黒の少年と白の少女 : 015
メロメロボディ
「ああもう、今思い出しても腹立つわ!」3人娘のリーダー格であるユキは、両の拳を思い切り握り締めてそう吐き捨てた。そのまま拳を打ち下ろすと、ばしゃんという音と共に温かいお湯が飛沫を上げる。しかしそれでもユキの怒りは収まらなかった。ムカつくムカつくああムカつくと、まるで何かの呪文のように心の中でその言葉を繰り返し呟く。だって、本当に腹が立っているのだ。
(せっかく帰りのバスでラクツくんとたくさんお喋り出来たっていうのに、あいつの所為で幸せな気分が台なしよ!)
大好きなラクツとたくさん話せたユキは、本来なら実に満ち足りた気持ちでバスタイムを過ごせるはずだったのだ。だけど解散間際に起きた出来事の所為で、確かに幸せだったはずの気持ちは穴の開いた風船のように萎んでしまった。それもこれも、全てあの男が悪いのだ。
「女子の話を立ち聞きするだけでも最低なのに、か弱いあたし達に向かって攻撃して来るなんて本当嫌なやつよね!……マユとユウコもそう思わない?」
日頃から一緒に行動しているマユとユウコに向かって鼻息も荒く言うと、その2人は揃ってうんうんと頷いた。流石自分の親友なだけあって、誰のことか言わなくても彼女達はちゃんと分かってくれているらしい。
「思う思う、本当ユキの言う通り!普段から乱暴なやつだとは思ってたけど、まさかあそこまで野蛮人だなんて思わなかったわ!」
「ねー!何にムカついたのか知らないけど、いくら何でも攻撃して来るなんて最低よねー!あんな最低男、クラスから早く出て行けばいいのに!」
マユとユウコの口から飛び出して来たのは、”あいつ”の悪口だった。それはまさに自分の聞きたかった言葉で、ユキは2人の言葉に大袈裟なくらいに何度も頷く。
(やっぱり、マユとユウコは分かってくれてるんだわ!)
流石親友は違うわとユキは思った。この2人とのつき合いは今年の4月からなのだけれど、まるで長年の親友であるかのように最初から不思議と気が合ったのだ。好きな食べ物も好きな色も得意な教科も同じだし、好きな人まで3人揃って同じだった。おまけに、何の因果か好きになったタイミングまで一緒だったというから驚きだ。これはもう、運命だとしか言いようがないだろう。この2人とはこれからも親友としてつき合っていくんだろうなと、ユキは勝手に思っている。根拠も何もないわけだが、不思議とそう信じられるだけの何かを2人は持っているのだ。
実に気の合う2人と一緒に、ユキは彼への罵詈雑言を好き勝手に上げ連ねた。幸運にも自分達しかいないこともあって、もう遠慮も何もなしに思う存分捲し立てたのが良かったのだろう。気が付けば、イライラしていたはずのユキの気分はすっかり元に戻っていた。浴室中に自分達の声が思い切り反響していることに気付いて、3人で笑い合う。顔を見合わせたのも笑ったタイミングも3人一緒だった、やっぱりこの2人とは気が合うわとユキは思った。
「本当、あいつも少しはラクツくんを見習えばいいのに!……ねえ、ファイたんもそう思うでしょ?」
自分達の会話に加わらずに隅の方で小さくなっているファイツに向けて、優しく言葉を投げかける。知り合ったのはほんの1週間前なのだけれど、ユキはすっかり彼女のことを気に入っていた。ポケモンバトルも強い上に座学も優秀だし、何よりファイツはいい子だった。彼女から滲み出るほんわかした雰囲気のおかげなのか、ユキは1ミリたりとも妬ましいとは思わなかった。それどころか、彼女と話すと何だか癒されるような気持ちになるのだ。こう感じるのは、きっと自分だけではないだろうとユキは勝手に思っている。少なくともマユとユウコは自分と同じ気持ちになっているらしい。いつのまにか揃ってファイツを見つめていた2人の瞳が、月の形に細められていたことがその証拠だろう。
「……あ。あいつっていうのはヒュウのことね。理由はよく知らないけどさ、帰る直前になって私達に攻撃して来たじゃない。ファイたんも、乱暴な男だって思うでしょう?」
