school days : 027

幼馴染
「ねえファイツ、本当に大丈夫?ほんっとうに大丈夫!?」
「……うん、大丈夫だよ」

出迎えるなりぎゅうっと抱き付いて来たワイに、ファイツはこう答えた。昨日と今日と、何だか「大丈夫」だと言ってばかりの気がする。ホワイトに負けず劣らず心配してくれる2人の親友に、ファイツは苦笑した。それと同時に罪悪感を感じてしまう。2人共、学校が終わったらお見舞いに行くとメールを送ってくれたのだ。しかも部活を休んでまで、こうして来てくれたわけで……。

(うん、もう無理はしないようにしよう)

これからも勉強は続けるけれど、睡眠時間を無理に削ってまで勉強するのは止めようと固く誓った。もちろんそれはホワイトと約束したからだというのもあるが、何よりも自分を心配してくれる彼女達をこれ以上心配させたくないと思ったのだ。

「ファイツ、これ!お土産ったい!」

サファイアが紙袋を持ち上げながら言う。ファイツが気に入っている、駅前のカフェの紙袋だ。

「それを言うならお見舞いよ。お土産じゃ意味が全然違うじゃない」
「あ……。そうったいね」

恥ずかしそうに頬を掻いたサファイアにワイがすかさず突っ込みを入れる。2人のやり取りを見たファイツは笑った、まるで漫才だ。

「わざわざありがとう。とりあえず、上がって?」
「はーい!お邪魔します!」
「お邪魔するったい!」

2人仲良く声を揃えて、ファイツの後にサファイアとワイが続く。もう何度か遊びに来ている2人は、迷うことなく洗面所に直行した。その間にファイツはお見舞いの品をテーブルの上に置いた。昨日今日とぐっすり眠ったことが身体に良かったのだろう、もうすっかりだるさはなくなっていた。

「あれ、ホワイト先輩は?」

手を洗い終わってリビングに戻って来たワイが、そういえばと辺りを見回しながら尋ねる。ワイもサファイアも、ファイツが1学年上のホワイトと2人暮らしであることを当然知っているのだ。お客さん用のカップを並べながらファイツが答えた。

「お姉ちゃんは演劇部の練習でいつもより遅くなるって」
「そう、大変ね。……あ、ホワイト先輩の分もちゃんと買って来たから」
「そうったい!」
「ありがとう!お姉ちゃん、きっと喜ぶよ」
「ねえ、ファイツとホワイト先輩って本当仲がいいわよね。従妹だって聞いたけど、言われなければ皆姉妹だって思うんじゃない?」
「うん……。お姉ちゃんと出かける時とか、よく言われるよ」

ファイツ自身がホワイトをお姉ちゃん呼びすることもあり、自分達が姉妹ではなく従妹だと知っている人間はあまりいなかった。それこそワイとサファイアくらいではないだろうか?おとなしいファイツは、他のクラスメートと積極的に話をしない。当然こんな話もしないのだ。

「ああ、いいなあ!アタシもホワイト先輩みたいなお姉ちゃんが欲しかった!」
「あ、あげないよ!!ちょっと心配性だけど、すっごくいいお姉ちゃんなんだから!」

冗談だと分かってはいても、ファイツはこうやって真面目に返してしまう。本当にいいお姉ちゃんだと思う、今日だってわざわざファイツの昼食を作り置きしてくれたのだ。

「それは、ファイツが心配かけるからったい!」
「うん、アタシも同意見!でも、アタシだって心配したわ。もちろんサファイアもね!」
「う……。……は、はい」

痛い所をつかれたファイツは思わず敬語になった。先程感じた罪悪感がどんどん大きくなってしまう。

「ねえファイツ、もう絶対に無理しないでね?今回は眩暈で済んだけど、次はそれじゃあ済まないかもしれないんだからね!」
「約束するったい!」

ずいっと詰め寄られて、ファイツは思わず後ずさった。気の所為だろうか、何だか2人の姿が大きく見える気がする。

「お、お姉ちゃんにもそう言われたよ……」
「それだけファイツが心配なのよ。……ね、返事は?」
「……うん。約束する……。し、します」
「絶対ったい!」
「はい。お姉ちゃんとも約束したけど、2人にも約束します……」

