school days : 032
would you be my friend?
帰りのHRが終わるとすぐに教室を出た友人を思わず引き止めそうになってしまい、プラチナは慌てて口にしそうになった言葉を飲み込んだ。彼はこれから部活なのだ、そんな相手に待って下さいなんて言えない。しかもこれはあくまで個人的な、自分の好奇心を満たす為の質問なのだ。”ラクツさんはあの方がお好きなのですか”と未だに訊けないでいるプラチナは、ふうっと溜息をついた。別にラクツのことが好きだとか、そういうわけではない。いや好きではあるのだけれど、それはあくまで友人としてだ。彼に対しての気持ちはLOVEじゃなくてLIKEでしかないことをプラチナはよく知っている。もし自分の予想通りであると分かった暁には、ラクツの恋路を全力で応援するつもりでもいる。もっともプラチナ自身は未だに恋をしたことはないし、肝心のラクツの気持ちも訊けていないのだけれど。
(……もう行かなくては)
いつの間にか、教室に残っているのはプラチナ1人になっていた。プラチナは席を立つと、教室を足早に出た。運転手に今日は少し遅くなるとの連絡は既にしてある、しかしそれでも急ぐに越したことはない。別に隠しているわけではないのだが、何となく後ろめたい気持ちがあるのだ。
(彼らは……もう来ているのでしょうか)
目的地である家庭科室まで出来る限り急ぎながら、プラチナはこれから密かに会う約束をしている2人の男子生徒の顔を思い浮かべた。何となくだけれど、片方は自分より遅れる気がする。そしてもう片方は自分より遥かに早く来ている気がする。これから起こる重大イベントを想像して、プラチナはくすりと笑った。やっとのことで家庭科室にたどり着いたプラチナは、逸る気持ちを抑えてノックをした。予想通りと言うべきか、「開いてるぞ」という音が返って来る。やはり、もう1人の彼はまだ来ていないようだ。
「失礼します」
「ようお嬢さん。随分と早いな」
「急いで来ましたから。やはり、まだパールさんだけなのですね」
片手を挙げて挨拶をしたパールは、プラチナの言葉に溜息をついた。パールは申し訳なさそうに顔を顰める。
「悪いな、ダイヤのやつがいつも遅れて。連絡はもう済ませたのか?」
「はい。それが家の者との約束ですから」
「そうか……。なあお嬢さん、別に無理してつき合わなくてもいいんだぜ?オレにはよく分からないけど、色々忙しいんだろ?帰ってからも勉強してるって前に聞いたし」
「確かにそうですが、別段問題ありません。勉強は好きでしていることですし、今はこちらの方が重要だと思っていますから」
ポケスペ学園に通うにあたって、プラチナはいくつかのことを約束させられた。1つは登下校は車に乗ってすること、2つ目が遅れる場合は必ず連絡をすること。そして3つ目が、毎日勉強をすることだった。もっともプラチナは元々勉強好きなので、その点はまったく問題なかったのだが。
「勉強は好きでしているかあ……。何ていうか、お嬢さんらしいよな。とてもじゃないけどオレには無理だ」
「そうなのですか?」
「ああ、オレは家に帰ってまで勉強なんてごめんだ。やっぱり走ってる方がいいや」
「そういうものですか……」
プラチナが呟いたその時、廊下を歩く誰かの足音が遠くから聞こえた。足音だけでパールは誰が来たのか分かったのだろう、さっと立ち上がってドアをがらりと開ける。それからたっぷり15秒はかかって、男子生徒がゆっくりとした動作で家庭科室に入って来た。大事そうに鞄を抱えている。
「あ~。パールにお嬢様。随分と早いね~」
「ダイヤ、いやダイヤモンド!あのな、お前が遅いんだよ。わざわざドアを開けて待ってたっていうのに……」
パールが呆れ顔で言いながら、ダイヤモンドから預かった家庭科室の鍵を投げて寄こした。綺麗な放物線を描いて飛んだその鍵を何とか受け取ったダイヤモンドは、プラチナを見てにこりと笑った。
「お嬢様、ごめんね。オイラのこと、長い間待ってたでしょう?」
「大丈夫です。パールさんと話していましたので」
「そっかあ。じゃあさっそくだけど、食べよっか~」
ダイヤモンドはゆっくりとした動作で鞄から箱を出すと、やはりゆっくりとした動作で箱についているテープを剥がした。今日は何が出て来るのだろうと、プラチナは固唾を飲んでその光景を眺める。
「今日はねえ、マフィンにしてみたんだ~」
「まあ!!美味しそうですね!」
両手を合わせたプラチナが、興奮を隠しきれない声で言った。実際ダイヤモンドが作ったお菓子はとてつもなく美味しい、舌が肥えているプラチナが素直に認める程なのだ。味だけでなく見た目も可愛らしい。
「それに、この色とりどりの装飾……。素敵です!」
「うん、今日はお嬢様が来る日だからね~。いつもより豪華にしてみたんだけど、気に入ってもらえたんなら良かったよ」
「相変わらず嬉しそうだな、お嬢さん」
苦笑しながら言ったパールの言葉に、プラチナは我に返った。慌ててコホンと数回咳払いをしてごまかす。はしゃぐなんてみっともないですぞと苦言を呈するセバスチャンの声が脳裏にはっきりと聞こえた。
