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だから、またね。
ファイツは未だに迷っていた。この判断は合っているのか、それとも間違っているのだろうか。不安だった。自信がなかった。誰かに導いて欲しかった。彼に、示して欲しかった。けれど、それは赦されないことなのだ。

* * *

「今日も本当に可愛かったね!キミの笑顔でボクは癒されたよ!」

それはいつもの光景だった。クラスの女子全員を褒める彼は、けれど1人1人かける言葉は違う。

「ラクツはすごいだべな。オラには真似出来ねえべ」
「相変わらずうるさいやつだぜ」

滑らかに女子を褒めるラクツ。それを見て感心するペタシと、舌打ちをするヒュウ。ラクツの言葉に歓喜する女子まで、全てがいつも通りだった。

「ラクツくん、また明日ね!」
「うん!ばいばいユキちゃん、マユちゃん、ユウコちゃん!」

普段と変わらないやり取りを見たファイツは目を伏せる。明日も今日と変わらない1日だと信じているであろう彼女達は、笑顔でラクツに手を振った。それを見て、ファイツの胸に痛みが走る。
”また明日”。それが叶わないことを3人は知らない。

「おいラクツ。明日の約束、忘れんなよ!勝つのはオレだからな!」
「分かってるって」

自分との約束が果たされないことを、ヒュウは知らない。

「ラクツも早く来るだすよ!!」
「ああ」

ラクツが二度と寮に戻らないことを、ペタシは知らない。そのことを知っているのは彼自身と、自分だけなのだ。

「……ファイツ」

ラクツは少女の名を呼ぶ。クラスメートの別れをぼんやりと見ていたファイツは、そこで初めて教室に彼と2人で残されたことに気が付いた。彼が自分をそう呼ぶのは、2人きりの時だけだ。

「ラクツくん……」

彼の名を呼んだはいいが、そこから先が出て来ない。ラクツは無言で自分を見つめるだけで、何も言わなかった。彼は自分が話し始めるのを待ってくれているのだ。大きく息を吸う。

「……ラクツくん、いつも通りだったね」
「当たり前だろう。だが、キミは違ったな」

事情を知っている自分にすら明日のことを感じさせない程、彼は普段と同じだった。ファイツはこくんと頷いた。

「……あたしには無理だった。平常心を保つなんて……無理。だって明日、ラクツくんはプラズマ団と戦うのに……」
「……決めたんだな」
「うん。……あたしは、行かない。学校に残るわ」

この判断は正しいのか、それとも間違っているのだろうか。それは、今でも分からない。

「あたし……。ちゃんと自分で考えて、決めたよ」

声が震えた。自分で選んだ答は不確かで、今にも崩れそうだった。

「……良かった」
「ラクツくん……?」
「これで……。これで、これ以上キミを巻き込まなくて済む」

微笑んだラクツを見て、ファイツの目からついに涙が零れた。

「ごめんなさい……!あたし、どうしてもプラズマ団の皆と戦いたくなくて……っ!」

プラズマ団。そこは、ファイツの居場所だった。自分達が加害者だという事実を知っても、ファイツの心が嫌だと叫ぶのだ。

「キミを責めるつもりはない。キミ自身が選んだ答だ」

これで良かった、とラクツは安堵する。ラクツ自身、彼女は置いて行きたいと思っていたのだ。自分と共に戦えば、裏切り者として必ず狙われるだろう。

「さようなら、ファイツ」

心残りはある。元々捜査の為に在籍していたが、学校生活はそれなりに楽しかった。初めて友達という存在が出来た。初めて自分の意思で護りたいと思う存在に出会えた。

(……ありがとう)

少年が万感の思いで立ち去ろうとした、その時だった。

「……ラクツくん。またね」

ラクツは思わず足を止める。振り返ることこそしなかったが、彼女が笑っているであろうことが何となく分かった。

「また、明日……」

ファイツは笑った。涙を零しながら笑った。彼がここに戻ることはない。それは分かっているが、”さよなら”なんて言いたくなかったのだ。

「……ああ。またな、ファイツ」
「……うん。またね」

……また会おう。叶うことのない約束を胸に、ファイツもまた明日へと歩き出した。