school days : 033

5月4日
テニス部の朝練を終えたワイは更衣室で着替えていた。家に帰ってシャワー浴びたいと思いながら着替えをさっさと済ませる。

「相変わらず速いわね、ワイ」

テニス部の3人娘と呼ばれているグループのリーダー格であるユキが、ワイにそう話しかけて来る。グループは違うけれど、同じテニス部員ということもあって仲はいいのだ。お互い気が強い性格なので、そんなところも合うのかもしれない。

「だって、汗かいて気持ち悪いんだもの。シャワー室が学校にあればいいのにね」
「本当!授業の前に浴びてさっぱりしたいわよね。特に今日は、大事な日なのに……!」

抑汗スプレーを身体にしっかりと振り撒きながら、ユキが顰め面で同意する。床に脱ぎ捨てたテニスウェアを綺麗に畳み直したワイは、目を瞬いた。

「今日、何かあったっけ?」
「今日じゃなくて5月4日よ。ほら、その日は学校休みだから」
「4日……?」
「え~!?ワイ、知らないのお!?」
「嘘でしょ、5月4日だよ!?」

ユキの隣で着替えていたマユとユウコが、信じられないと言わんばかりの顔で会話に入って来る。2人の反応に若干引きつつ、それでもワイは考えてみた。5月4日は何かの記念日だったりするのだろうか?

(……ダメだわ。全然分かんない)

一応首を捻ったワイだけれど、早々に匙を投げる。何しろ本当に分からないのだ。口振りからして、3人娘にとっては相当大事な日なのだろうという察しはつく。だけどワイに分かるのはそこまでだった。元々、何かを考えるのは苦手だという自覚がある。昔から、考えることについてはエックスやトロバ達に何かと任せっきりにしていたのだ。

「……本当に分からないの?」
「うん。何の日なの?」
「そっか、知らない子もいるんだ……。何か意外!」
「教えてあげるわワイ!5月4日はね、ラクツくんの誕生日よ!!」

頬を赤らめたユキが、興奮した面持ちでワイに答を告げた。ユキの声に、他のテニス部員もきゃあきゃあと黄色い声を上げる。

「あたし、プレゼント用意したんだから!本当は当日に渡したかったんだけどね……」
「でもユキ、ラクツくんって同じクラスの人とつき合ってるって噂だけど……。ほら、あの有名なお嬢様の」
「大丈夫よ、ラクツくんって優しいから。誕生日のプレゼントなんだもの、きっと受け取ってくれるわ!」
「そっか……。ユキはすごいね、あたしは彼女がいる人には渡せないなあ」
「ねえユキ、何用意したの?」

マユにそう尋ねられて「クッキーを焼いて来たの」と声を弾ませて答えるユキを眺めながら、ワイは呟いた。

「……ふーん、ラクツくんの誕生日って5月4日なんだ」
「何か反応うす~い。あ、分かった!実はエックスくんとつき合ってるから!?」
「何でそうなるのよ?」

ワイは首を傾げた。エックスとはただの幼馴染でしかないともう何度も告げたのに、それでも時々こう言われてしまうのだ。

「だってだって、ワイってエックスくんと仲いいじゃない!ラクツくんの話題を振っても、何だか素っ気ないしさ。そんな反応するのってワイくらいだよ?」
「そんなことないと思うけど……。それに、エックスとは幼馴染よ。何度も言ってるじゃない」
「なーんか怪しいなあ。実は密かに好きだったりとかないの?……ふとした仕草に男を感じちゃったりとかさ」
「何よそれ。ないない、エックスはただの幼馴染だってば!」

ひらひらと手を振ったワイの目に、何故だか周りに集まって来た女子達が皆つまらなそうな顔をするのが映った。それはワイが照れもせずあまりにも平然としているからだが、当の本人はそれに気付くことはなかった。

「何だ、つまんなーい!」
「でもいいなあ、エックスくんみたいな幼馴染がいて!」
「え、何で?」
「だって、エックスくんって割とかっこいい顔してるじゃん。たまにしか学校来ないけど、結構女子に人気あるのよ?」
「そう!それと、あのクールさがいいとか聞いたよ?」
「ラクツくんには負けちゃうけどね~!」
「……そうなの?」

そう言ったマユに、ワイは聞き返した。最近のエックスは前よりずっと真面目に登校するようになっているのは知っている、だけど女子に人気があるなんて知らない。まったくの初耳だ。それにクールって何よ、とワイは心の中で呟いた。ワイの知っているエックスにはどう考えてもクール要素なんてない、けれど女子の目にはそう映るらしい。

「ふーん……」
「ああ、あたしもかっこいい男子の幼馴染が欲しい!」
「そうそう!それ、あたしも思うわ。ラクツくんと幼馴染だったらいいのにって考えたことある!」
「あ、私も!ラクツくんと一緒に登下校とか、皆一度は考えちゃうわよねえ!」
「あのお嬢様ですら一緒に登下校は出来ないもんね!だってあの子、車で通ってるんだし!」
「あーあ、一度でいいからラクツくんと一緒に登校したーい!」

またもやきゃあきゃあと盛り上がる部員の輪から外れたワイは、テニスウェアをハンガーにかけてロッカーにしまった。皆盛り上がってるわねとその光景を眺めていたワイは、何故だか嬉しそうな顔をしているユキに気が付いた。

「……どうかしたの?」
「ううん。何でもない!」
「そう?じゃあアタシはもう行くから。お先!」

ユキにそう告げて、ワイはテニス部の部室を出た。日差しの眩しさに目が眩んで、目を少し細めながら教室までの道のりを歩く。

(やっぱりラクツくんの人気ってすごいのね……)

3人娘を筆頭に、かなりの女子から好意を持たれていることは知っていたけれど、改めて見るとすごい人気だ。それでもワイは彼のことは何とも思っていない。確かに顔は整っているとは思う、だけどそれだけだ。……それを言ったらものすごい勢いで反論されそうだから、言わなかったのだけれど。

(それに、ファイツだってラクツくんには興味ないみたいだし。うん、別にアタシがそうでもおかしくないわよね)

うんうんと頷いてワイは歩いた、やっぱり今日は日差しが眩しいなんて思いながら