school days : 008
可愛いあの子
真っ赤な顔をして教室に駆け込んで来たファイツを、既に席に着いていたワイはにやにやとした顔で見つめた。結局昨日は丸1日N先生と話せなかったらしいファイツを元気付けようと、ワイは彼に「ファイツが捜しています」と告げた。Nを捕まえられたのは何とも幸運だったと思う。普段ならばテニス部の朝練があるので、この時間に職員室に行くことは滅多にないのだ。果たして無事にファイツはN先生と話せたのかしらと気になったワイは、良かったと安堵の溜息をついた。まっすぐこちらに駆け寄って来る彼女の様子を見ればその結果は一目瞭然で、ついにやにやとした笑みが顔に広がってしまう。自分の席に鞄を置くこともせずにワイの元に来てくれた親友の息が整うのを待ってから、笑顔で話しかける。
「おはようファイツ!」
「おはよう、ワイちゃん!あの、本当にありがとう……っ!」
N先生と話、出来たよ。ワイの耳元でファイツは、震える声でそう言った。感極まって今にも涙が溢れそうなファイツを、ワイはぎゅうっと抱き締めた。
「きゃあっ!ワイちゃん!?」
「ああもう、ファイツったら可愛い!」
恥ずかしさで顔が真っ赤に染まったファイツの頭を、よしよしと撫でてやる。本当に、まったく本当にファイツは可愛いと思う。心の底からそう思う。固まった彼女を離して、ワイは意地悪く囁いた。
「……で、N先生とどんな話をしたの?もしかして言っちゃった?”好きです”、って」
「ワ、ワイちゃんっ!!」
先程より更に顔を赤くさせたファイツは、彼女にしては珍しいことに大声を出した。予鈴がなるまではまだ時間があったのだけれど、それでもこの教室には何人かの生徒が思い思いの時間を過ごしていた。そのクラスメートの視線をその身に受けたことに気付いたファイツは、今度は顔を青くさせた。くるくると表情を変える親友が微笑ましくて、ワイはくすくすと笑った。
「大丈夫よ、小さな声だもの。誰にも聞かれてないって」
ワイの大事な親友は、もう1人とは違って目立つことが嫌いらしい。引っ込み思案な性格のファイツは、声を更に潜めて「うん」と言った。こういった恋の話を周りの人間に聞かれることも、ファイツは酷く嫌がるのだ。
「……えっと、サファイアちゃんは?」
「走り込みして来るって。今日までは部活がないのに、本当サファイアって熱心よね」
「うん。昨日、あたしにつき合ってくれたから……」
思い切り走れなかったもんねと申し訳なさそうに話すファイツに、ワイは瞳を曇らせる。知り合ってもう1年になるのに、この娘は未だにどこか遠慮がちだ。
「……ね、ファイツ。アタシ達に何か言いたいこととか、ない?」
「え?」
「ほら、アタシもサファイアもはっきり言う方だしさ。ファイツはおとなしいから、アタシ達に言いたいことがあっても言えないんじゃないかって思って。アタシ達に何か不満とかない?例えば声が大き過ぎる、とか」
それは、ワイが幼馴染からよく言われる言葉だった。ちなみにその幼馴染はワイの説得も虚しく、今日は欠席するつもりらしい。完全に家にこもっていた昔に比べればまだマシだけれど、彼は明らかに欠席日数の方が多かった。
「そ、そんなことないよ!」
もしかして、ファイツもエックスと同じように思っているんじゃないかしら。心配になったワイだけれど、ファイツはぶんぶんと首を横に振って全力で否定した。
「本当に、不満なんてないよ。ワイちゃんにもサファイアちゃんにも、あたしは本当に感謝してるんだよ。ワイちゃんが去年話しかけてくれなかったら、あたしは独りぼっちだったかもしれないし。それに、色々相談に乗ってもらってるし……」
「そう……。本当に?」
「うん、本当だよ!」
そう言い切ったファイツにワイは笑った。本当に、この娘は素直な子だと思う。
「それならいいんだけど……。で、ファイツ。話を戻すけど」
「え?」
「N先生とどんな話をしたの?」
「え、っと……。その、質問でもあるのかなって聞かれたんだけど、ないって答えたの。でも、特進クラスに入りたいってあたしが話したらね……。勉強頑張ってって言ってくれたの……」
「……それだけ?」
「うん!先生と今までで一番話せたかも。ワイちゃんのおかげだよ」
頬を染めて話すファイツは、ありがとうと告げた。
「…………」
色々話が出来たんじゃないかと期待したワイはちょっと残念な気持ちになった。会話内容は、どこからどう聞いても単なる先生と生徒の会話に過ぎなくて。だけどファイツは嬉しそうだ、どこまでも嬉しそうだ。幸せそうに笑ったファイツにつられて、ワイも笑った。本当に初々しい親友を、ワイはやっぱり可愛いと強く思った。