ファイツはこくんと頷いた、何度も何度も頷いた。その様子を見て、今度はサファイアが零す。

「あたしも、ホワイト先輩がお姉ちゃんやったらって思うとよ」
「あ、やっぱりサファイアもそう思う?」
「ダ、ダメだってば!」

涙目になるファイツを見て、ワイもサファイアもおかしそうに笑った。反応がいちいち可愛いので、ついこうしてからかってしまうのだとか。

「まあ冗談は置いといて、本当にいいお姉ちゃんよね。サファイアだって、お父さんと仲いいんでしょう?」

アタシは2人が羨ましいと呟いたワイに、ファイツはそっと尋ねた。

「ワイちゃんは、お母さんとはまだ?」
「うん。アタシ、お母さんのことまだ赦してないから。どう考えたって、あれはお母さんが悪い!」

ファイツはサファイアと顔を見合わせた。ここにいる3人は皆1人っ子なのだけれど、ワイとサファイアはファイツのように歳が近い親戚がいないのだ。お互いの家庭の事情は、3人共それなりに把握している。幼馴染のエックスを悪く言ったことが大きな原因らしいのだが、とにかくワイは現在進行形で絶賛反抗期中なのだ。

「エックスのことを悪く言うなんて、いくらお母さんでも赦せない……。何で皆、今のエックスを認めようとしないのよ!好きでああなったわけじゃないのに!」

ぐっと拳を握って歯噛みするワイは、視線に気付くとふと我に返った。お見舞いに来たのにこんな話をしてごめんなさいと謝るワイに、ファイツはいいよと笑ってみせる。

「はいはーい、質問ったい!エックスとはどうなってると?ワイ!」

ワイにルビーとのことでいつもからかわれるサファイアが、お返しとばかりに意地悪く尋ねる。やっぱり年頃の女の子が集まると、こういう話になってしまうのは仕方のないことなのだろう。

「え。何が?」
「だから、エックスとはどうなのかって訊いてるったい!」
「ああ……。何だ、そんなこと?」

サファイアの意図に気付いたワイは、何でもないことのように言った。自分が思った反応をしないワイを見たサファイアがむくれる。実のところ前から気になっていたファイツも、サファイアと並んでワイの答えを待った。仲がいいと知っているが、実はこっそりつき合っていますなんて言われても全然不思議ではない。前に尋ねた時は否定されたけれど、今はどうなのだろう?

「どうなのかも何も……。前にも言ったけど、本当に何でもないから」
「そ、そうなの?」
「そう!エックスはただの幼馴染よ、幼馴染」

幼馴染。その単語を聞いたファイツは、ぽつりと零した。

「ワイちゃんって、エックスくんと仲いいよね」
「んー?まあ、そりゃあねえ。だって幼馴染だし、おまけに家も隣だし。自然と仲良くなるわよ」
「幼馴染……」

ファイツは小さな声で呟いた。極々小さな声だったので2人には気付かれなかったらしい。そんなファイツには気付かずに、サファイアとワイはお喋りを続けていた。けれどファイツには、2人の声なんてまったく入って来なかった。

(幼馴染、か……)

幼馴染。そう、幼馴染だ。エックスとワイは幼馴染で。そしてファイツだって、ラクツの幼馴染でもある。だけど、ファイツはラクツが苦手なのだ。対してエックスとワイは本当に仲がいいと思う。お互い遠慮がないというか、一緒にいて違和感がないというか。2人は幼馴染だと聞けば、きっと誰もが納得するだろう。けれど、ラクツと自分はどうだろうか。同じ幼馴染なのに、エックスとワイとはあまりにも差があり過ぎる……。

「……ファイツ、ファイツ!」
「え?」
「え、じゃないったい」
「そうよ、そろそろお見舞いのプリンを食べようかって話してたのに。さては聞いてなかったのね?」
「ご、ごめんね。今お茶の用意するから!」

慌ててテーブルへと向かいながら、けれどファイツは幼馴染の彼を思った。

(ワイちゃんなら、エックスくんにすんなりありがとうって言えるんだろうな……)

ラクツの幼馴染なのにお礼すらも言えない自分を思うと、ファイツは何ともいえない淋しさを感じた。