school days : 034
別に嫌いじゃないけれど
「相変わらずすげえよなあ、お前の人気は。毎年大変だろ、家まで持って帰って来るの」「……これでも去年よりはマシだ」
お帰りの後に続けられたブラックの言葉に、紙袋を置いたラクツはこう答えた。実際去年よりは大分数が減ったのだ。プラチナとつき合っているという噂がこんなところで役に立つとは意外だった。彼女とつき合っているのかと誰かに訊かれれば、ラクツはきちんと否定するつもりではいる。しかし、尋ねて来る者があまりいないのだ。面と向かって自分に訊いて来たのはペタシくらいだった。その場にはヒュウもいたけれど、わざわざ周りに吹聴する性格ではないことはよく知っている。ペタシも事の真相が知りたかっただけのようで、ヒュウと同じく他の人間に言って回ることはしなかった。そんなわけで、ラクツがプラチナとつき合っているというその他大勢の誤解は未だに解かれていないのだ。
そもそも何故こんな噂が広まったのかがラクツには分からなかった。別に2人でどこかに出かけたわけでもないし、そういった雰囲気になったことも一度としてない。それなのに自分と彼女はお似合いのカップルだと周囲には思われている、それが不思議で仕方がない。誤解されたままでも別に不都合はないので、ラクツは何も言わないことにしようと思っている。
だけどそれでも、自分にプレゼントを贈る女子は完全にはいなくならなかった。ユキなどがその主な例で、緊張した面持ちではいと渡して来た。正直に言えばヒュウやペタシ、そして家族のようにおめでとうの言葉だけでもう充分過ぎるのだけれど、それを口に出すことはしなかった。わざわざ自分の為に用意してくれたのだ、流石にその気持ちを無碍にするのはいくらラクツでも心苦しいものがある。そんなわけで、ラクツは自分に贈られたプレゼントを捨てずに毎年きちんと持って帰っているのだ。
「あれ?本当だな。でも、それでも7個か」
最早毎年の恒例行事となっているプレゼントの開封作業を勝手に手伝いながら、ブラックが呆れ顔で呟いた。その呟きをどこか他人事のように聞き流しながら、ラクツは無言で最後のプレゼントの包装紙を破った。今年は7個だった、例年に比べれば本当に少ないのだ。正確な数なんて覚えていないが、去年は少なくともこの2倍はあったと思う。このポケスペ学園に入って1年目、それも自分の誕生日は5月だ。久し振りにプレゼントの数が少ない誕生日を過ごせると思っていたのに、結局は中学生の頃とほとんど変わらなかった。
「お、クッキーじゃん。しかも手作りか!」
綺麗にラッピングされた小さな袋にクッキーが数枚入っているのが見えた。隣でそれを一緒に覗き込んでいたブラックが、そわそわと落ち着かない様子で口を開いた。
「……なあラクツ。これ、オレも食っていい?」
「悪いが我慢しろ。これは一応ボクへの贈り物だ」
「ちぇー……。お前、そういうとこ本当に真面目だよなあ。いや律儀っつうのか?」
どっちでもいい、と思いながらも無言で立ち上がったラクツはそのついでにクッキーを1枚取った。今年もまた食べ物系のプレゼントしかなかった、もっとも食べて消費出来るだけずっとありがたいのだけれど。
このクッキーは、確かユキからのプレゼントだったはずだ。別にこれを最初の1枚に選んだことへの他意はない、取りやすい位置にあったから選んだだけのことだ。指に摘まんだそれをざっと眺めてから口に入れる。
「どうよラクツ。それ、旨い?」
「……甘い」
羨ましいぜと呟いた兄の言葉を聞き流してキッチンへ向かった。今日の夕飯当番はラクツなのだ。残り物でパスタでも拵えてやろうと夕飯の準備の取りかかる前に、コップに入れた水を一杯飲み干した。それでもまだ、口の中には甘さが残っている気がする。ユキが焼いたクッキーの見た目は市販のものとさほど変わらない出来栄えだった。歯触りも悪くない、だけど砂糖が多めに入れられているのかかなりの甘さだった。食べられない程不味いわけではないが、ラクツにはどうにも甘過ぎるのだ。
しかし、それもそのはずだと思う。何しろラクツは自分の食べ物の好みをプレゼントをくれる女の子達に一言だって告げていないのだ。どうだったと感想を聞かれることはあるけれど、好みを訊いて来る娘は誰もいなかった。尋ねられたその度に「美味しかった」と答えていたら、いつしか”自分は何でも美味しそうに食べる”との認識が女子達の間で広まったらしい。積極的に自分に話しかけるユキですらそう思っている様子なのだ。だからラクツの好みを正確に把握している女子はただ1人だけということになる、もちろん彼女が忘れていなければの話だが。
まだあの娘と仲が良かった頃、彼女は時々自分の為にクッキーを焼いてくれた。あのクッキーは誇張抜きに美味しかった、甘さが抑えられていて自分の好みに完全に合っていた。あの日もらったクッキーの甘さと同様に、やっぱり控えめな笑顔を見せたあの日の彼女が頭に浮かぶ。あの笑顔は、ラクツの中でしばらく消えなかった。