school days : 040
それを知らない
いつものように2年B組の教室でファイツ達3人は、今日もいつものように昼食を食べながら仲良くお喋りしていた。ファイツは手作りのお弁当、ワイは購買で買ったパン、そしてサファイアが同じく購買で買ったお弁当。これもいつも通りだ。「何だか嬉しそうね、ファイツ!」
「どぎゃんしたと?」
「ちょっとね……。いいことがあったの」
いつもと違って、自分の雰囲気がやたらと明るいことに気付いたのだろう。笑顔でそんなことを尋ねて来た親友達に、ファイツもまた笑顔で返した。今朝、ラクツに「おはよう」と言ったことを思い出す。やっぱり彼は自分を無視しなかった、「おはよう」と返してくれた。小さなことかもしれないけれど、ファイツにはとても嬉しいことだったのだ。
「あ、分かった。N先生と何かあったんだ!」
クラスメイトに聞こえないように”N先生”の部分だけを器用に声を潜めて話したワイに、ファイツはそっと感謝をした。やっぱり周りの人達には知られたくないのだ。
「うん、そうなの!」
確かにワイの言う通り、学校で朝一番にNと話せた。それは、ファイツにとってはとても大きなことだった。ただ朝の挨拶をしただけなのだが、それだけでファイツは幸せな気持ちになれる。
「やっぱり!もしかして、告白されたとか?」
「ち、違うよっ!朝の挨拶をしただけなんだけど……」
「なーんだ……。朝からすっごく嬉しそうに見えたから、ひょっとしたらって思ったのにな」
「残念ったい……」
お手製の卵焼きを飲み込んだファイツは、まるで自分のことのように溜息をついて落ち込んだ2人の様子を見つめた。
「えっと……。あたし、そんなに嬉しそうにしてた?」
「うん!」
「してたしてた!」
そう尋ねれば、それはもうすごい勢いで頷かれる。その拍子にサファイアが箸で掴んでいたウインナーが落ちたのがおかしくて、思わず笑った。慌てて口に運ぶサファイアの様子をワイと一緒に笑って眺めながら、ファイツは心の中で呟いた。
(そっか……。あたし、そんなに嬉しそうにしてたんだ)
自分ではまったく気付かなかった。だけど、2人がそう言うのだからそうなのだろう。Nと話せたのはすごく嬉しい、今朝はそれに加えてラクツがおはようと返してくれた。挨拶を返されるなんて当たり前かもしれないけれど、それでもやっぱり嬉しい。
(ラクツくんがおはようって言ってくれるのって、何だか随分久し振りな気がする……)
ラクツとこの学校で再会してから、ファイツはずっと彼を避けて来た。だけどファイツはラクツを嫌ってはいない、ただ苦手なだけなのだ。あの冷たい瞳で見られるのは正直言って怖い。しかしそれでもファイツは、ラクツを嫌いだとは思っていない。どうしたって嫌いになれないのだ。
(だって……。だってやっぱり、ラクツくんは幼馴染だもん)
彼が自分を無視しないことをファイツは知っている、彼が優しいことをファイツは知っている。ただ、彼が何故自分にだけ冷たいのかだけは分からないけれど、それだってきっと理由があるに違いないはずなのだ。
(前みたいに、ラクツくんとまた話せるようになれるといいなあ……)
次もまた、彼とすれ違ったら挨拶をしよう。きっと彼も今朝のように挨拶を返してくれる。これを繰り返していけば、そのうち彼と会話出来るようになるだろう。そうなれば、今現在ラクツに抱いている苦手意識だってきっと消えるはずだ。
(大丈夫……。ラクツくんはあたしを無視しないもん……!)
何そんなに嬉しそうな顔してるのよ、とからかうように言ったワイにえへへと笑ってみせる。ラクツの決意なんてまるで知らないファイツは、期待に胸を膨らませていた。