school days : 022

エックス、頑張る
エックスは基本的に出不精である。欲しい物があれば通販で事足りるので、買い物にもあまり行かない。そんなわけで、学校に行く以外で外出するなんてことは滅多になかった。おまけにエックスは今や自他共に認める人間嫌いで、近所の人にはそのことを知られていた。そんなエックスの家に好き好んでやって来る人間は……実は、ちゃんといたりする。

「ちょっとエックス!!出て来なさいよ!」

そんな物好きな人間の、幼馴染の1人であるワイの声に、エックスは溜息をついた。ワイは部屋の前にいるのではない、ちゃんと家の外にいるのだ。しかもこちらはしっかり布団を被っているはずなのに、何故頭に響くような大声を上げるのか。まあ無駄だろうなと諦めつつ、エックスは布団を被ったままお決まりの一言を投げかけた。

「ワイちゃんうるさい。今何時だと思ってるの?」
「朝の7時でしょ!」

ワイはそう言いながら、今度は玄関のドアを力任せに叩く。ドン、と力強い音がエックスの耳に届いた。このままだとドアが壊れるかもしれないと割と本気で危惧したので、エックスは仕方なくベッドから出た。

(オレより力あるだろ、絶対)

深い溜息をついて、エックスは玄関のドアを開けた。にこにこと笑っているワイの顔が目に映る。自分はパジャマ姿で、彼女はきっちりと制服を着ていた。

「おはよう、エックス!」
「……おはよう。こんな朝早くから叫んで、近所迷惑だね」
「う……」

声が大きいという自覚はあるのか、少し決まりが悪そうにワイは口ごもった。ワイははきはきと喋るので、声の通りがいい。だからエックスには尚更大きな声に聞こえるのだ。

「分かったわ。……悪かったわよ」
「……ん」

ワイは先程より小さな声で返事をした。エックスにしてみれば彼女の声量はまだかなりのものだったけれど、それでもさっきよりはずっと小さくなったのでとりあえず妥協することにする。

「で、こんな早くから何?」
「エックスと一緒に登校しようと思って」
「…………やだ」

たっぷり10秒は沈黙した後、エックスはワイの申し出をばっさりと断った。自分のその答を聞いた途端、笑顔だったワイの顔に青筋が浮かんだのは見なかったことにしようと決めた。

「何で?」
「だって、やだから。そもそもワイちゃん、朝練はどうしたんだよ。雨降ってないだろ」
「自主的に休んだの」

そう言うワイは、まだ笑顔を見せる。にっこり笑ったその顔がエックスは逆に怖いと思った。いわゆるずる休み、なんて彼女らしくない。

「何で?」
「だって、せっかくエックスがやる気になってくれたんだもん」
「……は?」

意味が分からないと、エックスは聞き返した。自分がやる気になった、なんて寝耳に水だ。

「何それ。何のこと?」
「ほら。昨日、丸1日学校にいたでしょ?」

理由を聞いて、ああと納得した。確かに昨日、エックスは珍しく朝から登校して夕方に下校した。早退もしなかったのは久し振りだった。

「誰から聞いたの、それ。昨日はすぐ部活に出たんだろ?」
「ユキが言ってたのよ。エックスくんが珍しく帰りのHRまでいたって」
「……誰だっけ、その人」
「キミと同じクラスでしょうが!おまけに去年もそうだったでしょう!テニス部のユキよ」

エックスは首を捻った。2年生になってまともに授業に出たのは昨日が初めてで、当然クラスメートの顔なんぞまるで覚えていないのだ。もっとも、最初からその気などまったくなかったりするのだが。

(……だって、面倒だし)

人より記憶力はいい方だと自負してはいるけれど、クラスメートの顔を覚えたところで役に立つとも思えなかった。エックスは基本的に何をするにも無気力なのだ。

「さあ……。オレ、去年はほとんど保健室登校だったし」
「そうね、そうだったわよね。……でも、今年は違うんでしょう?」
「まあ、去年よりは頑張ろうかなとは思ってるけど。一応留年するつもりはないし」
「そうよ!エックスだけ留年、なんてことになったら赦さないんだから。約束、忘れてないわよね?5人で一緒に卒業するんだからね!」
「…あのね、ワイちゃん。3人とは違う学校なんだけど?ワイちゃんこそ、もしかして忘れてるの?」
「失礼ね!いくらアタシだって憶えてるわよ!!」

エックスにワイ、そしてティエルノにトロバにサナ。自分達5人は幼馴染なのだ。ティエルノ、トロバ、サナはエックス達とは違う高校に通っているのだけれど、今でもちゃんと交流があったりする。率先して予定を立てるのはワイで、エックスはそれにつき合ったりつき合わなかったりするのだが。

「中学の卒業式で誓ったでしょう?”アタシ達5人、一緒に高校を卒業する”って。留年したらその約束、破っちゃうことになるんだよ?」
「無理やり約束させたのはワイちゃんだろ。オレの腕を引っぱってさ」
「細かいことは気にしない!でも良かった、やっぱり忘れてなかったね」
「……まさか。オレ、ワイちゃん程忘れっぽくないしー」
「ちょっとエックス、さっきから失礼過ぎない?」

ワイはむくれた。けれどそれもわずかな時間だけで、すぐに笑みを見せる。天地が引っくり返っても自分には出来ない表情だ。

「さあ行こ、エックス!」

ワイはいつもこうなのだ。どれ程怒っていても、最後にはこうして自分に笑顔を見せてくれる。他の3人だって幼馴染だけれど、ワイ程にはエックスの家を訪ねて来ない。もちろん前より離れて暮らしているからだとエックスは知っている、だから淋しいとは思わない。だけどもしワイが訪ねて来なくなったら、きっと自分は淋しいと思ってしまうのだろう。そんな彼女は、部活をサボってまでこうして自分に会いに来てくれたわけで……。

「…………」

差し出されたその手を、エックスは握らなかった。代わりにバタンとドアを閉める。当然またもや怒り出したワイに、溜息混じりに告げた。

「ワイちゃん、勘違いしてる」
「え?」
「オレは、ワイちゃんと違って誰かに見られながら着替えるなんてごめんだ。だから閉めないと制服に着替えられない。……一緒に学校、行くんだろ?」
「……う、うん!」

ワイの声が弾んだのは見なくても分かった。着慣れたパジャマを脱ぎ捨てて、ハンガーにかけてある制服を手に取った。のろのろと着替えながら、はあっと溜息をつく。正直面倒だとも思ったけれど、確かに留年するわけにはいかないし。

(しょうがない、頑張るか)

数分後、エックスは扉を開けた。にこにこと笑っている、実に嬉しそうなワイの姿がエックスには眩しかった。

「どういう風の吹き回し?ほんっとうに気まぐれなんだから!」
「……まあ、オレが自分の意思で決めたことだし。ワイちゃん、そう文句を言いながら嬉しそうだよね」
「当たり前じゃない。ほら行くわよ!」

ワイ程には早く歩かないけれど、それでもエックスは足を前に進めた。時々立ち止まって振り向く幼馴染のその姿に、かすかに笑みを浮かべながら。