その先の物語 : 026
妹系後輩
「……美味しい!このケーキ、すっごく美味しいです!」ケーキを食べるや否やそう叫んだファイツに、ホワイトはうんうんと頷いた。この可愛らしい後輩が食べているケーキは、ホワイトがこの店の中で一番気に入っているものなのだ。この小さなケーキ屋はポケウッドの近くにあるというのに、中々予定が合わなかったおかげで一緒に行こうと約束してから1ヶ月以上もかかってしまった。だからこの子と一緒に来るのは、これが初めてのことになるのだ。
「でしょう?ブルーベリーの酸味が本当にいい感じなのよ!」
「本当にそうですね!ほっぺたが落っこちちゃいます……!」
それはもう美味しそうにケーキを頬張る後輩の反応に、元から上がっていたホワイトの口角はますます上がることとなった。このブルーベリーケーキは確かに美味しいけれど、それにしたってこんなにも喜んで食べてくれるだなんて思わなかった。この反応を見られただけでも誘った甲斐があったわと、ホワイトは声に出さずに呟いた。
(ファイツちゃんを見てると、やっぱりすごく癒されるのよねえ……。素直だし、仕事も真面目に頑張ってるし……。本当、ファイツちゃんがうちの女優になってくれて良かったわ!)
数え切れないくらい思ったけれど、この子は本当に可愛い後輩だと思う。癒し系女優として大成しそうだという自分の見立ては、きっと現実のものになるだろう。そんなことを考えながら彼女を見つめていると、ファイツが不思議そうな表情で小首を傾げた。
「ホワイトさん、どうしたんですか?もしかして、何か心配事でもあるんですか……?」
「あ、そういうわけじゃないのよ。ただファイツちゃんに癒されてただけだから。心配してくれてありがとうね」
「ええ……?あたし、何もしてないですよ……?」
手をひらひらと動かしながら答える。すると、ファイツはますます不思議そうに首を傾げた。その反応が可愛らしくて、ホワイトはくすくすと笑った。ファイツはただ首を傾げただけなのだけれど、そんな何でもない動作がこんなにも可愛く映るのだからすごいと思う。しかも、絶対に計算ではやっていないところがすごい。ただでさえ可愛い後輩は薄い青色のワンピースを着ていて、更に輝いて見えた。
「確かにそうなんだけど、ファイツちゃんにはそういうオーラがあるのよ。ただ見てるだけで、すっごく癒されるんだもの!それに反応がいちいち可愛いし、表情だって豊だし……。ああもう、抱き締めちゃいたいくらい可愛いわ!」
「な、何言ってるんですかホワイトさん!?」
「……ねえ、本当にやっちゃダメかしら?」
「は、恥ずかしいからダメです……っ!」
「……どうしてもダメ?」
「ダ、ダメですってば……っ!」
割と本気でこの子のことを抱き締めたかったホワイトは、「残念だわ」と声に出して呟いた。何しろ、ただ見ているだけでこんなにも癒されるのだ。もし抱き締めることが出来ていたら、きっとやる気と元気が充電出来ただろうに。
「そ、そんなことより!せっかくのアイスが溶けちゃいますよ!……っていうか、もうほとんど溶けてるじゃないですか!」
「あ、本当だわ」
ジェスチャーで早く食べて下さいと示したファイツに促されて皿を見ると、確かに添えられたアイスがどろどろに溶けていた。指摘されるまで気付かなかった自分に苦笑しながら、ケーキと一緒に口の中に放り込む。バニラアイスとチーズ、そしてブルーベリーの味が複雑に混じり合って、ホワイトは思わず息を吐いた。
「あーもう、何でケーキってこんなに美味しいのかしら……!ここのケーキって後味がさっぱりしてるから、何個か食べても胃もたれしないのよね」
「本当にそうですよね!」
ファイツは、話題が逸れたことであからさまにホッとしたらしい。いくらでも食べられちゃいますと、弾むような声で同意した。自分達のような女性客をメインターゲットにしている所為なのか、ここのケーキは低カロリーな上に1つ1つが小さめのサイズなのだ。だから逆に食べ過ぎてしまわないか自制しなければならないというデメリットはあるのだけれど、それを差し引いても色々な味を楽しめるという点は大きなメリットだと思う。ケーキとアイスを食べ終えたホワイトの目に、可愛らしいケーキの数々が映ったメニュー表が映り込んだ。一番人気のブルーベリーチーズケーキの下に、美味しそうなチョコレートのケーキの写真が載っている……。
「やっぱり追加注文しちゃおうかしら……。ファイツちゃんはどうする?」
「う~ん……。あたしは夕飯につかえちゃうから遠慮しときます。あ、ホワイトさんはあたしに構わず食べて下さい!」
「じゃあ、その言葉に甘えさせてもらっちゃおうかな」
おかわりを辞退したこの子には申し訳ないと思うけれど、ケーキの甘い誘惑にどうしても勝てなかったホワイトは店員を呼んで手早くオーダーを済ませた。店内は女子でいっぱいだから、2個目のケーキが来るまでには時間がかかるだろう。それを見越したホワイトは、傍らに置いたバッグから本を取り出した。
「はい、ファイツちゃん。頼まれてたこれ、忘れないうちに渡しておくわね!」
「ありがとうございます!」
ミルクティーを飲み干したファイツが、喜色満面の笑みを見せた後で礼儀正しく頭を下げた。手渡した本を大事そうに自分のバッグにしまい込む後輩の姿を見たホワイトは、ぐぐっと眉根を下げた。
(アタシったら、ひょっとしてやらかした?)
