school days : 038

読めない表情
”ラクツさんの様子がどうもおかしい”。プラチナはそう思った、だけど何がおかしいのかと問われればはっきりとは答えられない。それでも、どこかがおかしいという確信があった。ベルリッツ家の1人娘として、幼い頃から様々な人間と接して来たおかげで観察目は優れているという自負はある。その経験が、今日の彼はどこかがおかしいと告げていた。
友人として、もし彼に悩み事があるとするならば何とか力になりたいと思う。そんな決意を秘めたプラチナは、ラクツの居場所を先程から探していた。部活で忙しい彼と話をするなら昼休みである今しかないと思ったのだ。ちなみに、午前の休み時間に彼を捕まえることは考えなかった。次の授業は移動教室だった為にそんな時間はなかったし、こういう話をするなら2人きりの方がいいに決まっている。

(彼は、どこにいるのでしょうか?)

いつものように昼食を早々に食べ終えたプラチナは、きょろきょろと辺りを見回しながら歩いた。ラクツとは友人同士だけれど、一緒に昼食を食べたことは今まで一度もない。だから、彼が普段どこで食事を摂っているのかが分からないのだ。

(そういえば、まだ屋上には行っていませんでしたね)

ポケスペ学園に通うに当たって、セバスチャンから『屋上は下賎な不良のたまり場だから気を付けて下され』と再三言われていたので、屋上に足を踏み入れたことは皆無だったのだ。だけどそれでもプラチナは屋上へと向かう、そこに彼がいるような気がしてならなかった。はあはあと息を切らしながら、屋上へ繋がる階段を駆け上がった。ドアノブをぐっと握って、ゆっくりとドアを押し開く。

「あ……」

太陽の日差しが眩しくてつい目を細めたプラチナは、その先に捜していた人物の姿を発見して声を上げた。彼に声をかける前に辺りを見回してみたけれど、こちらに背を向けて手すりに寄りかかっているラクツ1人しかいない。彼と話がしたいプラチナには何とも好都合だ。少しだけ不安だったのだけれど、セバスチャンが言ったような不良は幸いにして見当たらなかった。

(何事も、実際に体験してみないと分からないものなのですね……)

また1つ勉強になりましたと声に出さずに呟いて、そっと彼に歩み寄った。近付きながら彼をじっと監察してみる。彼の足元にはペットボトルとパンの空き袋が置かれていた、どう見ても食べ終えた後だ。食事中でなかったことに安堵したプラチナは立ち止まった。割とすぐ近くまで近付いたというのに、ラクツは振り向く気配すらない。やはり今日の彼はおかしいとプラチナは思う、この数時間だけで何回そう思ったか分からないのだが。

「ラクツさん」
「……プラチナくんか」

静かに名前を呼んだプラチナに合わせたのかは分からないけれど、ラクツもまた静かに振り向いた。何かに悩んでいるような、困っているような、そんな表情だ。常の彼とは違うそれを確かに読み取って、プラチナは本題に入るべく口を開いた。お互い、回りくどいのは好きではないのだ。

「ラクツさん、今日のあなたは様子がおかしいです。いったい何に悩んでいるのですか?」

そうは言ったものの、彼が問いに答えてくれるかが疑問だった。もしかしたらはぐらかされるかもしれない、だけどそうなったらそうなったで仕方ない。それでもプラチナは力になりたいと思うから尋ねたのだ。確かに彼が何に悩んでいるのか知りたいという好奇心も少しばかりあるけれど、ただそれだけではなかった。人の悩みは聞いてもらうだけでもいくらかは楽になる、婚約者が前回の会食でそう言ったのをふと思い出したのだ。

「……大したことじゃない」
「そう、ですか……」

軽く首を振って答えた彼の答はやはり想定した通りのもので、プラチナは内心で嘆息した。話を聞くなら自分にも出来るし、意見を求められたら答えるつもりでもいた。その機会は残念ながら与えられなかったわけだが、食い下がることはしなかった。誰にだって話したくないことはあると知っている。
プラチナがここに来た理由はラクツを捜していたからだ。彼が悩みを打ち明けなかった以上、プラチナがここにいる理由はもうなくなったことになる。しかしプラチナは動かなかった。彼には確認したいことがまだある、周りには誰もいないので都合もいいのだ。

「あの……。まだ訊きたいことがあるのですが」
「何だ?」
「ある方から、私とラクツさんが恋人同士ではないのかと訊かれたのですが。そのような噂が流れていることはご存知でしょうか?」
「それは知っている。だが、ボクとプラチナくんはそんな関係ではないだろう?」

今度はきちんと答が返って来て、プラチナは安堵した。同時にその内容にも安堵した、やはり自分達は友人なのだ。

「そうですよね。私達はあくまで友人ですよね」
「ああ」

そう言ってから、プラチナはふと思った。いつだったか、廊下を1人の女子生徒が通った時に何とも言えない表情をした彼を思い出す。前々から気になってはいたのだけれど、彼はあの女子生徒に恋をしているのだろうか?あくまで自分達は友人だというプラチナの意見にラクツも賛同した、つまり彼もまたそう思っているということだ。自分達が互いに抱く感情はLOVEではなくてLIKEの方、すなわち好きの種類が異なるのだ。それは分かった、だけどあの彼女に対してはどう思っているのだろうか。彼女が好きなのかと訊くなら、このタイミングしかないと思った。もし好意を抱いているというのなら、自分と噂になってはラクツが困るのではないだろうか?

「ラクツさん。私、前々から気になっていたのですけれど……」

話を切り出してみたはいいが、プラチナはそこで言葉に詰まった。肝心の彼女の名前が分からないのだ。彼女に関することで思い出せるのは同学年ということと、お団子の形にまとめた髪を更に左右で垂らしているという髪型だけだった。かなり特徴的な髪型だったので、そこだけはしっかり憶えていた。名前くらい頭に入れておくべきでしたと後悔したプラチナは、少し悩んだ末に結局そのまま伝えようと決めた。誰のことを指しているのかはラクツなら理解出来るはずだ。

「お団子の形にまとめた髪を更に左右で垂らした女子生徒が、私達の学年にいますよね」
「……それが?」
「単刀直入に訊きます。ラクツさんは、あの方がお好きなのですか?」

プラチナがそう言った瞬間、ひゅうっと風が吹いた。髪の毛を風に靡かせながら彼の返事を待つプラチナに、ラクツは再び背を向ける。ここに来た時と同じように手すりに寄りかかって、どこか遠くを見つめていた。

「……さあ?」

ようやく返事をしたラクツが口にしたのはそれだけだった。プラチナの問いには肯定も否定もしなかった。彼はこちらを見ずに答えた、だからプラチナにはラクツが今どんな表情をしているのかが分からなかった。