school days : 013

いかり
「ラクツ、あのプラチナさんとつき合ってるって本当だすか?」

放課後練が終わった剣道部の部室でそんなことを言い出したペタシに、ヒュウは内心でガッツポーズをした。本当に「よくやったペタシ」と言ってやりたい気分だ、言わないけど。あのお嬢様とつき合っているのか訊いて来てやる。ユキにそう言ったのはまさに自分なのに、ヒュウは未だに聞き出せていなかった。ヒュウはC組でラクツはA組だ。クラスが違うこともあるけれど、日頃から「女なんて」と口にしている身としては、そっち方面の話題は何とも口にし辛いことだったのだ。
それでも約束は約束だからと、それとなく機を窺っていたヒュウはペタシの言葉に息を吐いた。期限があるわけではないけれど、このままだとユキから催促の電話がかかって来そうで気が重かったのだ。ヒュウ自身が訊いた訳じゃないけれど、結果が分かればいいだろう。着替える手を止めてまでラクツを見るペタシにつられるように、ヒュウもラクツが口を開くのを待った。固唾を飲むペタシを見ていると、こちらまで緊張してしまう。

(……何だか試合の前みてえだ)

部室にはヒュウ達以外誰もいなかった。だからだろうか、沈黙がやけに重く感じられて。そんな自分達を見やって、既に着替え終わっていたラクツがようやく口を開いた。

「彼女とはただの友人だ。それ以上でも以下でもない」

ラクツの声が3人しかいない部室に響く。簡潔に述べられたその答に、再びヒュウはホッと息を吐く。確かにラクツは友人と言った、つまりそれはつき合っていないというわけで。そして安堵したのはペタシも同じだったらしい。

「本当だすか!良かっただす……!!」
「何がそんなに嬉しいんだよ。お前はいちいちオーバーなんだよ」

全身で喜びを表すペタシに、ヒュウは呆れ混じりに言った。いつだってペタシはこうだ、何とも分かりやすい反応をする。裏表がないとでも言えばいいのだろうか。

「だども、プラチナさんはすげえ美人だす。だからオラ、ラクツがついにつき合ったのかと思って……」
「女、女って……。お前は本当そればっかだな」
「そりゃあ、あんな美人がいたら気になるだすよ」
「誰に対してもそう言ってるじゃねえか、お前」
「プラチナさんは本当に美人でねえか!ヒュウだってそうは思わないんだすか?」
「別に。あの女、オレにはお高く止まって見えるしな。それよりお前、早く着替えろよな」

慌てて着替えを再開したペタシを見ていたヒュウは、ふと自分が見られていることに気が付いた。横を見れば、ラクツが腕を組んで自分達2人をじっと見ている。

「何だよ?」
「いや。安心したか?ヒュウ」
「は?……何にだよ」

思わずそう言ってから、ヒュウは内心しまったと舌打ちした。今自分は嘘をついた、確かにラクツの返事に安堵したのにそ知らぬ振りをしてしまった。ラクツがプラチナとつき合っていないと言う事実に、確かにヒュウはホッとさせられたのだ。
認めたくないけれど、ラクツは自分より剣道が強い。そんな男に恋人が出来れば、部活の方は疎かになるのではないか。いくらこの男が剣道にストイックだからと言っても、女が出来れば変わるのではないか。そう思うと、ヒュウはどうにも赦せない気持ちになる。自分より強いくせして結局は女に負けるかもしれないと思うと、どうしてもイライラしてしまうのだ。
だけどラクツは否定したわけで、つまり自分の心配は今回も杞憂に終わったわけで。確かに安心したのに、捻くれた性格が見事に邪魔をした。お前はオレより強いなんて言葉、とてもじゃないけど素直に言えるわけがない。

(ラクツのやつ・…。何も言って来ねえ)

ヒュウは時々、目の前のこの男のことを怖いと思う。初の練習試合でラクツに負けたペタシは尊敬していると公言しているが、ヒュウは違う。ヒュウにとってラクツは歴としたライバルなのだ。剣道はこいつに負けたくないと思うけれど、それでもヒュウがラクツに勝てたことはない。
だけどヒュウは、それとは関係なしに怖いと思った。異様に鋭いラクツのことだ、きっと自分がついた嘘だって見抜いているに違いないのに。腕組みをしたまま何も言って来ないこの男をヒュウは、やっぱり少しだけ怖いと思った。何だか心の底を見透かされたような気がするのは気の所為だろうか?何故かは分からないけれど、特にこの男には知られたくない。

「……何だよラクツ、何か言えよ」
「いや、ボクが言ったところで意味がないだろう」
「は?」

意味が分からないと、ヒュウはラクツを睨んだ。時折こいつはこんな風に、勝手に話を切り上げるのだ。

(自分だけで話を完結させやがって……)

イライラが募るヒュウの脳裏に、ふとユキの顔が浮かんだ。プラチナとつき合っていないという事実にきゃあと悲鳴を上げて喜ぶ、そんな女の姿が簡単に想像出来る。そう思うと、ヒュウは先程より更にイライラした。

「ラクツ、ヒュウ、おまたせだす!」
「ああ。帰ろう、ヒュウ」

舌打ちで返して、ヒュウは2人に続いて部室を出た。オレンジに染まる通学路を、2人から少し離れて歩く。綺麗な夕焼けだなんてのんきに笑うペタシに続いて空を見ても、ヒュウのイライラは晴れなかった。
ラクツをみると、何故だかこんな風にイラつくことがある。正直殴ってやりたいと思ったこともある。だけど確かにラクツはヒュウの友達で、やっぱり友達を殴るわけにはいかないから。その代わりにヒュウは、思い切り地面を蹴ってやった。桜の花びらが、蹴られた土に混じって数枚舞った。