school days : 010
恋に恋をする
すれ違う誰もが振り返る、誰もが一目で高級車だと分かる豪華な車。そんな車に乗っている人物に緊張は微塵もない。今日も今日とて見知らぬ人間の視線を受けたプラチナは、それを意にも介さずに座っていた。誰かの注目を浴びるのはいつものことだし、登下校はこの車で送り迎えをしてもらうのが決まりなのだ。プラチナ様はベルリッツ家の大事な1人娘なのでございますと、事あるごとに言う老執事は当初、プラチナのポケスペ学園受験を猛反対した。何故ですかと嘆くセバスチャンを説き伏せて、その後に急遽行われた家族会議でも自分の意思を貫き通したのは中学3年の秋だった。渋い顔をした父親に何故だと理由を訊かれたプラチナは、社会勉強の為とごまかした。それは嘘ではなかったけれど、もう1つの理由は言えなかった。
自分には友人がいないのだという現実をプラチナがようやく受け入れたのは、中学1年生になった春のことだ。当時在籍していたお嬢様学校ではそれなりの身分の人間が多く通っていた。その中でもプラチナの身分は飛び抜けていて、だから自分の周りには人がいないのだと思っていた。少なくとも、中学生に上がるまでは本気でそうだと信じていた。けれどそうではなかったことをプラチナは悟った、ふと辺りを見回せば友人と仲良く過ごすクラスメート達の姿が視界に入るのだ。彼女達の間には絶対的な家柄の差があるはずなのに、まったく気にしていない様子で仲良くおしゃべりをしていた。けれど、プラチナに話しかける者はただの1人もいなかったのだ。
その光景が、プラチナはショックだった。ベルリッツ家という名前が原因なのだろうと思っていたけれど、自分が学校で独りぼっちなのはプラチナ自身に問題があるからだという考えが浮かんだまま消えなかった。それでもプラチナはこれといった行動を起こすことなく学生生活を送った。正確に言えば、どういった行動を起こせばいいのか分からなかったのだ。
そうして、結局友人を作れないまま、プラチナは中学3年生になった。高等部付属のお嬢様だったので受験をせずとも高等部に上がれたのだが、進路を変えようと決意したのが中学3年の夏頃だった。どうせ環境を変えるなら今までとは正反対のところにしてみようとも思った。元々好奇心の塊であるプラチナは、以前から庶民の暮らしに憧れがあったのだ。いくつかの候補から最終的にポケスペ学園を選んだのは、姉のように慕うエリカが通っていたからだ。困った時に相談に乗ってくれるかもしれないと思うと、心強かった。
それまでのお嬢様校に比べれば、ポケスペ学園は品位という点で遥かに劣る。それでもそこが高校だったからか、はたまたプラチナの意思を汲んでくれたからかは分からない。けれどとにかく父親にも許されて、プラチナは晴れてポケスペ学園に通うことを許された。もちろんいくつかの条件つきだった。その1つが登下校時には車で送ってもらうことだ。
「プラチナお嬢様、ここでの学園生活は楽しんでおいでですか?」
そう尋ねる運転手に、プラチナは「はい」と答えた。確かに嘘ではなかった。独りぼっちだったプラチナに、初めての友人が出来たのだ。お互いあまり話さないけれど、それでも彼は大事な友人だった。彼と話すのは、プラチナにとっては楽しかった。
「それは良うございました。お嬢様、来週の予定ですが……」
「把握しています。来週末の夜に会食でしたね」
予定表を見ることもなくプラチナは即答した。月に一度は必ず、こうして許婚との会食の席が設けられるのだ。特に宝石に造詣が深い彼もまた、それなりの家柄の持ち主だ。プラチナも宝石には詳しかったし、彼とは色々話が合うのだ。かなり歳が離れているけれど、その点についても問題はない。むしろそこそこ近い年齢で結婚した父親と母親の方がベルリッツ家では珍しいくらいなのだ。そんなわけで、プラチナは彼が許婚であることに何の不満もなかった。
けれど、プラチナは彼に恋愛感情を抱いてはいなかった。どうせは結婚することになるのだからとも焦らなくていいとも思ったが、待てども待てどもそんな気持ちは湧いて来ない。
(……恋とは、どういうものなのでしょうか)
そう声に出さずに呟いたプラチナの脳裏に、やっと出来た友人第1号の顔が浮かび上がる。今朝のことだ。廊下を1人の女の子が通った時に、彼は何とも言えない表情を浮かべていた。それにプラチナは気付いて、けれど恋をしているのかと訊けなかった。別にプラチナは彼が好きなわけではないのだけれど、彼女が好きなのかとは訊けなかった。だって、プラチナは恋を知らない。
(来週、彼に訊いてみましょうか)
許婚にこんな質問をするのは間違っているのかもしれない、けれど優しい彼ならきっと答えてくれるはずだ。そう思いながらプラチナは、窓から移り行く景色を眺めた。