その先の物語 : 012
いやしのはどう
「い、いいの!?ファイツちゃん、本当に受けてくれるの?……ポ、ポケウッドの女優になってくれるの!?」後輩が問いかけにこくんと頷いた瞬間、ホワイトはきゃあっと叫んで両手を高く突き上げた。密かに抱いていた夢が数年越しに実ったのだ。これで嬉しくないわけがない。思わずガッツポーズをしたホワイトは、突然舞い降りて来た幸運に心の底から感謝した。
「本当にありがとうね、ファイツちゃん!ああ、これでポケウッドも満員御礼に違いないわ!」
「お、大袈裟過ぎですっ!そんなに期待されても、役に立てるかどうか……っ」
「やーねー、何謙遜してるのよ。ファイツちゃんはすごく楽しそうに演技してたし、絶対女優の素質があると思うのよね!……それに、すっごく可愛いし!」
「え、えええっ!?えっと、あの……っ!あたしより、ホワイトさんの方がずっと素敵だと思います……っ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない?でもファイツちゃんの方が絶対素敵だと思うわよ。そのワンピース、よく似合ってるもの!」
ホワイトはうんうんと頷きながらファイツに改めて目線をやった。淡いピンクのワンピースに茶色のブーツがよく似合っていて、ものすごく可愛い。それに何より、可愛いと言われて顔を赤くしているところが本当に可愛い。味気ない部屋で、ファイツの周りだけがきらきらと輝いて見える程だった。
(なーんか、ファイツちゃんを見てると癒されるのよねえ……。やっぱり、癒し系キャラで売り出すべきかしらね。見た目も可愛いし、何より反応が素直だし……。これは癒し系女優として大ブレイクするわ、絶対)
何人もの男女を俳優としてプロデュースして来たホワイトは、そんな確信を抱いてにんまりと微笑んだ。現状でもポケウッドの業績は悪くないのだけれど、ファイツが来てくれたことで更なる収益が見込めるに違いない。彼女の肩に乗っているタマゲタケのダケちゃんもやる気に満ち溢れているらしく、得意そうに胸を張っていた。
「な、何にやにやしてるんですか!?」
「ごめんごめん、変なこと考えてたわけじゃないのよ。ただファイツちゃんが本当に可愛くて、女優として大成するだろうなあって思ってただけだから。ダケちゃんもこれからよろしくね、しっかり活躍してもらうから!」
「ダケちゃんはともかく、あたしのことは買い被り過ぎですよ……っ!」
「あら、そんなことないわよ。ねー、ぶぶちゃんもそう思うでしょう?……ほら、ぶぶちゃんも頷いてるわよ?」
「ぶ、ぶぶちゃん様まで!そんな、畏れ多過ぎます……っ」
”ぶぶちゃん”という愛称のポカブにわざわざ様付けをしたファイツを目の当たりにしたホワイトは、相変わらずだわねと苦笑いした。何でもNと一時期行動を共にしていたからという理由でそんな独特の呼び方をしているらしいが、ホワイト個人としてはどうしても仰々しいと思ってしまうのだ。ファイツ本人がそう呼びたがってるみたいだから、無理には止めさせないけれど。
(それより今は、どうやってこの子を売り出すかを考えなくっちゃ!ここはやっぱり大々的に宣伝するべきよね?とりあえずポケウッドで演技をしてもらうのは確定として、いけそうならCM起用もするとして……。最終的には銀幕で演じてもらえるようになれば、こっちとしては言うことないわね。一度経験してるし、あの映画の評判も上々だったし……。今は無理でも、何とかしてその方向に持っていけないかしら……?)
