school days : 036
後輩と先輩
お気に入りであるチョコレート菓子・超ライジングサンダーをベッドに横になりながら食べていたゴールドは、携帯から聞こえて来た着信音で身を起こした。相手を確認して通話ボタンに触れる前に、口に残っていた超ライジングサンダーを慌てて噛み砕く。そして口を開く寸前に飲み込んだ。「こんばんはッス、レッド先輩!」
「おっす、ゴールド。元気にしてるか?」
「そりゃあもう!元気も元気っスよ!!」
レッドと対面していないのについ礼をしてしまったのは、ゴールドがサッカー部の後輩に当たるからだ。運動部の上下関係は本当に厳しい、例えレッドがもう卒業していても先輩であることに変わりはない。一緒にプレーしたのは1年間もなかったけれど、ゴールドはレッドから色々なことを教わったのだ。レッドとブラックと3人で、何回か遊びに出かけたこともある。
「レッド先輩こそどうなんスか、大学は。確か、今は2年生でしたよね」
「はは、まあ楽しくやってるよ。講義だって、今のところはちゃんと出てるしさ。まあ時々寝ちゃうんだけどな」
「……受験生の時の頑張りはどうしたんスか、先輩」
「……オレも、我ながらすごいって思う。何ていうか……本当、気合と根性で乗り切ったって感じなんだよなあ。もし今あの時みたいに勉強しろって言われても、多分出来ないと思うんだ」
受験生のパワーってすげえよなあと呟いたレッドに、ゴールドは深い溜息をついた。そうなのだ。ゴールドは現在高校3年生、つまり受験生なのだ。選択問題でテストの点数を稼いで来たゴールドだけれど、それはほとんど当てずっぽうによるところが大きい。ところが受験となると話は違って来る、今までのようにそう都合良くいかないだろうと思ってもいる。もっともそうは思いつつも、今のところはまだ何も行動に移していないのだけれど。
「受験かあ……。考えたくもねえ・…」
「オレも高3の時、そう思ってたよ。でも何となく過ごしてるうちにどんどん受験日が迫って来ててさ、グリーンとブルーが勉強を教えてくれなかったら絶対ダメだった。内申点が低かったから推薦じゃあ入れなかったし」
「グリーン先輩の教えって、やっぱスパルタだったんスか?」
「ああ。でもそれはブルーも同じだよ、ある意味グリーンより怖いかもな。教え方は分かりやすいんだけどさ……。何ていうか、時々すごいプレッシャーを感じるんだ」
「……分かる気がするッス」
そう答えたゴールドは思わず身震いした。ブルーと知り合ったのは中学生の頃だった、シルバーの家に初めて遊びに行った際に出会ったのだ。シルバーから散々聞かされていた血の繋がらない姉の姿を一目拝んでやろうと意気込んだゴールドは、そこで対面した彼女のあまりの美女っぷりに驚いた。ブルーの顔もスタイルも、おまけに明るくてノリがいい性格も、実に自分の好みだった。だけど結局、ゴールドはブルーをナンパしようとはしなかった。
色々あったものの、今やシルバーはゴールドのダチ公なのだ。照れ臭くて面と向かっては言わないけれど、確かにそう思っている。そしてシルバーのブルーに対する感情が、ただの姉に向けるものとは少し違うものだと察しがついたから。だからゴールドは、ブルーをナンパするのを諦めたのだ。その割にブルーのメールアドレスはしっかり手に入れたわけだけれど、それくらいは許して欲しいと思う。だってブルーはゴールドの好みで、おまけに綺麗なお姉さんなのだ。そんな彼女とメールアドレスを交換しただけでも何となく嬉しいし、ブルーからメールが来ればやっぱり喜ぶ。それは今でも変わらないのだ。
ただ1つ変わったことがあるというなら、それはブルーに対する認識だ。知り合って間もない頃は、彼女のことをしっかり者のお姉さんだと思っていた。だけど今は、むしろ女王様と言った方がしっくり来るような気がする。そんなこと、本人にはとても言えないけれど。自分が言えないのだから、気のいいレッドは絶対言えないだろうなあとゴールドは思う。
「……で、レッド先輩。そろそろ本題を話して下さいよ。オレに何か用があるんでしょう?だからわざわざ電話して来たんスよね?」
「お見通しかあ。勘がいいよなあ、お前」
「へへ、まあそれ程でもねえッス」
得意げに言ったけれど、実はそれは半分嘘のようなものだ。確か先月のことだ、ちょうど自室で寛いでいたゴールドの元に1通のメールが届いたのだ。差出人はブルーからだと分かって、ゴールドはもちろん喜んだ。だけどメールを読んで、そんな気持ちも萎んでしまった。
「実はな、ゴールド……」
唾を飲み込んで、ゴールドはレッドの言葉の続きを待った。もしかすると、ブルー曰くデートした件に関することかもしれない。あまり詳しくは書かれていなかったけれど、ゴールドだって男女が2人で出かければデートだと思う。それも、相手の方は好意を抱いているようなのだ。だけど、どうやらレッドはそう思っていないらしい。レッドらしいといえばそうなのだが、いくら何でも鈍過ぎる。
レッドからもし相談を受けてもこの件に関しては乗らないで欲しいという言葉でブルーのメールは締め括られていたのだが、言われずともそうしようと思った。レッドは穏やかで人がいいのだが、どうしようもないくらいの鈍感なのだ。もし悩んでいるなら悪いけれど、少しは鈍感を改善するいい機会になるかもしれない。
「実は?」
「…………いや。実は、今度そっちに顔を出しに行こうと思ってさ」
「は?」
「あ、もちろんお前達が迷惑じゃなければだけど。ほら、新学期になってから顔出してなかったし。いいかな?」
「そりゃオレはいいですけど……。話はそれだけなんスか?」
「ああ。こんな時間に悪いなゴールド。じゃあ勉強頑張れよ!」
ゴールドがあ、と思う間もなく電話は切れた。暗くなった携帯の画面をしばらく見つめていたゴールドは、溜息をついてベッドに再び寝転がる。出来ることならレッドが在籍するマサラ大学に行きたいとは思う、その為には受験を乗り越えなければいけないのだ。それは分かっているのだけれど、それでもゴールドは「頑張りたくねえなあ」と呟いた。