この可愛い可愛い後輩が使っていない料理本を譲ってくれませんかと頼んで来たのは、つい先日のことだった。家の本棚に眠っていた料理本は何冊もあったし、ファイツは出来るだけ多く欲しいんですと遠慮がちに言っていたから。だからホワイトはなるべく多くの本をピックアップしたのだけれど、今になって考えると5冊は多かったかもしれない。それに数だけでなくて重さの問題もある。1冊だけでは大したことはなくても、5冊ともなればかなりの重さになることは否めない。
「ファイツちゃん、本当に大丈夫?多く持って来過ぎたかしら……」
「そんな!頼んだのはあたしの方なんですから、ホワイトさんが気にすることなんてないですよ!それより、ホワイトさんこそいいんですか?後で困ったりしませんか?」
「あ、それは大丈夫。もう全然読んでない本だから。……でも、ファイツちゃんって料理がすごく好きなのね。何か、ファイツちゃんのイメージにぴったり合うって感じかも」
「そうですか?」
「そーよ。癒し系で可愛くて家庭的なんて、もう最高の女優じゃない!」
「そんな……。あたしはただ、料理のレパートリーを増やしたかっただけですから……っ!」
見るからに恥ずかしいと言わんばかりに、わたわたと腕を動かしたファイツが可愛らしくて。だからホワイトは、またしてもくすくすと忍び笑いを漏らした。本当に、この後輩はどこまでも可愛い子だ。何の因果か髪も服の色も似ているこの子のことを見つめながら、ホワイトは改めてそう思った。ここまで容姿に共通点が多いと、後輩というより妹のようだと言ってもいいかもしれない。ファイツちゃんみたいな妹が欲しかったわと、兄弟姉妹がいないホワイトは声に出さずに呟いた。
「でも、料理のレパートリーを増やしたいだなんて偉いじゃない。何か、かなり熱心に打ち込んでるって感じがするわ」
「えっと、それは……」
「……あ!もしかしてファイツちゃんたら、好きな男の人でも出来たのかしら?」
「ち、違いますよ!あたしはただ、ラクツくんにちゃんとしたご飯を食べて欲しいって思ってるだけです……っ!!」
「……ラクツくん?ラクツくんって、あの?」
「そう、そのラクツくんです!」
「…………」
大きく頷いたファイツの口から飛び出したのは、ホワイトが思ってもみない人物の名前だった。どうしてここで彼の名前が出て来るのだろうか。
「お客様、ケーキをお持ちしました」
少しの間呆気に取られていたホワイトは、その声ではっと我に返った。店員がおかわりを持って来たらすぐに食べたいと思っていたのだけれど、そんな気持ちは吹っ飛んでしまっていた。放心している場合ではないし、言うまでもなくケーキどころではなくなってしまった。この子とあの彼に、いったいどんな関係があるというのかが気になって仕方がなかった。それはもう怪しい笑みを浮かべたホワイトは、ケーキを机の端へと追いやって。そして妹のような可愛らしい後輩に向けて、「説明してもらえるかしら」と言うと同時にずいっと身を乗り出した。