school days : 011
いつものこと
また始まったわと、教室に足を踏み入れたホワイトは内心で溜息をついてその光景を眺めた。同じクラスの男子生徒に、隣のクラスの女子生徒がお説教をしているのだ。演劇部の朝練を終えて3年B組に足を踏み入れる前からそうじゃないかと思っていたけれど、今日もその予想は裏切られることはなかったらしい。新学期が始まって数日が経ったけれど、最早お決まりの光景と言っていいのではないだろうか。「ちょっと!話を聞きなさいってば!」
「へーへー、ちゃあんと聞いてますよ学級委員長様ー」
「真面目に聞いてないじゃない!」
そっぽを向いてそう答えるゴールドに、ずいっとクリスタルが詰め寄る。今日はいったいどんな理由で言い争ってるのかとホワイトは気になった。隣のクラスの女子にまで片っ端から話しかけた件がついにクリスタルの耳に入ったのだろうか、それとも昨日掃除をサボって部活に行ったことか。はたまたそれとは関係なしに、まったく違う件かもしれない。ホワイトに断定は出来なかった。何しろ思い当たる件が多過ぎるのだ。まあ多分ナンパじゃないかしらと当たりをつけて、ホワイトは頬杖をついた。
「だいたい、何でこう毎日毎日お前が来るんだよ。うちのクラスならともかく、A組だろお前は」
「しょうがないじゃない!チェレンくんは先生に呼ばれてるし、隣のクラスの男子にしつこくナンパされて困ってるって女の子達の苦情が来たのよ!こんなことするの、あなたしかいないわ!」
「で、別のクラスのお前がわざわざ来た……と。ご苦労なこって」
「誰の所為だと思ってるのよ!今日こそは言わせてもらうわ!!」
あ、今日は予想が当たったわ。けっこうな勢いで言い争っている2人を見ながら、そんなことをのんきに考えている自分に気付いてホワイトは思わず苦笑した。
(まったく……。よくもまあ毎日毎日……)
飽きないわね、と内心で続けようとした言葉は続かなかった。
「本当に飽きねえなあ、あいつら」
「きゃあっ!」
後ろから聞こえたその声に、ホワイトは小さく声を上げた。どきどきと高鳴る鼓動を宥めながら、振り返って挨拶をする。心なしか緊張しているのは気の所為ではないと思った。
「お、おはようブラックくん」
「おう!おはよ!」
後ろのドアから入って来たブラックは、人懐っこい笑みを浮かべて軽く手を上げた。その笑顔が何だか直視出来なくて、ホワイトは目線をやや横にずらす。きらきらと光るような笑みがホワイトには眩しく見えるのだ。おまけに顔立ちがかなり整っているから、どうしても意識してしまう。
「なあ」
「な、なあに?」
「もう止めないのな、あの喧嘩」
「えっと……うん。アタシが止めたところでまたやるだろうし、意味ないかなって」
クリスタル程じゃないけれど真面目な性格のホワイトは、この喧嘩を当初は律儀に止めていた。今思えば初日は平和だったと思う。ゴールドは今に比べればちゃんと話を聞いていたし、クリスタルだって今とは違って諭すように話していたのだから。けれどそれもせいぜい2日くらいしか続かなかった。繰り返されるお説教についにゴールドがキレて、それに負けじとクリスタルが言い返して。そうして始まった喧嘩は、日に日にヒートアップしている気がする。こう感じるのはきっとホワイトの気の所為ではない。
始めの方こそくん付けで呼んでいたクリスタルは、今ではゴールドを普通に呼び捨てしていた。隣のクラスなのにゴールドのお目付け役になってしまったクリスタルにこっそり合掌しながら、ホワイトはこの喧嘩を他のクラスメートと同じく遠巻きに眺めた。
「それでも最初は注意してたよなー。やっぱり真面目だよな、社長って」
「アタシはそれ程でもないわ。真面目なのはクリスちゃんの方よ、ああやって毎日生活態度を注意してるし。……まあゴールドくんは聞かないけど」
「んー、あの子がすっげえ真面目だとはオレも思うけど。でもやっぱり社長も真面目だろ、”夢”の為に色々努力しててさ」
ブラックは、ホワイトを”社長”と呼ぶ。自分をそう呼ぶのは今のところブラック1人だけだった。からかわれているのかと思って断るつもりだったのに、結局は根負けすることとなった。でっかい”夢”を持つあんたを応援したいのだと大真面目に言われて、ホワイトは断ろうにも断れなかったのだ。
「……うん。だけど、それはブラックくんだって同じじゃない。サッカー部で毎日頑張ってるでしょう?今朝は珍しく、ゴールドくんは行かなかったみたいだけど」
「ああ、だって自主練だったからな。ゴールドは毎週火曜だけは来ないんだよ」
「そうなの?」
「ああ。今朝はオレ1人だったからリフティングして来た!あ、良かったら社長もやるか?横でコツとか教えるからさ」
「ええと……。遠慮しとくわ」
少し考えて、けれどホワイトはやんわりと断った。そこまで運動神経が良くない自分に、ブラックの教えは色々と厳しそうだと思ったからだ。
「そっか……。あー、何か話してたらサッカーしたくなって来た!」
「ええ!?だって朝練に出たって言ってたじゃない!」
「そりゃそうだけどさあ、ゲームしたわけじゃねえしあれじゃあ物足りねえよ。オレ、もう1回グラウンドに行って来る!」
「ダメよ、放課後まで我慢しなきゃ。もう授業が始まっちゃうわよ」
「ちぇー……。じゃあ代わりに夢の誓いを……」
「ダメだってば!」
大声で自分の夢を叫ぼうとしたブラックを、ホワイトは慌てて止めた。こんなに近くで叫ばれては堪らないし、今度は委員長のチェレンまでもが先生に怒られてしまいそうだ。何故教室で叫んではいけないのかと真面目な顔をして尋ねるブラックに、ホワイトは脱力する。
(本当にもう、黙ってればかっこいいのに!)
筋道を立ててブラックに説明するホワイトは、自分も1人の男の子のお目付役になっていることにまるで気付いていなかった。