通っているのだということは制服ですぐに分かった。そしてその子が、自分の後輩であることもすぐに分かった。同学年の女子に声をかけまくっているゴールドは、彼女の顔にまったく見覚えがなかったからだ。

(……可愛かったよなあ、あの子)

ゴールドの好みは、性格が明るくてノリがいい女の子である。だけどそれはあくまで理想であって、実際はおとなしくてもまったく問題ない。要は自分が気に入るか否かで、彼女は前者に当てはまった。暗かったからはっきりとは分からなかったけれど、顔が可愛いことに加えて彼女はスタイルが良かった。そんなところもゴールドからすればかなりの好ポイントだった。

(連絡先を聞けなかったのは惜しかったよなー……)

家まで送ってやるという自分の申し出は断られたものの、彼女は押しに弱そうだと見抜いていたゴールドは溜息をついた。押しまくれば連絡先ぐらい交換出来たのでは、なんて考えが浮かんでは消えない。それでも、学年とクラスは既に頭に入っているのだ。これを機に、少しずつお近付きになれれば……なんてゴールドは思っている。何と言ってもおとなしい彼女のことだ、強引に迫れば割とあっさりいけるかもしれない。

(……お。やっと来たぜ!)

ゴールドは、今しがた教室に入って来た人物に気付いて口角を上げた。”ゴールドくんに彼女なんて出来るとは思えない”なんて、何とも酷いことを言ってくれたクラスメイト。そんな彼女をようやく言い負かせると、ゴールドは意気込んだ。

「おっす、ホワイト!」

鞄を机の横にかけたホワイトが、まじまじと自分を見つめて来る。その彼女を負けじと見つめながら、ゴールドはやっぱりいい女だと思った。ちなみにとっくの昔に声をかけているゴールドだけれど、惜しくもホワイトには振られてしまった。何でオレの魅力が分からないんだよなんてその時は思ったものだが、今は逆に振ってくれてありがとうなんていう気持ちすら湧いて来る。

「おはようゴールドくん。よっぽどいいことがあったのね?」
「お。へへ、やっぱ分かっちまうか?」
「あなたの顔を見れば、誰だってそのくらい分かるわよ」
「よお、社長。ゴールドのやつ、今朝からこんな感じなんだぜ?」
「あ、おはようブラックくん。ブラックくんにも話さないなんて珍しいわね、ゴールドくんの性格なら周りの人にやたらと自慢しそうなのに」
「だろ?オレも気になって訊いたんだけどさあ、オレにも教えてくれねえの」
「そうなの?……で、どうしたの、ゴールドくん」
「へへ。耳の穴かっぽじってよーく聞けよ、ホワイト!」

人差し指を突き付けられたホワイトは、少しの間ポカンと口を開けていた。数回瞬きを繰り返してから、訝しげに眉を寄せる。

「……何でアタシなの?」
「お前、いつも言ってるだろ?”ゴールドくんには彼女が出来ない”とか、そんな失礼な言葉を!それも、本人に向かって!」
「だって、事実じゃない。あれだけナンパしてるのに全然効果はないし、告白もされてないみたいだし」
「ゴールドもよくやるよなあ。そーゆーの、オレにはさっぱり分かんねえや」
「ブラックくんは気にしなくていいと思うわ。……というか、気にしちゃダメよ」
「そうか?」
「うん」
「……聞けよ、人の話を!」

自分そっちのけで話し始めた2人の間に無理やり割り込んで、ゴールドはわなわなと震えた。いったい何だと言いたげなブラックとホワイトを見据えて、仕切り直しに咳払いをしてやる。

「いいかホワイト!”ゴールドくんには一生彼女が出来ない”っつうお前の言葉、近いうちに絶対撤回させてやる!」

けれどホワイトが見せたのは、ゴールドの予想とは真逆だった。反応こそ返してくれたものの、その顔は呆れ果てている。

「……本当、懲りないわね」
「当たり前だぜ!諦めてたまるかってんだ!!」
「期待しないでおくわ。絶対振られると思うから」
「はっきり言うなあ、社長」
「だってゴールドくんを見てると、そうとしか思えないんだもの」
「今度こそ違うんだって!今度の子は、すげえ可愛いんだよ!」
「……でしょうね」

溜息混じりに告げて、ホワイトは席を立った。冷ややかに自分を一瞥して、そのままスタスタと歩いて3年B組の教室を出て行った。残されたゴールドとブラックは、互いに顔を見合わせる。

