黒の少年と白の少女 : 014

気になるあいつ
眼前で繰り広げられる激しいバトルを見たヒュウは、その光景に思い切り顔を顰めた。社会見学兼課外授業ということでポケウッドの撮影スタジオに連れて来られたのだけれど、ファイツ扮するタマゲタケガールとラクツ扮するフタチマルキッドが共に戦って映画撮影をしているのだ。ファイツの唯一の手持ちポケモンであるタマゲタケが”メガドレイン”を繰り出せば、ラクツのフタチマルが遅れて”みずでっぽう”を発射する。それらのわざが敵であるらしい怪獣に命中したところで自分以外の見物人はわっと歓声を上げたが、ヒュウはふんと鼻を鳴らした。
チェレンに言われた通り、このバトルはそれなりに見る価値があるのかもしれない。ファイツが映画の撮影をしていることに興味はないけれど、彼女がポケモンバトルをしているところを見られたという意味では確かに価値があると言えそうだ。だけど所詮は台本通りの、つまりは筋書きが決まっているポケモンバトルなのだ。決められた手順で繰り出すわざの応酬程、見ていてつまらないものはないだろう。

(どうせなら、あの女とラクツを戦わせろっつーんだよ……)

「すごいだす」だの何だのと言っているペタシは、どうやらファイツのことを素直に称賛しているようだが、ヒュウはそんな芸当をする気にはとてもなれなかった。確かに彼女の手持ちポケモンであるタマゲダケは、手放しで称賛出来る程強いのだ。その事実を身をもって知っているヒュウだが、”すごい”よりも”悔しい””という気持ちの方が断然大きかった。いつも自分の眉間にある皺が、自然と深さを増す。何度も何度も勝負を挑んでいるというのに、どうして自分はファイツのタマゲダケに一向に勝てないのだろう?認めるのも非常に悔しいのだが、自分は未だにあのタマゲダケに傷1つ負わせたことがないのだ。

(あの女の指示が、というよりタマゲダケ自体もやっぱり強えんだろうけど……。いったいあの女はどういう育て方をしてるんだ……?普通に育てて、あの弱っちそうなタマゲダケがあんなに強くなるものなのか……?)

こう思うのは、いったいこれで何度目だろうか。1週間前に自分達のクラスに突然転入して来た女は、実に不思議な存在だった。おとなしいらしい彼女はその性格を表すかのように小さな声で話すのに、しかし授業で発言を求められた際は途端にはっきりと話し出すのだ。普段話しているあのぼそぼそとした喋り方は、いったいどこに行ったのかと思ったことも一度や二度のことではない。その答は大抵が教師を感心させるような完璧な模範解答で、ヒュウは内心で思わず感心してしまったくらいだ。どうやらあのファイツという名の女は、ポケモンに対する深い知識を持ち合わせているらしい。

そして彼女に関することで何より驚いたのは、あのすさまじいまでの強さだった。ひとたびポケモンバトルをすれば、あの女は他の生徒をまるで寄せつけない強さを充分過ぎる程に見せつけて来るのだ。バトルをしている時のファイツからは、普段のおどおどとしている態度は欠片も感じられない。今だってそうだ。マスクをつけている彼女は実に堂々とした立ち振る舞いで、3人娘を筆頭としたクラスメイト達を驚かせていた。

「すごーい、何かいつもとイメージ違う!」
「ファイたんって、女優の才能あるんじゃない?」
「ラクツくんもラクツくんで堂々としてるし、見て良かったねー!」
「ねー!……それにしても、いいなあファイたん!私もラクツくんにお姫様抱っこされたーい!」
「本当だよね!私、そんなことされたら死んじゃうかも……!」

他のクラスメイト達も2人の演技に見入っていて口々に感想を呟いているわけなのだが、自分の耳に届くのは3人娘の声ばかりだった。何しろ、あの女共の声はやたらと大きいのだ。きゃあきゃあとした甲高い声が実に耳障りだとヒュウは思った。

(ああうるせえ、見るならもっと静かに見ろっつーんだよ……)

声に出したら出したでまた面倒なことになりそうなので、心の中だけで毒づいてやる。3人娘の「ラクツくんってばかっこいい」という言葉にはまるで同意出来なかったが、次に呟かれた「やっぱりファイたんって強いよね」の言葉にはヒュウも同意せざるを得なかった。
先程も誰かが言っていたような気もするが、ファイツはやっぱり強いのだ。クラスの全員があの転校生とポケモンバトルをしたわけではないからはっきりとは断定出来ないのだけれど、あの転校生に勝てるクラスメイトなんていないのではないかとすら思える程に彼女は強かった。もしかしたらあの転校生は、ラクツより強いかもしれない。

(あいつも、もっと堂々としてりゃあいいのによ。そうすりゃあオレだって、あんな風に突っかからなくてすむのにな……)

ポケモントレーナーとしての確かな実力があるのだから、もっと自信を持って堂々としていればいいのにとヒュウは常々思っている。ポケモンバトルのセンスも実力もあるというのに、普段のファイツは気弱にも程がある性格をしているわけで。未だファイツに勝てていないことも相まって、それがヒュウを余計に歯痒く思わせてしまうのだ。だから自分は、ファイツにやたらと突っかかるのかもしれないと今更ながらにヒュウは思った。

自他共に認める程に女嫌いであるヒュウだけれど、それだけではないような気がするのは何故だろう。ちなみに盛大な勘違いをして来たらしい3人娘は、先程「ファイたんが好きなんでしょ」などとほざいて来たわけなのだが、その言葉には全力で首を横に振っておいた。ついでに言うなら、ファイツ本人にも「心に決めた人がいるから困る」と即座に断られてしまった。別にあの女のことがそういう意味で気になるわけでは断じてないのだが、ああも即座に首を横に振られるのもそれはそれで腹が立つ思いだった。ファイツには、どうやら惚れている男がいるらしい。いや、まったくもってどうでもいいことなのだけれど。

(見てろよ転校生!お前の秘密は、このオレが暴いてやるぜ……!)

パチパチパチと盛大な拍手が自分の周囲で巻き起こる中で、ただ1人拍手をしなかったヒュウは心の中でそう固く決意した。秘密を暴くと言ってももちろんファイツの好きな人を知りたいというわけではなく、あの強さの秘密を知りたいからこそそう決意したのだ。秘密のトレーニングをしているとか、もしくは何か特別な道具を持たせているのかもしれない。どちらにせよ彼女自身と、そしてファイツのタマゲタケが人並み外れた強さをしていることだけは確かな事実なのだ。
絶対に、何かしらの理由があるに違いない。時間がかかってもいいからいつか必ずあの女の秘密を突き止めてやるぜと、密かに息巻いた。偶然にもこう思った翌日にファイツがあれ程までに強い理由を知ることになるのだけれど、この時のヒュウはその事実を知る由もなかった。