pokesp short

please call me !
「嫌です!お父様!!」

少女がこれまでの人生で父親に逆らったのは、これで2回目となる。最初はギンガ団の計画を阻止する為、静止を振り切って組織と戦うことを選んだ時。そして今日、彼女は二度目の反抗をした。

「何故だプラチナ!」

シンオウ地方全体を揺るがしたギンガ団の事件から6年が経ち、プラチナは18歳となった。少女から女性へと変わりつつある彼女はますます綺麗になり、ベルリッツ家の1人娘ということもあって彼女の元へは多くの縁談が舞い込んだ。

「数多くの婿候補から私が選び抜いた1人だ。彼の家柄は申し分ない上に、彼自身の人柄もいい。そして何より、彼はお前を想っているだろう!?」

プラチナはその言葉に小さく頷いた。

「……お父様の言う通り、確かにあの方は私に優しくしてくださいます。あの方と結婚したら、きっと私は愛される日々を送ることでしょう」
「だったら何故……!」
「……ですが、そこには私の”感情”はないのです。私の結婚相手は、私自身の”意志”で決めます!!」
「待ちなさい、プラチナ!!」
「そう言われても、今回だけは聞けません!そう、例えお父様の言葉でも!!」
「どこへ行くんだ!」

奇しくも数年前と同じ言葉を吐き、プラチナは父の静止を振り切る。背中に声を受けたが、それを無視して彼女は屋敷を飛び出した。無我夢中で街中を走ったのですぐに息が切れてしまい、やむなく大木に手をついて立ち止まる。ふと指にある煌めきが視界に映り、その部分に指でそっと触れた。

(究極の真円に、究極の硬度……)

「あの2人は、今どこにいるのでしょうか……?」

数ヶ月の間、共に旅をした2人の少年。彼らと一緒にいた期間は長くはなかったが、それでもその旅の中で得た体験はプラチナの中で大きなものとなっている。

(ダイヤモンド……。パール……)

本来なら、きっと出会うこともなかったであろう2人。プラチナはお金で買えない宝物をくれた彼らのことを大切に思っていた。

「会いたい、です……。ダイヤモンド、パール……!!」

……その時。彼女の耳に、聞こえるはずのない音が聞こえた。

「これは……。この音は……!」

それは久し振りに聞く音だった。ポケモン図鑑が正しい持ち主の手にあり、なおかつ近くにいる時にのみ鳴る”図鑑の共鳴音”。

「オイラもずーっと思ってたよ。お嬢様に会いたいって。パールだって同じでしょ?」
「ダ、ダイヤ!何てこと言うんだよ!?」
「ダイヤモンド……?パール……?」

ボタンを押して、共鳴音を鳴り止ませる。眼前の光景が信じられず、ごしごしと目を擦りながらプラチナは瞬きを繰り返した。

「本者、なのですよね……?」
「そうだよ~」
「何言ってんだよお嬢さん。当たり前だろ?」
「ああ……。ダイヤモンド、パール!……会いたかった……!!」

プラチナは2人に駆け寄り、力いっぱい抱き付いた。その大胆な行動に、ダイヤモンドとパールは揃って顔を赤くする。

「おおおお嬢さん!?」
「お嬢様~!?」
「!!」

再会の喜びも束の間、彼らにそう呼ばれたプラチナは顔を歪めた。数歩離れて2人に乞う。

「そう呼ばないでください!」
「きゅ、急にどうしたんだよ?お嬢さんはお嬢さんだろ?」
「……違います!!私は”お嬢様”でも”お嬢さん”でもありません。私にはプラチナ・ベルリッツという名前があるのです!」

3人で旅を始めるまではベルリッツ家の一員であることが誇らしかったが、今ではその肩書は重荷にしかならなかった。

「ですから、どうか……。どうか、名前で呼んでください」
「…………」

口を噤んだまま何も言えないパールを余所に、ダイヤモンドはのんびりとした口調で答えた。

「うん、いいよ~。じゃあ、これからプラチナって呼ぶね」
「ダ、ダイヤ!お前なあ……」
「だって、プラチナがそう願ってるんだもの。呼ばないわけにはいかないでしょ?」
「う……」

パールはプラチナを見つめた。期待が込められた目から、視線が逸らせなかった。

「……分かった。……プ、プラチナ」
「……嬉しい……!!」
「ちょ、ちょっと待った!」

そう言って2人に再び抱き付こうとする彼女を必死に止める。

(ちょっと惜しかったな……。って、何考えてんだオレ!)

