school days : 012
赤・緑・青
”信じられない。バカじゃないの、あんた”。ブルーにそう言われて、レッドは思わずムッと眉を寄せた。話し終わった途端にこれだ。いくら何でも酷過ぎやしないかとも思ったけれど、口には出さない。出さないけれど、心の中では好き勝手言ってやる。開口一番”バカじゃないの”なんて、あんまりな言い様じゃないか?「なあに?アタシに文句でもあるの、レッド」
「……別に」
いや実際はあるのだけれど、思いっきりあるんだけど。そう思いつつも、レッドは言わなかった。正確に言えば”言えなかった”が正しい。どうせ自分じゃ口でブルーに勝てないのは分かりきっていた。それはもう、今までの経験で嫌と言う程思い知らされている。それでもその物言いに少し腹が立ったレッドは、ブルーの隣で相変わらず本を読んでいるグリーンをちらりと見た。自分1人ならダメでも、グリーンが一緒なら希望はまだある。
(あ、ダメだ)
グリーンと目が合ったレッドは静かに敗北を悟った。日頃から表情をあまり変えないグリーンとはもう長いつき合いになる。その目が「諦めろ」と言っているのがはっきりと分かった。目付きが悪くて分かりにくいのだけれど、つき合いが長いレッドにはちゃんと理解出来た。そして、ブルーもグリーンと同じくらいの長いつき合いになるわけで、それはつまり……。
「ダ・メ・よ、グリーンに頼っちゃ。あんた1人でアタシに口で勝とうだなんて、100年早いわよ」
「げっ!!」
「何よその顔。アタシが分からないとでも思ったの?」
「何でオレが考えてることが分かるんだよ!オレ、口に出してないよな!?」
「……レッド。お前の考えていることは丸分かりだ」
「そうそう、レッドは表情に出し過ぎなの。もっと上手く隠さなくちゃ、このブルーちゃんは欺けないわよ。アタシ達3人、ただでさえつき合い長いんだから」
「ブルーが鋭過ぎるんだよ!」
どうせオレは単純だよと呟いて、レッドはコーラをひと口飲んだ。氷が解けて少し味が薄くなってるななんてぼんやりと思いながら、眼前の2人を見つめる。今日は4月にしては暑いはずなのに、何だか寒いと思うのは何故だろう。レッドの思い違いでなければ、特にブルーから冷ややかな視線を感じるような……。
「で、レッド」
「……何だよ」
「もう1回念の為に訊くけど、出かけたのよね?先週、カスミと」
「ああ。ほら、隣町のスポーツ店。スポーツグッズが安売りしててさ、1人で行ってもつまんないし。誘おうと思ったけど、グリーンもブルーも電話に出なかったから」
「で?ちょうど水泳部だったカスミが、これまたちょうど捕まったから一緒に出かけたと。……2人きりで」
「何だよその言い方。ただ買い物しただけだぜ?」
「本当に買い物しただけなの?」
「いや、帰りにあいつのリクエストでクレープ食べたけど」
「……そう」
こめかみを押さえて俯いたブルーにレッドは首を捻った。もしかしてブルーにも分からないのかと一瞬考えたけれど、すぐにその考えを打ち消した。悔しいけれど、自分よりブルーの方が圧倒的に鋭い感性を持っているのだ。ついでにそれはグリーンにも同じことが言える。あまり話さないけれど落ち着いているグリーンにはかなりの人望がある。相談を受けることも多いらしく、実に的確なアドバイスをくれると評判なのだ。そしてそのグリーンは、ブルーの隣で静かにコーヒーを飲んでいた。
(これは、訊いても教えてくれなさそうだな)
グリーンは相変わらず何も言わない。けれど確かなサインを受け取って、レッドは途方にくれた。重苦しい雰囲気に耐えかねて、意味もなく回りを見回してみる。次の講義が始まるまで後少しだからなのか、食堂は人がまばらだった。
先週、レッドはカスミと出かけた。レッドとしては中々悪くない休日を過ごせたと思ったのに、カスミは何となく元気がないように見えたから。もちろんどうしたのかと訊いたけれど何でもないのの一点張りで、カスミは結局教えてはくれなかった。気になったレッドは、こうしてグリーンとブルーに何でカスミは元気がなかったのか分からないと相談したのだ。この2人なら理由を教えてくれると思ったのにブルーはこの調子だし、グリーンは言葉少なだ。
「……レッド」
「は、はい」
ブルーの冷ややかな声に、レッドは思わず背筋を伸ばす。何故か冷や汗が流れた気がした。
「自分1人で考えなさい」
淡々と告げられた静かな声に、レッドは無言で頷いた。欲しい答えはくれなかったけれど、頷くしかなかった。グリーンが何も言わないということは、きっとそれが正しいからなのだろう。グリーンがカップを置いた音が、レッドにはやけに大きく聞こえた。
「それじゃあ、アタシ達は行くから。また会いましょ、レッド」
「ああ。悪かったな、2人共」
飲みかけのカフェオレをぐいっと飲み干して席を立ったブルーに続いてグリーンも同調する。すれ違いざまにポンと肩を叩いて「すまないな」と呟いたグリーンに、レッドは「いやいいよ」と言ってみせた。強がりだと自嘲しながら出口に向かうグリーンとブルーをレッドは見つめた。次の講義が一緒だからという理由で連れ立って出て行く2人の後姿が、何となく大人びて見えるのは何故だろう。
「……分からないなあ」
頭を絞って考えたけれど、レッドはカスミが元気がなかった理由がてんで分からなかった。分からないからこそ2人に相談したのに、ブルーもグリーンも教えてくれなかった。1人で考えろと、そう言われた。
だけどやっぱり分からなくて、考えても分からなくて。マサラ大学に入れた時は確かに3人一緒だったのに、何だか1人だけ取り残された気がする。憂鬱な気分になったレッドは、はあっと深い溜息をついた。レッドだって次の講義がある、だけど中々立ち上がる気にはなれなかった。