「どこ行ったんだ、ホワイトのやつ」
「多分、ベルと話しに隣のクラスに行ったんだと思う。知り合ったのは最近だけど、あの2人は仲がいいんだぜ!」
「何だよ、オレがせっかく聞かせてやろうと思ったのに!」
「オレで良ければ聞くよ。その今度のコって、どんなコなんだ?」
「ブラック、お前ってやつはよお……!」

感動のあまり、ゴールドは泣きたくなった。実際には泣かないけれど、それでも感動したのは確かだ。こんな時、こいつがダチで良かったとゴールドは思う。シルバーだって友達だけれど、まずこんな話を真剣には聞いてくれない。その点ブラックはこんな話でもきちんと聞いてくれることが多いのだ。意見を求めてもちゃんと答が返って来る時点で、シルバーよりずっとありがたい。

「そのコはな、とにかく可愛いんだよ。スタイルもいいし、ついでにおとなしくて押しに弱そうでさあ!」
「ふーん……。あれ、ゴールドってノリがいいコが好みだなんて言ってなかったか?」
「んー……。まあ、そうだけど。でもオレ、おとなしい子でも全然問題ないぜ!あの女の子なら、絶対押しまくれば頷いてくれるって!しかもこれが、オレの後輩なんだ!」
「へえ……。何年生なんだ?」
「2年B組だって言ってた。ただ2年だから、お前の弟に熱を上げてるって可能性が割とあるかもしれねえんだよなあ……。彼女がいるらしいけど、それでもモテんだろ?」
「それがさ、オレにもよく分からねえんだ。噂になってるのは知ってるけど、ラクツには訊いてないし。気にならないって言えば嘘だけど、多分教えてくれなさそうだし」
「そんなもんか……。なあブラック、今度お前ん家に行ってもいいか?どうやったらあの子を落とせるか、ラクツに色々訊いてみてえんだ」
「オレはいいけど、あんまり期待しないでくれよ」

困ったように笑いながら、だけどそれでも了承してくれた友人にゴールドは柄にもなく感謝をした。「あ!」と声を上げたブラックに合わせて振り返ると、ホワイトがこちらに戻って来るのが見えた。

「あなた達……。まだ話してたの?」
「よお、社長。何か聞いて欲しそうだったからさ」
「酷いぜホワイト!オレがせっかく話そうとしてたのによお!」
「そういえばゴールド。そのコの名前は何て言うんだ?」
「ああ……。そういや言ってなかったか。ファイツだよ」
「え?」
「ん……?”ファイツ”……?」

眉間に皺を作って何か考え込んでいる友人を、ゴールドはまじまじと見つめた。女の子の名前を聞いても特に反応しないのに、今のブラックは普段と明らかに様子が違っていた。

「どうしたんだよブラック?」
「いや……。何か、引っかかる気がして……」
「何かって……うわっ!」

何がだよと続けようとした言葉は、ホワイトによって遮られた。ガシッとこちらの肩をしっかりと掴んで来たホワイトの表情は、しかし俯いていた為にゴールドからは見えなかった。

「……ゴールドくん?」
「お、おうっ!」
「……社長?」

名前を呼んだホワイトは笑っていた。だけどその後ろには真っ黒な何かが見えたような気がして、ゴールドは思わず上擦った声で返事をする。

「あなた……。ファイツちゃんに何したの?」
「え。……まさか、知り合い?」

おそるおそる尋ねると、ホワイトは笑顔のままで頷いた。

「ファイツちゃんはね、アタシの従妹なの。それで、あの子とアタシは一緒に暮らしてるのよ。大事な大事な、アタシの妹みたいな存在なの」
「い……従妹?」
「昨日、なーんか元気がないなって思ったのよ。あの子は大丈夫だなんて言ってたけど……。ゴールドくん、さてはあなたが原因だったのね……?」
「ち、違うぜホワイト!ファイツにはただ声をかけただけだって!」
「ゴールドくん、1つ忠告しておくわね。ファイツちゃんにこれ以上近付いたら、アタシはあなたを一生赦さないから」
「は、はいっ!」

ホワイトの剣幕に押されて、ゴールドは思わずこくこくと頷いた。「社長って怒ると怖え」なんて呟いたブラックの意見に全力で同意する。

(ちくしょう、何でなんだよおおおお!)

ゴールドのその言葉は、本人の心の中だけに虚しく響き渡った。