「えっと……」
それでもファイツは肯定するでも否定するでもなく、ただただ困ったように眉根を寄せていた。珍しくも何ともない表情なのだけれど、そんな姿すらも可愛いと思ってしまうから実に不思議だ。おまけにタオルで髪をまとめている今の彼女は、やたらと色っぽかった。
(……同い歳なのに、私と全然違う……)
ファイツがかなりいいプロポーションをしていることに今更ながらに気が付いて、ユキははあっと溜息をついた。一緒にお風呂に入ろうよと何度も誘った甲斐あって、ファイツはようやく「うん」と頷いてくれたのだ。こうして一緒にお風呂に入らなければ、気付かなかったに違いない。彼女と勝負なんてしていないというのに、大いに敗北感を感じてしまうのは何故なのだろうか。自分より明らかに大きい彼女の2つの膨らみを、ユキはまじまじと見つめる。最早ヒュウのことなど、頭からすっ飛んでしまっていた。
「……ファイたんって、本当スタイルいいよね」
「ええっ!?……ど、どこ見てるの……っ!!」
そんな言葉が、口から無意識に飛び出した。その呟きを聞き取ったらしいファイツの顔が見る見るうちに赤く染まったことに気が付いて、ユキはくすくすと笑う。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。ファイたんたら奥ゆかしいんだから!」
「そ、そんなことないよ……っ!ユキちゃんの方が明るいし、あたしよりずっと綺麗だし……っ」
「ありがとうファイたん!……でもやっぱり、ファイたんだって可愛いと思うけどなー」
確かにファイツは可愛らしい顔立ちをしていると思うが、何より可愛いと思っているのは彼女のその言動なのだ。今のファイツは肩までお湯に浸かった状態で下を向いているわけなのだけれど、自分の言葉に恥じらうその姿が堪らなくいじらしく思えて。だからユキは、顔に浮かべていた笑みを更に深めた。
「ねえ、触ってみてもいい?」
「ええええっ!?……な、何でそんなこと訊くの……っ!?」
元々小柄な身体を更に小さくさせたファイツは、胸の辺りをしっかりと腕でガードしながらそう問いかけて来た。彼女のその反応を実に可愛らしいと思いつつ、ユキは真面目な顔で「だって興味あるもの」と答えた。ファイツの方に身体を近付けたことで、湯船には波紋が広がった。
「興味があるって、何で……?」
「……それはほら、私のはまだそんなに大きくないし。……それに、目の前にあったらやっぱり気になっちゃうわよ。だって、そんなに大きいんだもの」
「うんうん、いったいどんな感じなのかなあって思っちゃうよ!スタイル良くて本当羨ましい!ねえ、どれくらいあるの?」
「そんなに大きくて、肩こりとか大丈夫?」
「え、えっと……っ」
自分に倣ってか、マユとユウコがずいっとファイツに詰め寄って行く。困り果てている様子の彼女は、最早涙目になってしまっていた。ちょっとかわいそうかなと思って、だけどユキはやっぱり可愛いと思い直した。あんなにいじらしい反応をする彼女が悪いのだ。
「そういえばファイたん、好きな人がいるって言ってたよね?こんなに可愛くて、しかもスタイルだっていいんだもの!絶対その人もファイたんのこと気にしてると思うよ!」
「そ、そんなことないと思う……っ」
「そんなに謙遜しなくてもいいのに!……ねえ、ファイたんの好きな人って誰?もしかして、この学校にいる人だったりする?」
「……な、内緒っ!」
「えー!……あ、じゃあその代わりに触ってみてもいい?ちょっとだけだから!」
「え……っ」
好きな人について詳しく話すのと胸を触らせるかのどっちがいいと訊いた2人は、正直言って酷いとユキは思った。自分達からは逃げられないと悟ったらしいファイツは、観念したような表情でゆっくりと手を動かした。どうやら後者の方を、つまりは胸を触らせる方を選んだらしい。恥ずかしそうに「どうぞ」と呟いた彼女のことを、ユキはやっぱり可愛いと思った。