「あ、あの……。ホワイトさん?」
「あ、ごめんごめん。……ねえファイツちゃん、この後時間あるかしら?せっかく久し振りに会ったんだし、お喋りしながら甘い物でも食べない?ケーキが美味しいお店がこの近くにあるのよ」
仕事の話をしたかったのも本当だけれど、単純に彼女と話したかったホワイトは期待を込めてファイツにそう提案した。最近出来たばかりの小さなお店なのだが、結構な頻度で行列が出来る程の人気店なのだ。今日はブルーベリーのケーキが食べたいなと思いながら返事を待っていると、ファイツが困ったように眉根を寄せたのが見えて、ホワイトは残念だと思うと同時に吹き出しそうになった。どうしてこの後輩はこんなにも素直なのだろう。ものすごく困らせることになりそうだから実際にはやらないけれど、思わずぎゅうっと抱き締めたくなるくらいに可愛い。
「……うん、今日は止めた方が良さそうね。ごめんね、無理に誘っちゃって」
「あ、あたしこそごめんなさい!今日は都合が悪くて……っ。でも、また誘ってくれると嬉しいです!」
「じゃあ、次は遠慮なくつき合ってもらおうかしら。先輩との約束よ!」
「はい!」
困り顔から一転して笑顔になったファイツの様子にホッと息を吐いたホワイトは、口角を上げると手招きした。小首を傾げて近付いて来た後輩に、声を潜めて囁きかける。
「ねえファイツちゃん。都合が悪いのって、もしかしてデート?」
「え……っ。えええっ!?ち、違いますよ!」
「あ、真っ赤になった。……あーもう、本当可愛いわね。ねえ、本当にデートじゃないの?」
何といっても、今のファイツはものすごく可愛いワンピースを着ているのだ。元々愛くるしい顔立ちをしているのだけれど、服装のおかげで更に可愛さを増したといっても過言でもないくらいに可愛い。だからてっきりそうなのだろうと思ったホワイトは好奇心からそんな言葉を投げかけたのだけれど、ファイツは真っ赤な顔でふるふると首を横に振るばかりだった。
「ち、違いますってば!デートなんかじゃなくて、あんまり待たせるのはラクツくんに悪いからってだけで……!」
「え?ラクツくんって、あのラクツくん?……あの国際警察官の?」
「そのラクツくんです!実は、ここまでラクツくんに送ってもらったんですよ。色々あって、成り行きで……」
後輩の口から飛び出した懐かしい人物の名前に聞き覚えがあったホワイトは、その名前を冠した彼を思い浮かべた。若干12歳で国際警察の警視だと言っていた彼もまた、目の前にいる彼女と同じくホワイトの後輩に当たる人間なのだ。
「ラクツくんもここに来てるんだ?」
「はい、今はお休み中なんですよ。今はロビーにいると思いますけど……」
「そうなんだ。……変なこと訊くけど、ラクツくんってちょっと近寄りがたい子じゃない?」
「え?」
「……ほら、彼っていつも眉間に皺を寄せてたじゃない?悪い子じゃないんだろうけど、実を言うとちょっと苦手なのよ。正直、怖いっていうか……」
正論ばかり口にしていたラクツに対して自分が抱いた第一印象は”何かムカつく”というお世辞にもいいとは言えないものだった。あからさまに避けるようなことこそしなかったけれど、今になっても何となく気後れしてしまうのは否めないわけで、ホワイトはそっと目を伏せた。
「あ、別にラクツくんを嫌いだっていうわけじゃないのよ?ラクツくんには映画に出てもらって感謝してるし、あの歳で警察官になれるのはすごいって思ってるもの!……ただ、もう少し柔らかい雰囲気だったら良かったのになあって思っただけ!」
「…………」
「ごめんね、せっかく来てくれたのにこんなこと言っちゃって……。……えっと、ファイツちゃん?」
「あ、はい……」
どうやらこの話題は、彼女にとっては相当にまずいものであったらしい。目に見えて顔色を悪くして、おまけに反応が鈍くなったファイツを見たホワイトは、慌てて話題を変えることにした。
「……ねえ、彼もここに呼び出せないかしら?せっかくここに来てるわけだし、また映画撮影に協力してもらえたらすっごくありがたいんだけど」
「ダ、ダメですよホワイトさん!……あっ、ごめんねダケちゃん!」
ラクツを嫌いじゃないと言ったのは嘘ではなかった。彼が頼みを引き受けてくれるなら、自分が一方的に抱いている苦手意識も払拭出来るかもしれない。そんな考えからホワイトはそう提案したのだけれど、最後まで言い切る前に言葉を被せて来たファイツはさっきよりずっと困った様子でぶんぶんと首を振っていた。その弾みで床にバウンドしたダケちゃんに慌てて謝る彼女を、ホワイトは目を丸くして見つめていた。どちらかといえばおとなしい性格であるファイツが、こんなにもダメだと強く言い張るなんて思いもしなかったのだ。
「ホワイトさんの気持ちも分かりますけど、ラクツくんはお仕事のし過ぎで倒れちゃったんです!!本当なら、絶対安静にしててもいいくらいなんですから!だから、しばらくはゆっくり休んでもらわなくちゃ……!」
ことの起こりを必死に説明するファイツは今にも泣きそうになっていて、ホワイトは慌てて「分かったわ」と返した。正直言って彼を誘えないのは色々な意味で残念極まりないのだけれど、そういうことなら仕方ない。
「そっか……。ラクツくん、倒れちゃったんだ……。もう出歩いて大丈夫なの?」
「ラクツくんは大丈夫だって言ってましたけど、あたしはすごく不安なんです……。もう全然寝てなかったみたいで、すごい隈が出来てるくらいで……!ホワイトさんも気を付けてくださいね!?」
「うーん……。ぶっちゃけると、アタシも結構睡眠時間を削ってるのよねえ……。仕事に打ち込み過ぎると、ついついやっちゃうのよ」
「ダ、ダメですよ!ちゃんと寝てくださいっ!!ホワイトさんまで倒れたら、あたし……!」
「わ、分かったわ。今日からちゃんと寝るようにするから!」
「本当ですね!……約束ですよ、ホワイトさん!」
ずいっと詰め寄って来た後輩にこくこくと頷くと、不安そうな顔をしていたファイツは心の底からホッとしたように胸を撫で下ろした。その反応は、自分からすればあまりにも素直で可愛らしいとしか呼べなくて。耐え切れずに吹き出したホワイトは、憤慨した後輩にくすくすと忍び笑いを漏らしながら「ごめんね」と謝った。