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どっちが本当?
ファイツは頬杖をついて、いつもの光景を眺めていた。クラス中の女子にラクツが囲まれている。あの輪に加わらない女子は自分だけだった。にこにことしている彼を見ながら、険しい表情をする彼を思い浮かべる。

「どっちが本当のラクツくんなんだろう……」

自分が前々から抱いていた疑問が零れ落ちる。無意識に呟いた言葉の意味を理解して、ファイツは我に返った。

(誰かに聞かれてたらどうしよう……!)

一瞬焦ったが、自分の周りには誰もいない。今が昼休みで良かったと胸を撫で下ろし、何気なくラクツの方を見たファイツは固まった。

(ラクツくんに見られてる……)

誰にも聞かれていないと思ったあの呟きは、彼だけには聞こえたらしい。クラスでの彼はいつだって笑顔を絶やさないし、今この瞬間も笑っている。けれど、ファイツはそれが表面上のものだということに気付いていた。居心地の悪さを感じ、ファイツは逃げるように教室を後にした。

* * *

教室から出来るだけ離れたい。そう思ったファイツは普段あまり立ち寄らない場所へと向かっていた。

「ここなら誰も来ないよね……」

草むらに座り込んで息を吐く。ファイツの頭に浮かぶのは、先程のラクツの表情だ。周りにクラスメートがいるにも関わらず、クラスとは真逆の姿を見せたラクツ。ファイツが知る限り、それは初めてのことだった。

「ラクツくん、怒ったかな……」

彼とのつき合いは決して長くないが、ラクツの笑みが本物か偽物かくらいは判別出来るようになった。けれどそれでも、彼の本心は読めない。

「どう思う?ダケちゃん」

”友達”であるタマゲタケに話しかけるが、当然返事はない。じっとファイツを見上げるだけだ。

「少しは仲良くなれたと思ったのに……」

あれ程感じていた、ラクツに対する苦手意識。ずっとそうだろうと思っていたそれは、いつのまにか消え失せていた。そして、ラクツもいつしか、自分と2人きりの時には演技をしなくなっていったのだ。そのことに驚きつつも、心のどこかで嬉しいと思ったのもまた事実だった。それなのに最初に逆戻りしてしまうのだろうか。次々と生まれる不安で、ファイツは溜息をついた。

「やっぱり、怒ったよね……」
「……ファイツちゃん」
「きゃあ!」

あるはずのない声が聞こえて、ファイツは思わず悲鳴を上げる。

「ラ、ラクツくん!どうしてここに!?」
「キミの後を追いかけて来た」
「何で……?」
「ここは野生のポケモンが出る場所だ。実力は認めているが、キミを保護する命を受けている身としては放っておけない」
「…………」

(何でだろう……。嬉しいのに、嬉しいはずなのに……。何であたしはがっかりしてるの?)

「……そう」

ファイツはラクツと連れ立って歩く。何故だか心が落ち着かなかった。

「……ボクは、別に怒ったわけじゃない。もし気にしていたら、すまないことをした」
「……え?」

突然脈絡のないことを言われ、ファイツは思わず立ち止まる。

(そっか、聞かれてたんだ……)

自分の独り言は、彼の耳にしっかり届いていたらしい。

「本当に……怒ってないの?」
「……ああ」
「良かったあ……」

ファイツは胸を押さえてホッと胸を撫で下ろした。そんな彼女を見て、ラクツもまた安堵した。
彼女が怪我でもしたら……と、内心気が気ではなかったのだ。

「あ!」
「!」

急に声を上げたファイツに、少年は周囲への警戒を強めた。野生ポケモンの気配はなかったが、それでも気は抜けない。緊迫した空気が立ち込める中、ファイツは自分が紛らわしい言動をしたことにようやく気が付いた。手を合わせ、慌てて謝罪する。

「ごめんなさい……。あのね、そういうことじゃなくて……」
「……どうした?」
「ラクツくんが、ちゃんと笑ったから。それでつい、嬉しくなって……」
「何?」

思わぬ言葉に、ラクツは呆気に取られる。

「それだけのことで?」
「ラクツくんにとってはそうかもしれないけど……。あたしはすごく嬉しかったの。だってラクツくん、全然笑わないんだもん」

しかも、自分といる時に見せてくれたのだ。にこにこと笑うファイツだが、ラクツが俯いたのを見てまたしても不安になった。

(あれ。……あたし、何か気に障ること言っちゃったの!?)

「…………」
「ど、どうしたの……?」

ラクツが顔を上げる。彼の名を呼ぼうとしたファイツは声が出なかった。彼の表情は、怖いくらいに真剣だった。

「ファイツ……」

(え……。呼び捨て……?)

眼前にいるのは確かに彼なのに、普段のラクツではない気がする。両肩を掴まれた時点で、ファイツは急に鼓動が高鳴るのを感じた。

(何、されるんだろう……。あたし……)

何となく想像はついたが、ファイツは何も言わなかった。怖くはなかった。嫌悪感も抱かなかった。ただ、とてつもなく緊張した。”この緊張から逃げたい”、とだけ思った。

「!!」

目の前に小さな影が飛び出したことで、ファイツはラクツから解放される。紫色の、それは。

「”どくのこな”……!?」

もしかして彼が胞子を浴びたのではないかと慌てたが、どうやら取り越し苦労だったらしい。

「ごめんねラクツくん!ダケちゃん、何てことするの!?」
「……いや。謝るのはボクの方だ。本当にすまない、ファイツちゃん」
「……ええと」
「悪いが、先に行ってくれないか。キミにはフタチマルを同行させるから」
「で、でも……」
「しばらく頭を冷やしたい。……頼む」

ラクツは目を合わさずに乞う。ファイツは少しの間彼を見つめていたが、小さく頷いた。

「ありがとう。……ダケちゃんも」

ラクツは小さなボディーガードへと礼を言う。タマゲタケはそっぽを向いて、不機嫌そうにファイツの肩へ乗った。

「……さ、先に行ってるから……っ」
「ああ」

ファイツは振り返らずに、小走りで教室へと帰った。

(N様……。ラクツくん……)

どちらも大切な存在であることに変わりはない。ラクツのことは好きだった。けれどそれは人間として好きなのだと、ファイツはついさっきまで思っていた。

「でも、あたし……嫌じゃなかった。……どっちが本当に好きなの?」

誰かに教えて欲しい。自分のことなのに、ファイツはそう強く願った。

* * *

「……流された」

雰囲気に呑まれた、とラクツは舌打ちした。彼女は自分と違って優しいから、きっと赦してくれると思う。けれど、彼女は傷付いたはずだ。何せ、好きでもない人間にあのようなことをされそうになったのだから。抑えられると思っていた感情は、決意は、彼女の微笑み1つで容易く揺るがされた。

「ファイツ……」

彼女の名を呟いて、ラクツは1人佇む。しばらくの間、頭は冷えそうにないと思った。