その考えを頭を振って消し去り、パールはプラチナを見つめた。見たところ、彼女は何か悩みがあるようだ。

「お嬢さ……いやプラチナ。何を悩んでるのか、良かったらオレ達に話してくれないか?」
「パール……」
「そうそう、3人寄ればパールの知恵って言うし~」
「それを言うなら真珠の、しかも文殊の知恵だろーが!」

2人のやり取りを見て、プラチナはくすくすと笑う。ダイヤモンドとパールは幼い頃からの夢を叶えて、晴れて漫才師となった。今ではテレビやショーに引っ張りだこの毎日だ。

「何だか、2人が遠い存在のように思えます」

(2人と一緒だったあの頃に、子供だったあの頃に戻りたい)

不安など抱かず、ただ未来だけを見ていたあの頃に戻りたいとプラチナは思った。夢を叶えた現在の彼らを否定することになってしまいそうで、声には出さなかったけれど。

「何言ってるのプラチナ。オイラとパールはちゃんとここにいるよ~。それに、距離なんてオイラ達には関係ないでしょ?」
「え……?」
「オイラ達の心は離れてても1つだもの」
「あの時3人で誓っただろ?忘れたのかよ」
「……そう、ですね。すみません、忘れかけていました」

(本当に変わったよなあ、お嬢さん)

やっぱり名前で呼ぶのは慣れなくて、心の中では先程までの呼び方に戻す。初めて会った時はもっと高飛車で、自分の非を認めない人間だったのに。そういえば……とパールは辺りを見回した。

「なあダイヤ。ここ見覚えがないか?」
「ん~。そういえばそうかも~」
「……ここは……。そう、2人と出会った場所ですね。懐かしいです」

勘違いから始まった旅だったけれど、プラチナは大切なものを手に入れたのだ。お金では買えない、大切なもの。

「あなた達に出会えて、本当に良かった。私の悩みを聞いてくださいますか?」
「ああ!」
「うん!」

3人は微笑み合い、ベンチに腰かけた。プラチナが真ん中となって。

* * *

「……と、いうわけなのです」
「こんなこと、オイラ達に話しちゃって良かったの?」
「はい、2人になら……。いいえ、ダイヤモンドとパールだからこそ話したのです」
「で、どうするんだ?プラチナは」
「相手の方とお父様には申し訳ないのですが、お断りします。私はあの方を愛していませんから」
「……そうなんだ。ねえ、プラチナは」
「ダイヤ?」
「……好きな人、いるの?」

のんびりしたいつもの調子ではなく明らかに躊躇った様子で、ダイヤモンドが問いかけた。その問いに、プラチナはにっこり笑って答える。

「はい。私の好きな人は……」
 
次に出て来る言葉を聞きたいような、聞きたくないような。ざわざわと心が落ち着かなかったが、それでもダイヤモンドはプラチナが続きを言うのを静かに待った。

「ダイヤモンド、パール。あなた達2人です」
「……え?」
「……何だって?」
「ですから、私の好きな人はダイヤモンドとパールです」
「えーと、お嬢さん?」
「お嬢様~?」
「2人共、呼び名が戻っていますよ」

2人を軽く睨んだ後、プラチナは花が咲くように笑った。そんな3人の元へ、1人の男が駆け寄って来る。

「……プラチナ、捜したぞ!」
「お父様!!」
「心配したぞ、ポケモンも持たずに出て行くとは……」
「ごめんなさい。けれど、図鑑を持っていたおかげで2人と再会出来ました」
「キミ達は……。ダイヤモンドくんとパールくん!」

ダイヤモンドとパールが挨拶し終わるのを待って、プラチナは父親に向き直った。

「お父様、お話があります。お父様が私を思って承諾してくれた見合いですが、私は金輪際受けません。どうしても受けろと言うのなら……」

2人の手を握り、プラチナは大きく息を吸った。

「この2人も、婿候補に加えてください!」
「……何だって!?しかし、2人は……」
「家柄など、私はまったく気にしません!それに2人は立派な殿方です。私を危険から何度も護ってくれた騎士です!」
「……なあダイヤ。いや、ダイヤモンド……」
「オイラ達、どうなっちゃうんだろうねえ~?」

一度決めたことは曲げない彼女のことだ、説得したところで聞かないだろう。2人はプラチナとベルリッツ氏が言い争うのを遠巻から眺めていた。

「……あ、お父さんが折れた」
「オイラ達、お婿さん候補だよ。パール」
「オレ達だってお嬢さんのこと、そりゃあ好きだけどさ。いくら何でも”2人と結婚する”はないんじゃないかな……」
「やりましたよ、ダイヤモンド!パール!お父様が認めてくださいました!!」

結婚は1人とするものなんだけどなあ。そう呟いたのは、果たしてどちらの方だったか。困ったように顔を見合わせて、しかしそれでも2人は差し出された手を取った。自分達の元へと駆け寄って来た彼女と同じく、顔に笑みを浮かべながら。