「そ、それよりいただきましょう!せっかくダイヤモンドさんが作って来て下さったのですから!」
「はは、そうだな。はいお嬢さん、おしぼり」
「お嬢様が最初に選びなよ~」
「ありがとうございます」
2人にお礼を言ったプラチナは、一番奥のカラフルなチョコレートがまぶしてあるマフィンを選んだ。その後にパールが選んで、最後にダイヤモンドがマフィンを手に取った。3人で同時に「いただきます」と声に出して、3人仲良く口に入れた。
「美味しいです!」
「やっぱりダイヤの作ったお菓子は美味いよなあ……!」
「えへへ……。ありがとう2人共~」
二口程でもう食べ終わったダイヤモンドは、照れ臭そうに頬を掻いた。残りのマフィンも3人で仲良く分け合う。今度はアーモンドが散らされたマフィンを口にしたプラチナは、やっぱり彼の作るお菓子は美味しいと素直に思った。腕だけならベルリッツ家のシェフにだって負けていない。最後のひと口を飲み込んで、上品に濡れお絞りで口を拭いた。
(もう……。もう、半年程になるのですね)
プラチナがこうして家庭科室にお忍びで寄るようになって、約半年が経つ。放課後に本を借りようと図書室に寄った帰りのことだった。たまたま家庭科室の前を通りかかったら、ドアの隙間から甘い匂いが漂って来たのだ。好奇心に負けてそっと中を覗いたところ、見知らぬ男子生徒2人が何かを口にしているのが見えて。それはどう見たってケーキで、プラチナは驚きで声を上げた。慌てて口を覆ったけれど、呆気なく2人に気付かれることになってしまった。甘い誘惑に負けてそのケーキを食べたプラチナは、その美味しさにそれは驚いた。それからというもの、プラチナは料理部のダイヤモンドが作ったお菓子をこうしておすそ分けしてもらっている。今では毎月の第一月曜日が待ち遠しくて仕方がないくらいなのだ。
「お嬢さん、黙り込んでどうしたんだ?」
「お2人とここで初めて会った日のことを思い出していたのです」
「ああ、あれは驚いたよなダイヤ。誰もいないと思ったのに、まさか覗かれるなんてなあ」
「しかもそれが、あのお嬢様だもんね~。オイラも驚いたよ~」
「……だけどお嬢さん、今更だけどいいのか?」
苦笑いしながらダイヤモンドと話していたパールが、神妙な顔付きで問いかける。
「何がですか?」
「いや……。ここでオレ達とこうしててさ。そりゃあオレもダイヤも構わないけど、お嬢さんは違うんじゃないのか?」
パールの言葉に、プラチナは疑問符を浮かべた。彼はいったい何が言いたいのだろうか?さっぱり意図が掴めない。
「……質問の意図が分かりませんが」
「あー。だからさあ……」
言いにくそうに頭を掻いたパールは、ちらりとダイヤモンドを見た。そして再びプラチナに向き直り、やっぱり言い辛そうに言葉を続けた。
「お嬢さんのクラスにいるだろ?お嬢さんと同じくらい頭のいいやつ。……そいつとお嬢さん、つき合ってるんじゃないのか?」
「……はい?」
プラチナは目を瞬かせた。パールにそう言われたことで、頭が混乱したことを感じ取る。
「つき合う……。交際のことですか?」
「そう、その交際。ほら、確か剣道部の……」
剣道部、頭がいい……。パールに言われたキーワードを組み立てるプラチナの頭に、とある人物の姿が浮かび上がる。
「まさか……。ラクツさんのこと、ですか?」
「そう、そいつ!」
パールはやっと名前を思い出したと言わんばかりにぽんと手を叩いた。プラチナはフリーズした頭でパールを見つめる。ダイヤモンドに目線を移すと、彼もまた自分を見つめ返しているのが分かった。
「で、どうなんだよお嬢さん」
「……どうなの、お嬢様?」
「彼とは、ただの友人なのですが……」
唖然としながらも、プラチナは何とかそう返事をした。ラクツのことは好きだけれど、そういう対象で見たことは一度もないのだ。
「本当に?」
「はい。彼は、私の唯一の友人です」
「…………え?」
せっかち過ぎて普段なら即座に返事をするはずのパールが、珍しいことにたっぷり10秒はかかってから言葉を発した。信じられないと言った顔をしている。
「どうかしたのですか?」
「いや、あのさあ……」
「何言ってるの~お嬢様。オイラ達、もうとっくに友達でしょ~?」
言いよどんだパールに代わってダイヤモンドが繋げた。笑顔で、けれどどこか淋しそうに言葉を紡ぐ。そしてプラチナは、それに気付くことはなかった。
「で、ですが……。お2人には、友人と言われたことがなかったので……」
「あのなあお嬢さん、そういうもんはわざわざ言わなくたっていいんだよ」
「そうなのですか?」
「そうなの!」
パールははあっと溜息をついた。その顔は呆れを通り越して、最早脱力と言っていい顔だった。
「そう、ですか……。ですが、改めて言わせて下さい」
震える声で、プラチナはそう請う。正確には今日ではないけれど、プラチナにはまた友人が出来たのだ。
「ダイヤモンドさん、パールさん。私の、友人になっていただけますか?」
プラチナの言葉に、ダイヤモンドとパールは揃って頷いた。プラチナは胸に手を当ててそっと息を吐く。今日の出来事を、もう1人の友人に報告しなければと思った。